深い悲しみに
深い深い息で
そっと
触れていくこと
呼吸の間隙に
流れているもの
安心して
そこに居て
大丈夫
すべて流れゆくもの
流れとして生きて
それで大丈夫

本当は言葉なく
ただ寄り添い
響きあう
それだけで良い時にも
言葉を求めてしまうし

言葉が必要で
それで救われる時に
言葉が足りないこともある

丁度良さを探しながら
生きている

言葉は

記号で
シンボルで
形骸で
ただのカタチで
容れ器でもあり
言う人によって意味が変わって
聞く人によって意味が変わって
分かち合えないその中に
響き合う心があって

生じている

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ここのところずっと
人の哀しみに触れていた
喉に突き上げるエネルギー
表現をしたくとも
出来ない
やり方が分からない
そんなもどかしさ
切なさ
何故なのか、という怒りと
深い悲しみと

でもそれらがあるのも
伝えたい
表現したい
行動として
そしてあり方として
そんな大切なものがあるからであり
それはとても、大事なこと

こころの奥底、本質の次元から
大切にしたいもの
表現したいこと
狂おしくとも
顕れずにはいられない気持ち
そんなエネルギーが生じてくるのもやはり
人の自然な有り様であり営みであると感じ、またそれが愛しく

それは美しくないかもしれない
醜いと感じるかもしれないし
罪悪感や抵抗があるかもしれない

でも、そこを試行錯誤しながらでも
表現していくということ
行動していくということ

どのようなあり方が
丁度良いのか

それは自らにと
周囲にと

智慧をもって

こんにちは、ホリエです。自分の状態、意識、エネルギーの変化に伴い、過去記事がとてもそぐわなくなっておりましたので、一旦ほぼ全削除いたしました。

また当アメブロにて、こういう内容を発信していこう!という想い、プランはございますので、よしなに^^
人の個人性の違いは、喩えるなら画風・画法の違いのようなものかなと思っている

まず最初に白い紙を渡されて、そこにクレヨンでグリグリやるわけです

そこから水彩とか、ポスカとか、油絵とかに手を出したり、水墨や日本画やってみたり、コピックなんてのもありましたね

紙の上に、どんな絵具をどう塗るか

どんな線を描くのか

これでもかと重ねていくのか

紙の地を見せるのか

で、CGとかになって

あー全部データじゃんとか

やりはじめる


…みんな、好きにお絵かきしたら良いと思うのだ( ´ ω ` )

どんな絵を描きたいかなんて、趣味の問題だからさ