ちいさい言語学者の冒険

 

子どもは「言語学者」である.

「子ども」と「言語学者」というのは相対する概念のように見えるかもしれない.

 

しかし,子どもを言語学者としてみると言語の学習のそれはフィールドワークにもみえる.

子どもの言語発達の過程を知ることで「子ども」のことも,「言語」のことも知れる.

この本はそんな本だ.

 

 

 

 

 

 

 

  子どものどこが言語学者なのか

生真面目にいえば,言語学者であるのは子どもではなく著者の広瀬友紀さんなのであるが,子どもには言語学のような側面を持っていて,その一挙手一投足を言語学者が言語学の観点で解説する.そういった構成となっている.

 

もっとも,一部の言語学者というのは,野外調査などといって一つの言語の自然な環境での話され方を調査するためのフィールドワークという活動を行う.

フィールドワークでは,その対象の言語の文法や音韻の分かっているレベルは各言語によってさまざまだが,子どもが似ているのは特に全く未知の言語である.

このような活動をなぞらえて子どものことを「ちいさい言語学者」と称しているのだと思う.

 

 

  言語学の入門書

不肖私は言語学に関しては完全な素人であるが,自然言語処理なども触れてきた折,なんどか入門書には触れてきた.

私にとってこの本はとても分かりやすい言語学の入門書のように思える.

もちろん,構成の都合や事例も不足するだろうから網羅できているかと言われるとそうではないとおもう.

しかし,これほど楽しんで読めた入門書はないと思えた.

 

言語の音に関する音声学や音韻論,言語の意味や文法に関する統語論や意味論,語用論を順番に取り扱っているとあって,言語学の大まかな分類では網羅できている.

おすすめである.

 

  子どもだからこその間違い

こと大人に関しても日本語の間違いはある.

この記事も気を付けてはいるが誤字などもあるだろう.

 

しかし,子どもの言語に関する間違いというのはそういった類のものではない.

 

どちらかといえば,言語の分析ミス

というより

正しく分析した結果間違えるのだ.

 

例えば本書で扱われた事例として「は」の濁点をつけた音が分からないというものがある.

しかし,実のところ「ば」は「は」の濁音ではないのだ.

 

濁点のつかない清音と濁音というのは普通,子音を作る口の部位が同じなのである.

例えば「が」の子音であるgは音韻論では「有声軟口蓋破裂音」と呼ばれる音だ.

ありていに言えば,口内の上にある柔らかいところを舌で抑えて,息を一気に出す音と言えばあっているのだろうか.そんな音だ.

「か」の子音はk.これは「無声軟口蓋破裂音」と呼ばれる.

kとgの違いは声帯を震わせるかのみ.

要は同じ位置で発音しているのだ.

 

それに対して「は」の子音hは「無声声門摩擦音」.口の中ではなく,声を作る声門で鳴らす音なのだが,「ば」のbは「有声両唇破裂音」であり,音を作るところが異なる.

唇の両側で破裂させる音なのだ.

 

むしろ「ぱ」の子音pは「無声両唇破裂音」でこちらがセットだ.

 

だから,子どもは「ばから点々を取ったらどんな音になる?」と聞くと「ぱ!」と回答したりするのだ.

 

  言語を知る 子どもを知る

言語の音や文法というのは異国の言葉でもなければ大人が意識するということはあまりない.

実は私たちは日本語を知っているようであまり知らないのだ.

 

しかし,子どもの言語学習の過程を紐解くことで,言語の不思議さが見えてくる.

 

また,それを知ることは子どもを知ることにも繋がるのだ.

 

普通に過ごしていれば

「馬鹿だなぁ」

で済んでしまう子どもの誤りも

「なるほど.こう解釈したのか」

と共感することができるのだ.

 

 

そんな子どもとの時間をより楽しいものとしてもくれるこの1冊.

ぜひお手にとってはいかがでしょうか.

 

 

 

 

カーリル