少し気温が下がったって!湿度が問題なんだから、あんまり関係ないような。本当に湿度だけ何とかしてほしい。

やっとうかがえました。前回は中央林間から歩いたけれど、今回はこの天候ゆえ、東林間からにする。実際に珠洲で展示をしてきた頃は、知ってはいたものの行くのはなかなか難しく断念。それがよりアクセスしやすい場所で展示されるとならば、うかがわないわけがない。実際にこの会場で拝見したら、やっぱり珠洲で観ておけば良かったとは思ったけれど。それは濃縮され過ぎて息が詰まりそうになったのと地震の2つの理由による。息詰まる緊迫感は後半、戦局が怪しくなってくるに連れてより臨場感が出て良かったけれど、人と行き交うのも難しいし、蒸し暑くて気が遠くなったのもある。それと屋外での展示を想定して巨大な作品もあって、もう少しひいて拝見したいというのもあった。間近で拝見できる良さも勿論ある。それとやっぱりあの時にあの場所だからこその作品はその場で拝見すべきで、再度これを持っていくことが(そのような企画はないにしても)、当面は叶わない状況が起きてしまったことで、より飢えた乾いた感覚が自分の中にあった。なんやかんやありながら、やはり作品としては、リサーチも含めて圧巻の出来だなぁと思う。親切にも順番の札があって、その通りに進んでいくと南方さんの生き方が弓指さんの絵とともに追体験できる。大変興味深いことに、開拓団に参加していたことはある意味、つながりというか観ている側にも馴染みがある。だけど、全く違うというか知らない(知るはずもないけれど)人の生き方がそこにはある。何をポイントとして描くのか、という部分は弓指さんなりのの着眼点がある。事務の仕事をしている南方さんの姿を描いた作品なんて、本当は見過ごしてしまいがちだけれど、自分が選ばずしてもやもやとしながら取り組んでいる様が言葉だけでなく、その作品から漂ってくることでよりリアルに感じることができる。何かが爆発したりするのは、この時期を描いたものの中では、とても普通なのかもしれない。だから、それ自体はそんなに気持ちを引っ張られないけれど、作品の大きさやある強調された部分等にハッとさせられたりする。今回は猿や鰐、海蛇など動物がとても生き生きと描かれていると感じた。戦闘機が空を舞う中、地上で大きく口を開く鳥とか、腹をみせて浮かぶ魚とか全く関係ないのに巻き込まれてひどい目にあった生き物の姿があることで、具体的には描かれない人間の死(文字情報としてはある)が浮かび上がってくる。生き残った人が抱えてしまったものがあまりにも大きすぎるし、亡くなった方は、それが自死であったとしても、本当にもったいないとしか言いようがない。ギュッと濃縮された中で少々酸欠になりながら、この空間であれこれに想いをはせる。モザイクの髑髏は何を見ているのだろうか。このテーマだけでなく、珠洲市にボランティアで入ったことも作品で報告してくださっていて、単純に作品を作って展示しただけでなく、その地の人と繋がり続けている弓指さんの姿勢に暖かい気持ちになる。ほんの少しだけ寄付をしました、本当に本当に少しだけですけど。

気合を入れて一冊積読に一矢。調子に乗って2冊購入。減らない…。