旅客は少なく、あっさり入国。ここから市内へは、地下鉄は建設中で未到、空港バスで約1時間半との情報ではあるが、ガラタ塔の横になる今日のホテルは最寄りの地下鉄駅(シシュハネ)から数分かかる。国際線到着口を出て直ぐのところに一般のTaxi乗り場、列が無いのでこれにする。ホテルの予約確認書を見せると、ダッシュボードに置いたスマホのGoogle Mapルート表示で走行開始。閑散とした巨大空港を出て高速道路に入る。片側3車線の立派な道路で、よく見ると更に内側に高速道路が並行している。なんと、内側にあるのが黒海の入り口近くに架かった第3ボスポラス橋でヨーロッパ側とアジア側を結ぶ高速道路本線で、今走っているのは並行する接続道路。むむ、さすがにオスマン帝国の末裔、資金さえ潤沢なら陸上移動網の充実は素晴らしいものがある。

 

 最初にトルコを訪れたのは1976年だから44年前、バスでアンカラからカッパドキア、その後イスタンブールからエディルネを越えてブルガリアに移動した。当時でも西欧に向かう長距離トラックがかなり走っていたが、道路は片側2車線分はあるものの舗装の端は荒れていて、追い抜きは遅いトラックが真ん中を走り、道路の端側を速い車が抜いて行く作法だった。2度目は 1987年で33年前、レンタカーでイスタンブールからエーゲ海のア ジア側をマルマリスまで南下し、帰りはチャナッカレからヨーロッパ側に渡ってギリシア国境に沿ってエディルネを経由、イスタンブールに戻った。この時の記憶では、ボスポラス海峡に架かる橋は1本だけ、高架道路はイ ズミルの周りに少しだけ、この行程でトンネルはボドルムの手前に短いのがひとつだけだった。3度目は2003年、17年前、アンカラからバス移動でカッパドキア、コンヤ、パムッカレ、エフェス(エフェゾス)、チャナッカレ、イスタンブールと辿る標準ツアーコース。アンカラからカッパドキアに向かって途中まで高速道路が出来ていたが、あとはよく手入れされている国道だった。

 

 今回の第一印象は、巨大新空港に立派な高速道路というインフラの充実。午後4時過ぎでも快晴の青空に太陽が眩しく輝いて空気は暑い。イスタンブール市街に向かう高速道路の周りは、思ったより起伏の大きい丘陵地帯に濃い緑の樹木、やがて前方に高層ビルが見え始める。高いミナレット2本を持ったモスクがある地点で複雑な高速道路ジャンクション、周りの丘陵地には住宅街が貼りつく様に広がっている。

 

空港から市街へ

 

市街地に入って

ガラタ地区

 

 ガラタ塔に到着。空港から約40分、走行距離約40キロ、メーター料金130トルコリラ(約2,000 円)。ホテルにチェックインして、屋上のルーフトップレストランを確認しに行く。

 

ホテル屋上から見るガラタ塔

屋上から金角湾側、中央奥はスレイマニエジャーミィ

 

 早速周りを歩いてみる。ガラタ塔は修復中で中には入れない。

 

ガラタ塔の右側が今回のホテル

ガラタ塔の周辺

果物屋

 

 ガラタ塔はガラタ地区の中腹に建っていて、そこから急な坂道を5分ほど下るとガラタ橋に至る。

 

坂道を下って

前方にガラタ橋

 

 ガラタ橋は二重構造で、車と路面電車が走る橋の下にレストランが並んでいる。

 

ガラタ橋、対岸にイェニジャーミィ

ガラタ橋から見るアヤソフィア

 

 時刻は午後5時過ぎ、街の人々は夕方のラッシュアワーが始まったところ。こちらは出発以来24時間を超えて、お疲れモード。まだ客の少ないガラタ橋のレストランで軽く食事して、今晩は早めに休むことに決めた。ズラッと並んだレストランから客引きの声が掛かる。観光地だから中身にはそう期待せず、何より眺め第一で店を選んだ。金角湾を挟んでアヤソフィアとトプカプ宮殿が見える席。

 

丘の上左にトプカプ宮殿、右にアヤソフィア

 

 メニューの写真から、小海老の炒め物(1,000円ぐらい)にして、パンを付け、飲み物はチェリーのジュース。これが想定外に美味かった。小海老は大蒜とマッシュルーム、ピーマンで炒めて、少し辛めの味付け。パンの先に炒め汁をちょっと浸すと、予想外に抜群の味わい。

 

 

 トルコのパンは以前から美味の印象だったが、料理自体にそれほど記憶がなかった。今回、一口目から驚きである。調子のいい客引きの兄ちゃんと話すとクルド系、昔からイスタンブールでよく出くわす人々。トルコ東部からイラク、イラン、シリアに分布し、昔からトルコ政府は弾圧、イラクではフセイン後に北部でかなりの自治権獲得、IS掃討作戦ではアメリカがクルド人勢力を支援してトルコと軋轢、と複雑ではあるがまあそうゆう地域。反トルコ政府のテロリスト集団もいるが、トルコ社会で暮らす普通の人々も多い。この店の給仕はみんなクルド系らしく、しかもムスリムではなくてヤジディ。それはともかく、この店、料理の評価は想像以上だったので再訪することになる。

 

  ホテルに戻るのに階段のある道を登ってみる。狭い道に建物が密集していい雰囲気だが坂はかなりきつい。登るときは、ガラタ橋から塔のもう少し上までトンネルで昇るケーブルカーに乗って、そこからホテルまで下り坂を歩いたほうが楽だとわかった。

 

歩いてガラタ塔へ

このテュネルという交通機関、1875年(明治8年!)創設。

 

(2)終わり