しがない自動車屋のひとりごと・・・
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風邪・・・

昨日は知人と夕食、駐車場でひと眠りして朝帰宅・・・

二階で氷まくらで寝ている嫁発見・・・どうやら風邪をひいたみたい・・・


熱だしてねてる時にのん気に遊びほうけててごめんな・・・

だし巻きとだし入り七草がゆ作ったから、南高梅と一緒に食べてな・・・

しがない自動車屋のひとりごと・・・しがない自動車屋のひとりごと・・・


良いお年を・・

今年もあと少し・・・とうとう一年、生かされましたにひひ


来年も生かしてもらえるのかなぁ~にひひ


岩本 徹三・・・

戦中の日本のエースパイロットです。


撃墜数202機!


最強の零戦パイロットといわれていたようです。


ウィッキペディアにて写真も掲載されていますが、坊主頭が当たり前のlこの時代のこの人は違っていたようです。


パイロットとしての天才的なセンスもさることながら、僕がこの人に魅かれたのは、やさしさ、思いやり、人情が解説の中でにじみでているところであります。


彼が教官をしていた時の解説文(ウイッキペディアより抜粋)


内地では各航空隊を転々としつつ、教官兼指揮官として勤務した。1944年 (昭和19年)9月戦闘三一六飛行隊(二五二空)、台湾沖航空戦フィリピン 戦から戻った11月に少尉任官後、1944年11月戦闘三一一飛行隊(二五二空 、後六〇一空に編入)、1945年 (昭和20年)3月末に岡嶋清熊少佐の戦闘三〇三飛行隊(二〇三空 )、1945年6月二〇三空補充部隊などで、教官的役割を果たすことが多かったが、戦闘にも多数参加しており、10月の台湾沖航空戦、フィリピン戦、初陣若年搭乗員を率いた編隊による1945年2月16日関東地区迎撃戦、沖縄戦 開始直前の夜間単機強行偵察、4月~6月半ばまで数次にわたる特攻作戦の直掩、4月7日戦艦「大和」復仇戦鹿屋基地 上空でのB-29 編隊単機迎撃など何度か死線を越えて引き続き戦果を挙げ続けた。 沖縄戦開始初頭の夜間強行偵察では、岩本が単機で慶良間諸島に遊弋する米軍艦艇を銃撃し、大損害を与えたことが、慶良間海洋文化館の記録と、岩本の手記とで一致している。日本軍守備隊があっけなく撃破され、島民が自決を選ぶ最中、勇敢な日本の飛行機がたった1機で米軍に挑む姿が、今なお記憶に留められている。


岩本は特攻 に対し、断固反対を主張した。「死んでは戦争は終わりだ。戦闘機乗りは何度も戦って敵機を多く落すのが仕事だ。一度きりの体当たりで死んでたまるか。俺は否だ。」との自論を展開し、彼の言動に対する上官の詰問には「命ある限り戦ってこそ、戦闘機乗りです。」と真っ向から反論した。


彼自身は特攻隊員にされることはなく、特攻隊の護衛任務に当った。訓練時間を極度に短縮して育てられた、


縦技量も未熟な少年搭乗員が敵艦に命中することもなく戦死していく状況に、強い憤りを感じていたという。回想録では「特攻機の突入を目の当たりにして、髪の毛が逆立つ思いであった。」と心境を吐露している。


岩本は、常軌を逸した命令に対してはたとえ上官であっても決然と筋を通す、強いプロ意識を持っていた。岩本を理解する柴田武雄 、中野忠二郎、福田太郎、八木勝利、岡本晴年、岡嶋清熊といった上官たちからは信頼を寄せられていた。彼らに指導を受けた後輩の印象では、「西沢飛曹長は、長身で目つきが鋭くて眉も太い精悍な顔つきから、なるほどあれが撃墜数150機の撃墜王だと感じたが、一方で小柄の体でやさしい風貌の岩本少尉には、どこにそのような力があるのだろうかと感じた。」と述懐されている。


みんなが思っていることを言えない中、自分の上司に対しても堂々と反論する(教え子を死なしたくないという思いからだと思われますが・・・)、結局思いは通ることはないのですが、それでも自分の身を考えずにこのような発言ができる人がこの時代にどれくらいいたでしょうか・・・





寒っ!

あなたが 好~きで♪ 会いたくてキスが~♪ 百億の 雪を 伝うの
どこかで 偶然に 巡り 会える日まで忘れなくても baby 好きでも

いいですか?ずっと 忘れない(by BoA)


・・・なんちゅうせつない歌詞や(T_T)


今年のクリスマスはかなり冷えるようで・・・雪とかもふるんでしょうか?

恋人がおられる方々へ・・・素敵な夜になればいいですな(^^)




特攻隊の遺書

眠れないので、いろいろ検索していたら、特攻隊の遺書にたどりついた・・・以前猛烈に感動した上原良司のものを見る・・・やはり泣いた(T_T) 良さん、天国で恋人に会えましたか?


以下抜粋・・・


「個人が国家に尽くすというのは、結局、個人のためである。国家のためではない。この意味において、国家主義は個人主義の中に入る。自由は人間性なるが故に、自由主義国家群の勝利は明白である。日本は思想的に既に敗れているのだ。何で勝つを得んや。しかし吾人が、彼のアメリカの学生がその独立を守らんがため闘っていると同じく、日本の独立のためにあくまで闘うのだ。日本の自由のために、独立のために死を捧げるのだ」。


自由の国アメリカが、その最後の勝利を信じているのは当然であり、これこそ歴史の示す必勝の信念である。必勝の信念は思想の必勝の基礎の上におかるべきものであって、単に不敗であるということを基礎とするのや、科学力を無視した訓練等を基礎として生まれるべきはずのものでない」。


「特攻隊員(振武隊)となりて…悠久の大義に生きるとか、そんなことはどうでも良い。あくまで日本を愛する。祖国のために独立自由のために闘うのだ。天国における再会、死はその道程にすぎない。愛する日本、そして愛する冾子ちゃん」。


「私は明確にいえば自由主義に憧れていました。日本が真に永久に続くためには自由主義が必要であると思ったからです。これは馬鹿な事に聞こえるかも知れません。それは現在日本が全体主義的な気分に包まれているからです。しかし、真に大きな眼を開き、人間の本性を考えた時、自由主義こそ合理的なる主義だと思います。戦争において勝敗をえんとすれば、その国の主義を見れば事前において判明すると思います。人間の本性に合った自然な主義を持った国の勝戦(かちいくさ)は火を見るより明らかであると思います。日本を昔日の大英帝国の如くせんとする、私の理想は空しく敗れました。この上は、ただ日本の自由、独立のため、喜んで命を捧げます」。


「権力主義、全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を、今次世界大戦の枢軸国家において見る事が出来ると思います。ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツもまた、既に敗れ、今や権力主義国家は、土台石の壊れた建造物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。真理の普遍さは今、現実によって証明されつつ、過去において歴史が示したごとく、未来永久に自由の偉大さを証明して行くと思われます」。

空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事は確かです。操縦桿を採る器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の航空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。理性をもって考えたなら実に考えられぬ事でも強いて考えうれば、彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。一器械である吾人は何も云う権利もありませんが、ただ、願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです。こんな精神状態で征ったならもちろん、死んでも何にもならないかも知れません。故に最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です」。

「飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。明日は出撃です。過激にわたり、もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽わらぬ心境は以上述べたごとくです。何も系統だてず、思ったままを雑然と述べた事を許して下さい。明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。云いたい事を云いたいだけ云いました。無礼を御許し下さい。ではこの辺で。出撃の前夜記す」。

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