フロントライン 見えないからこそ | Murphy's Blog

フロントライン 見えないからこそ

事実を元に作られた映画「フロントライン」を観ました。

非常に見応えのある作品でした。

災害派遣医療チームDMATが、コロナ初期に起きたダイヤモンドプリンセス号の中での集団感染にどう対処していったのか、を現場だけでなく指揮をする側の対応、そしてマスコミの中のことも含めて描いている。

まずは、やはり現場で頑張っていた医療者、そして船のスタッフにお疲れ様と言いたくなる話でした。そして彼らをバックアップするための本部、厚労省や横浜の人たち、DMATの責任者、がどう動いていたのか、マスコミが伝えようとしないことがいろいろとわかって良かったと思う。

描き方もあるかもしれないが、やはりマスコミは責任を果たしていない、果たそうとしていないと感じる。取材記者と上司のやりとりからは、結局視聴率とれるのか、になってしまい、現場に行く記者は苦悩もするのだが、、というややステレオタイプな演出にはなっているが、もうちょっとやるべきことがマスコミにはあるだろうという気がやはりしてくる。船内の主婦の投稿がそれを象徴する。描き方は控えめではあるが「なぜもっと状況が伝わらないのか」という疑問は、この映画を通しての大きな投げかけな気がする。ようやく下船できたこの主婦もインタビューされるのだが、極めてフツーなコメントしか残さない。残せないと言うべきだろう。聞き方の問題でもあるが、その後ろにあるべき意志の問題でもある。

DMATのメンバーだけでなく、船のスタッフも文字通り走り回って対応しているのはメディアからは伝わってこない。むしろ船を下ろされたという感染症専門医の動画を取り上げるなど、分断を助長していると言っていい動きになっている。

はっきり言って、視聴率を言い訳にして、フロントラインに入っていく気はないし、そこで起きていることを伝えようとなどしない。それがいわれのない差別の要因になっていると認めもしない。

医療者側は「目の前の命を救いたい」とみな思って活動をしている。その現場で何が行われ、どう試練を乗り越えているのか、そこにニュースバリューがないなどとは思えないし、それで視聴率がとれないというのも、何かの幻想だと思うし、視聴者ではなく別の方を向いているのではないか、と思ってしまう。

普通には見えてこないもの、ぱっと見では理解しがたいもの、をちゃんと解きほぐして理解させるのが、ジャーナリズムの重要な仕事なはずだ。SNSを見ていると、すでにだいぶ見放されつつある気はしてしまうが・・・

そんな中この映画の意義は大きい。