2003年(平成15年)の夏に石川県富来町のお寺から、掛け軸の修復の見積もり

の依頼を受け、羽田から開港したばかりの能登空港に降りたことがあります。

 

7月17日に開港して何日かの後、ふるさとタクシーを利用して訪問しました。

ふるさとタクシーとは、町が考えたサービスで、乗り合いですが空港からどれだけ

乗っても500円という制度です。

同乗は会社員のおじさん一人で15分ばかりで降りましたが、私の目指すお寺は

それから40分ほどかかりました。

 

お寺に着くと早速掛け軸が広げられていて、住職が「誰の作品かわかるでしょうか」

と尋ねられましたが、まさか等伯ですかと答えました。

 

等伯の若描きじゃないですかと、期待を込めて尋ねられますが、私はわかりません。

2002年の大河「利家とまつ」の取材にNHKが来たお寺だというのです。

 

判断しかねますので写真だけ撮って後日返事を差し上げますと、帰りました。

バスを待つ間、燦々と降り注ぐ強烈な太陽と、紺碧の海は長く印象に残りました。

 

能登半島地震の震源地、震度7の志賀(しか)町は2005年に富来(とぎ)町が

合併した町で、現在富来町は存在しないと今回はじめて知りました。

 

2010年に東京国立博物館で「没後400年特別展 長谷川等伯」が開かれ、

20万人を超える観客が訪れました。

 

20年前の富来町の空と海、ご住職の快活な笑顔。

昨日トーハクで観た今年の「松林図屛風」は、いつにも増して無常感が

あふれ、こちらに押し寄せてきました。