先日は認知症の父とのコミュニケーションについて書きました。
が、私の修行はこれだけではないのよねー。
どんどん耳が遠くなる81歳の母。
もともと片方の耳がほとんど聞こえないのだけれど
歳と共に反対側の耳もどんどん聞こえなくなってきているの。
でも、話す事も普通に出来るし
聞こえないという素振りもしないので
聞こえているのかと思って
普通に話すと
話しが全くかみ合わず
あー聞こえてないんだー・・・
って感じになります。
コミュニケーションに「聞く」という事は非常に重要な事だから
聞こえないというのは辛いよね。
だから、以前は
聞こえない事に対してイライラしたり
怒りさえ出てきた事もありました。
でもね、好き好んで聞こえなくなったわけではないんだよねー。
聞こえていたら普通に受け答えもしているのだと思うんだよねー。
ただ、私の母の場合は
聞こえないのに、聞こえているふりをして
相手が言った事を予想して答えるから
イラっとするのよ。
聞こえていなければ
「聞こえないよ」と言っていいんだけど
言いたくないんだよねー。
その事について質問すると
すごく不機嫌になって会話がストップしてしまうので
話したくないならいいよー
となって終わっちゃうの。
会話を終わらせられてしまうことにも
イラっとしていた時期もあったのだけれど
最近はそれも受け止めるようにしているんだー。
で、今はどのように会話をしているかと言うと
私が伝えたい事がある時は
伝えたい事を紙に書いて見せながら
大きな声でゆっくりと話すようにしています。
それと、
聞こえない事が悪い事ではなく
私がわかるように伝えてないのよねー
と相手に対する氣持ちを
自分の事として捉え
自分がどうすればいいのかを考えるようにしているんです。
そうは言っても
イラっとする時もまだまだあるし
大きな声でゆっくり話しても
怒ってると受け取られる事もあって
悲しい氣持ちになることもあります。
でも、その事を通して
私はどんな私でいたいんだっけ~?
私のあり方を基準にしたら今どうする~?
と自分に質問しながら
母とも会話をしています。
言葉に書くと簡単なんだけど
目の前に母がいると
そうそう簡単な事ではないのよねー。
それが、自分を成長させてくれる所かな。
生きていれば
体も当然変化するし
それが、自分が思うような良くなる変化ではない事もたくさんあります。
それは、良くなる、上手く動くが当たり前と思うから
ギャップが生まれるんだよね。
もともと当たり前はなく
変化は良いか悪いかなんて自分が決めているんだよねー
と思えば、期待も失望もしないんだよね。
認知症の父と
耳が聞こえない母と
私には本当にありがたい存在です。
同じように感じながら毎日過ごしている方も多いと思います。
私はこんな風に感じながら両親と共に過ごしています。
何かヒントや参考になればうれしく思います。
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