1月に行われた社労士会の新年の賀詞交換会で、元陸上選手の小林祐梨子さんの講演を聴く機会がありました。
小林さんは兵庫県小野市の出身。1500mの前日本記録保持者であり、都道府県駅伝2区の区間記録もいまなお破られていません。現在はシューズ性能などの飛躍的な進化により記録が出やすい環境にあります。シューズ革命以前の小林さんの記録が今も破られていないということは、いかに小林さんの記録が突出したものであるかがよく分かります。
また、北京オリンピック5000m日本代表にも選ばれたオリンピアン。まさにトップアスリートです。
数多くのエピソードが語られましたが、私の心に最も残ったのは、小林さんが須磨学園高校3年生のとき、キャプテンとしてチームを率いた際の話でした。
テーマは「目標の持ち方」です。
小林さんが1年生のとき、須磨学園は全国高校駅伝で3位。2年生では2位。そして最終学年となる3年次にキャプテンに任命されます。
駅伝メンバーは23人。全国大会で実際に走れるのは5人だけです。
チームの目標として「優勝」を掲げるのは自然な流れでした。
しかし、小林さんは疑問を持ちます。前年も前々年も「優勝」を目標に掲げたが、達成できなかった。今年も同じ目標で良いのだろうか、と。
そんなとき、同学年で3000mの持ちタイムがチームで最も遅かったAさんから、こんな言葉をかけられます。
「今年も優勝が目標になるよね。でも私はレギュラー5人には選ばれないから、優勝には貢献できない。いつも何もできなくてごめん。」
この言葉に、小林さんは強い違和感を覚えたそうです。駅伝優勝を目標にしたとき、本当に23人全員が同じ方向を向けるのだろうか。レギュラーではない選手は、心のどこかで距離を置いてしまうのではないか。そうした状態で、チームは本当に一つになれるのだろうか、と。
悩み抜いた末、小林さんがたどり着いたのが、「23人全員が3000mを10分以内で走る」という目標でした。高校女子にとって3000m10分切りは、一つの大きな壁です。強豪校の須磨学園であっても、全員が達成しているわけではありませんでした。
この目標を掲げたことで、チームの空気は変わります。Aさんは「自分も達成しなければ」と本気になります。チームの目標が、各自の目標と直結した瞬間でした。
公式大会を重ねる中で、多くの選手が10分を切っていきますが、最後のトラック競技会を前に、Aさんを含む数人が未達成のままでした。他のメンバーは、その数人を中心に伴走や練習サポートを行い、チーム全体で底上げを図ります。
結果として、公式大会終了時点で、Aさんを含む3人が10分を切れませんでした。3人は涙を流し、「目標を達成できなくてごめんなさい」と口にしたそうです。
そこで小林さんは、公式戦は終わったが、学校のグラウンドで3000mの記録会を行おうと提案します。3人を重点的に鍛え、最後の挑戦に臨みます。しかし、現実はドラマのようにはいかず、Aさんはわずか数秒届かず未達成に終わりました。
そして12月。全国高校駅伝本番を迎えます。「23人全員が3000m10分以内で走る」という目標がもたらした影響は、想像以上だったそうです。チーム全員が同じ方向を向き、レギュラー5人以外のメンバーも、心からこの5人を支える存在になっていました。
駅伝当日、小林さんは2区を担当。1区の付き添いは、あのAさんでした。そこに悔し涙はありませんでした。
結果は、小林さんが当時の区間新記録を樹立し、チームは優勝。
最後、最終区のアンカーでゴールした選手は、ゴールの瞬間右手で「2」、左手で「5」を作りました。23人の選手と、監督・コーチを合わせた25人全員で勝ち取った優勝、という意味だったそうです。
組織の目標が、構成員一人ひとりに本当に届き、行動につながる状態をつくることは、簡単なようで非常に難しいものです。
最前線の現場でチームを率いた小林さんが、「優勝」という言葉をあえて前面に出さず、全員が関われる目標を選んだ判断は、会社組織や職場運営においても、多くの示唆を与えてくれる話だと感じました。
「高い目標を掲げること」以上に、「誰もが自分の役割を持ち、努力が意味を持つ状態をつくること」こそが、組織を本当に強くするのだと、この講演を聴いて感じました。