※私のどっぷり妄想のウォンキュ小説です。ここからは優しい目で見れる方のみお進みください。ウォンキュの意味が分からない方や苦手な方はUターンしてくださいね。尚、お話は全てフィクションです。登場人物の個人名、団体名は、実存する方々とは関係ございません。
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店員の男の名前はイ・ドンへと言い、このイタリア料理店のオーナ兼シェフだった。
奥の席に案内されたシウォンたちはランチの時間が終わった後、ドンへと会うことになった。
ひっきりなしに訪れる客を見ていると、繁盛店であることが伺える。
皿ひとつとってもこだわりが感じられ、ドンへの屈託のない笑顔は魅力でもあり人柄の良さを感じた。
アンティパストの盛り合わせはトマトとアボカドのブルスケッタにプロシュットと2種類のチーズ、グリーンサラダ、水タコのカルパッチョが食欲をそそる。
ここでワインが飲めないのが惜しい。
ひとつひとつの量は少なめだが、盛り付けの美しさにセンスが光る。
シャンパンの代わりにガルヴァニーナブルーで喉を潤し、さっきまで気まずかった空気も美味しい料理の前ではキュヒョンの気持ちも解れていくようだった。
「キュヒョナ、聞いてもいい?」
「いいよ。気になってるんでしょ?」
「うん」
「だよね。どこから話していいか分かんないけど」
「大丈夫。キュヒョンの話せる範囲で。時間はたっぷりあるし、ドンへさんが終わるのも2時頃だろ?車に戻ってもいいし、降りて海を見に行くのもいいんじゃないか?」
「シウォンてさ…」
「ん?」
「ううん。なんでもない。ありがと」
メインのアクアパッツァが運ばれてくるとキュヒョンが綺麗に取り分けてシウォンに渡した。
「これ、ドンへの得意とする料理のひとつなんだ。魚介の旨味とトマトの酸味のバランスが良くて、きっと何度でも食べたくなるよ」
「へぇ。キュヒョンが言うなら間違いなさそうだな」
ひと口食べてみると魚はふっくらで、アサリの出汁が効いている。イタリアンパセリが爽やかに口の中で香り、多そうに見えた量もペロリと平らげられそうだ。
「旨い!」
「だろ?ドンへの料理は天才だからね。久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しい」
「食べたかった?」
「うん。ずっと忘れられなかった。賄いで作ってくれた時はもっとシンプルなんだけど、終わった後にショートパスタを絡めて食べるのが好きで」
「うわっ!それ旨そうだな。パンもいいけど、パスタで食べたくなってきた」
「アハハ。ここで働いたら作って貰えるかもね」
「そっかぁ〜土日だけバイトするか」
「アハハハハ。シウォンがバイト!ちょっと見てみたいけど」
「ムリムリ!不器用でやれるのは皿洗いぐらいだよ。俺が作る料理なんて無骨だし」
「それもまたいいんじゃない?」
「そうか?パンにチーズ挟むだけだぞ?そうだ。なんなら今度ウチに食べに来る?」
「いいね」
「え?」
「シウォナの料理食べてみたい」
「え、ほんとに?じゃあキュヒョナさえ良ければすぐにでも」
「うん。楽しみにしてる」
キュヒョンが素直だと調子が狂う。さっきまでの気まずさもあって少し戸惑ってしまった。最近は笑顔も見せるようになったが営業スマイルかと思っていたし、何よりいつも尖って近寄りがたい雰囲気を醸し出していた最初の頃とはえらい違いだ。
本当のキュヒョンはこんなにも柔らかい表情をする男だったのか。一体どういうつもりなんだ?と、変に勘ぐってしまう。
以前言っていた『友達』に俺と今からなろうとしてるのか?いやいやいや、お金の関係もあるしそれはないだろ。じゃあ何なんだ?営業トークとか?
ああ、ダメだな俺。キュヒョンの言葉ひとつで浮いたり沈んだりしてる。
「このお店はさ、俺の家みたいなところだったんだよ」
「うん?」
「俺、ずっとダンサーになりたくて子供の頃から独学でダンスを勉強してたんだ。高校生の時、兄がダンス教室に通わせてくれて、そこで会ったのがひとつ上のドンへで。俺たちの他に仲間もたくさんいて楽しかったんだけど、夢を追いかけている仲間たちも大人になるにつれて減っていくんだよね。進学したり挫折して諦めたり怪我をしたり。ドンへは後者のほう。怪我をして諦めたんだけど、俺は…諦めるしかなかった。早く稼ぎたくて、どうしてもお金が必要だったんだ。だけどバイトで雇ってもらえるところなんて給料が安いだろ?そんな悠長なこと言ってられなかったんだ」
その後はキュヒョンの生い立ちを聞いて驚いた。
キュヒョンは幼い頃両親が離婚し、その後、母が再婚して4つ上の兄ができた。
それからはどこにでもあるごく普通の一般家庭で育ち、新しい父も兄もキュヒョンをすごく可愛がってくれ幸せに暮らしていた。
しかしそれも3年と続かず、両親を交通事故で亡くしてしまう。
一度は兄と離れ親戚の家を転々としていたが、どこへ行っても厄介者扱いされ辿り着いたこの町の施設で暮らしてきた。
それは兄も同じだった。
キュヒョンに少し遅れて兄も一緒の施設に入ることになり、しばらくはそこでの生活が続いた。
施設の暮らしは親戚の家より居心地が良かったがそこに居たのも数年だけで、経営難で取り壊しが決まった施設を出なければならなくなった。
キュヒョンは中学卒業と同時に就職を希望していたが兄の勧めで高校へ進学し、その後施設を出て兄と一緒に暮らし始める。
先に就職していた兄が昼夜問わず働いてくれたおかげでダンス教室に通うことが出来たし、無事高校を卒業することも出来た。
もちろんキュヒョンもバイトをしながら奨学金で大学に進学も出来た。
今思えば学校に通いながらバイトをしてダンスをして食べることに精一杯で辛かったけど、高校生の頃が一番楽しかったとキュヒョンが言う。
この店はドンへが亡き父から譲り受けたもので、キュヒョンが大学1年の時にドンヘは怪我が原因でダンスを辞め、本格的に料理を作る道に入った。
なかなかバイトが決まらないキュヒョンに声を掛けてくれたのはドンヘだった。
ダンスを辞めなければならなくなった者と続ける者が同じ空間で働くことに躊躇していたが、ドンヘは「気にしてたら誘わないだろ?店を継ぐのは決まっていて、少し早くなっただけだよ」と言ってキュヒョンを快く受け入れてくれた。
それからは見習い中のドンヘと大学の夏休みはほぼこの店で過ごした。
やっと自分の働いたお金でダンスを習うことが出来る。
兄にこれ以上迷惑はかけられないと思った矢先、順調そうに見えた生活も陰りが見えるようになる。
兄のイトゥクが病で倒れたのだ。
つづく。