アンコールワットの駐車場に戻ると、9時を過ぎている。トゥクトゥクは直ぐ見つけて、何か食べるところはないかと訊くと、アンコールトムの駐車場の周りに在ると言うので出発。
地図を見ると、アンコールワットの直ぐ北にアンコールトムの市域が在るが、これが思ったより遠い。と言うか、アンコールワットも想像していたよりも大きくて、広い敷地を持っている。
今はトゥクトゥクで移動する森の中の道だが、ここに住民が住む村落が在ったと考えれば、万単位或いは数十万単位の人口が存在したのか。
この位置に初めに都市を築いたのは889年に即位のヤショーヴァルマン1世で、都市名はヤショーダラプラ。現在のアンコールトム遺構はジャヤヴァルマン7世が築いた12世紀後半のもの。
バイヨンの建設はジャヤヴァルマン7世とされるから、大乗仏教寺院として創建され、ジャヤヴァルマン7世の死後の王権の変化からヒンドゥー寺院化されたと見られている。
手前の支柱は廊下の支柱で、この上に通路があった。
このあと北面に設けられた階段から降りる
実際には王族の火葬場だったと考えられている。
ここで時刻は12時過ぎ、朝は未明の4時半から8時間近く歩き回って疲れの限界。トゥクトゥクの運転手に次の遺跡は歩かなくても良いところか訊くと、「駐車場から1キロほど歩くと寺院跡が在って・・・」。今日はここまで、ホテルに戻って昼寝する。