猫を引き取って12年目。あちこちに白髪が混じり、老猫であることを隠せなくなってきた。動作も敏捷性がなく、その代わりにというかどこか達観したようにも見える。猫は便秘がちではあるものの、ありがたいことに大病もせず健康である。だが困ることがある。ごはんに飽きるのだ。一度飽きると食べない。これしかないと強く言うと仕方なさそうに少しだけ、カリッとするのが彼の最大限の譲歩である。あまりしつこくするとうおうおうと鳴き、うるさい。若いころなら餌を変えればそれで済んでいたが年寄りの今、ほいほいと変えたくない。カリカリによってひどい便秘になってしまう。何日も便が出ず、排便時猫がお腹が痛いと鳴いているのを見るのは辛いし、なによりそういう目に合わせたくない。だが食べないのなら意味がない。当の本猫は下僕の苦悩などおかまいなしだ。憎らしい。

 

 先日、長く食べていたカリカリに猫が飽きてしまった。それは便秘気味の猫と相性が良く、お世話になっていたものだった(以後元カリと呼ぶ)。そこからが猫と私の戦争が始まった。

 

 飽きてしまったのなら仕方ないと新しいカリカリ(以後新カリ①、②・・と呼ぶ)①を用意し、そこに元カリを混ぜ、様子をうかがった。いつもならこれで済んでいたのだが今回はそんなに甘くなかった。一粒も食べないのだ。面倒くさそうに一瞥し、そのままふいっと和室に消えた。そこは暗い場所で機嫌が悪くなるといつもそこで佇んでいる。私は焦ったが、ここは駆け引きだ。猫は自分がこうすれば下僕がおいしいおやつを出すだろうと踏んでいるのだ。慌てても仕方ない。私は我慢した。そして一日が過ぎた。うんこは前日していたので楽観していた。まだ猶予はあるし、根は食いしん坊なのですぐに食べるだろうと。それに私はどうしても元カリを食べてほしかった。この時の軽い気持ちはのちの後悔となった。

 

 二日目、一晩おいていた皿は盛られた状態のままだった。私の心がほんの少し重くなる。空腹は良くないのでいったん新カリ①にお気に入りのウエットフードを混ぜて与えた。仕事があるのでいやいや出勤したが後ろ髪をかなり引かれた。仕事中も元カリを食べてほしいがどうしたものかと上の空だった。

 皿は朝の状態そのままだった。何故だ。新カリ①がだめだったのか?そうだ、もしかしたらウエットフードが飽きたのかもしれない。そう思い、これまた猫のお気に入りの猫用生かつおぶしを用意し、今度は元カリを混ぜ込んだ。これで食べてくれればいつもの日常だ。だが翌朝生かつおぶしだけきれいに食べられていた皿が残された。いよいよ私は頭を抱えた。猫がまる二日間まともにご飯を食べてくれない。食べなければ当然出ない。それに体調だって不安だ。何とかして食べてもらわないと。そうして三日目を迎えた。

 

猫のカリカリが入った白い器

                頼むから食べてくれ

 

 三日目、元カリの粒が大きすぎるのがいけないのか?高齢猫を飼っている人の中にはカリカリをすり鉢で粉砕して与えているという情報を手に入れ、私はアマゾンを開いた。来るのは明日。今日はとにかく食べてもらわないと、おやつの生かつおぶしを与え私は会社へと向かった。仕事どころではない、上の空で日中を過ごし、帰りはドラッグストアによって猫の餌コーナーで新カリ②、③を買い家路へと急いだ。頼む、食べてうんこしてくれ。下僕は猫のうんこを切実に望んでいた。はやる気持ちを抑え家に帰ると皿は空だった。とりあえず生かつおぶしは食べてくれていたのでほっとする。そして新カリ②を入れてもどかしい思いをしながら猫を遠くから見守った。すると猫が猛然と食べ始めた。猫が新カリ②を軽快な音を立てて食べている。その様子を見て漸く安心することができた。問題はもう一点。うんこである。前述のとおり猫は便秘気味で餌次第でひどくなる。新カリ②は果たして猫に合うのだろうか。

 

 四日目、新カリ②を与え食欲を確認。あとはうんこだ。私はまた後ろ髪引かれながら会社へと向かった。数日まともに食べていないので目的のブツはすぐには拝めないだろう。だが便秘は放置すると危険だ。もし明日までに出なければ病院へ連れて行かなければ。なにせ今年で12歳だ。最低でも後30年は健やかに生きてもらわないといけない。仕事が終わり(気持ちだけは)急いで自転車を走らせた。息を切らせながら玄関横のアマゾンを取り、鍵を開けると猫が出迎えてくれた。機嫌はいいし元気もあるようだ。だが猫トイレにうんこはなく、私の心がずんと重くなった。取りあえず新カリ②を与え、夜一緒に遊んでもらって気を紛らわせた。私は遊び疲れて横になった猫の腹をそっと撫で、うんこしてくれと願った。

 

 そして運命の五日目、私は目視でキャリーケースの位置を確認した。猫は勘が鋭いので気づかれる前に行動を起こさなければ。タイムリミットは私が家に帰るまでだ。トイレになければ迅速に病院へ。私は猫の横腹を撫でた。頼む、と何度目になるかわからない最後の願いを込めて。猫は新カリ②に夢中でこちらが撫でても全く気にしていなかった。

 

 期待を不安が入り混じった私は玄関の扉を開けるのをためらった。しかし時間が限られている。ここでうじうじしていたら動物病院の診療時間が終わってしまう。私は深呼吸を一つして扉を開けた。私は出迎えてくれた猫の横を通り過ぎ猫トイレへ急いだ。玄関先で感じた臭い。もしかしたら。

 

あった。3つ。

 

 待ち望んだものがそこにあった。感動だ。カチカチだったので苦労しただろう。私は寄ってきた猫を撫でて褒めちぎった。よく頑張った。えらいぞ。ここ数日の心の霧が晴れ、猫と私はトイレ横で喜びを分かち合った。褒められて嬉しかったのだろう、猫は誇らしげにゴロゴロとのどを鳴らした。

 

猫のラインダンス

              ♪猫様一番下僕は二番♪

 

 次の日、朝起きると猫トイレにあった大量のうんこが猫の完全勝利を告げてくれた。猫はすがすがしい顔をしていた。

 

 こうして猫と私の戦争は終わった。よく頑張った猫。そして下僕は反省だ。元カリに執着せずさっさと新カリ②に変えていればよかったのだ。反省を踏まえてこれからも猫様に尽くせるよう精進しなければならない。

 

追記)現在猫の状態は良く毎日、遅くても2、3日に1回は出してくれる。一応元カリと新カリ②を混ぜたものを与えてみたが結(略)。アマゾンすり鉢は一度元カリをすり、その後下僕に下賜された。