昔、大学を卒業して数年後の駆け出しだった頃

 

スキルス胃癌で亡くなった20代の男性を解剖したことがある

 

手技は型通りに行われ

 

検索した病変の広がりや死因などに問題点はなかったが

 

唯一他と変わっていたのは

 

その男性の恋人だと称する若い女性が

 

その現場に立ち会ったこと

 

その女性は当時看護学生で彼とは遠距離交際中だったと聞いた

 

通常解剖に第3者が立ち会いたいなどと申し出てくることはないし

 

例えその申し出があったとしても

 

一般者には耐えられるような現場ではないから

 

まず許可はされないのであるが

 

そこは医療関係者でもあり

 

どうしても彼の最後の姿を見届けたいのだという

 

切実な思いを受け入れることにした

 

でも、もし自分が彼女の立場だとしたら

 

恋人の死体が解剖される現場を見たいなどという気持ちが

 

果たして起こるだろうか、と疑問に思ったことを覚えている

 

 

 

途中彼女が取り乱すようなこともなく

 

静かにことは終わったのだったが

 

事後に彼女の様子がどうだったのか

 

あるいは交わした言葉などは覚えていない

 

病気に侵されて亡くなった彼への愛と深い悲しみ

 

そして自らの医学的関心

 

これらがうまく両立するものかどうかは今もわからない

 

 

 

例年になく暑いこの夏の夜

 

納涼がてら偶然視聴した「紫色のワンピース」のYouTubeで

 

ふと思い出された過去の経験

 

あの彼女は今頃どうしているだろうか