※私のどっぷり妄想のウォンキュ小説です。ここからは優しい目で見れる方のみお進みください。ウォンキュの意味が分からない方や苦手な方はUターンしてくださいね。尚、お話は全てフィクションです。登場人物の個人名、団体名は、実存する方々とは関係ございません。
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紅い格子の扉を開けると建物の作りに不釣り合いな厚い鉄の扉があった。仲居が重そうな扉を開けた先は小上がりの部屋があり、襖を開けた向こうには10畳ほどの小ぢんまりとしたお座敷が広がっていた。黒塗りのテーブルと腰掛け、窓から見える石灯籠と植栽の庭園は静かな美しさで非日常の世界を描いている。
「お連れ様はお酒は如何なさいますか?」
「ああ、私はこれから仕事があるのでお茶をお願いします」
本当は今も仕事中だが、早めの昼食ということにしようと自分に言い聞かせた。
「あとはこちらでお茶を煎れますので、食事をお願いしてよろしいですか?」
「かしこまりました」
キュヒョンの言葉で仲居が下がると、シウォンはやっとキュヒョンの顔を見ることが出来た。
「いつもここで?」
「…ここは、俺の馴染みのお客さんの店なんだ。毎週月曜日はここで俺だけ朝昼兼用で食事することになってる」
「え?いいのか俺が一緒で」
「構わないよ。誰でも連れて来ていいって言われてるから」
「でも、気を悪くするんじゃないか?その馴染みの客が」
「月曜日に俺が来ないことのほうが余計気を悪くするよ」
「そっか…」
少し伏し目がちにお茶を煎れるキュヒョンの所作が綺麗で思わず見惚れてしまった。
「何?」
「え?あ、ああ、綺麗だなと思って」
「え?」
「あ!ご、ごめん。男性に綺麗って失礼だよな」
「…全然構わないけど」
湯呑を置く手も大きい男の手なのに、なぜかドキリとしてしまう。
少し照れたように話すキュヒョンの口が艶やかに濡れていて、どんどん引き込まれていくのが分かった。
「あ、あのさ、ちょっと気になってたんだけど、この店って」
「さっき…ここに来る前、紅い橋を渡って来たの覚えてる?」
「え?あ、うん」
キュヒョンの突然の話の振り方に戸惑ったが、首を傾げてじっと目を見つめられると更に鼓動が早くなってシウォンは何も言えなくなった。
「お兄さんは橋に意味があるの知ってた?」
「え?橋に意味?向こう側に渡るだけじゃなくて?」
「まぁ、それが一般論だよね。俺が小さい頃、兄から聞いたのは川は現世と来世を隔てる結界で、橋は二つの世界を繋ぐ意味があるんだって」
「へぇ…初めて聞いた」
「俺は…今、どっちにいるんだろうって思うよ」
そう言って目線を落としたキュヒョンの表情が寂しそうで、気の利いた言葉が見つからないままシウォンは何も声を掛けることが出来なかった。
「お酒、飲まないの?」
「ああ、本当に午後から仕事なんだよ。この美味しいお茶で十分。キュヒョンはお茶を煎れるのが上手いな。丁度いい濃さだ」
「ほんとに?それは良かった」
「うん。あの…キュヒョンにはお兄さんが…」
「失礼します」
タイミング悪く扉の向こうから聞こえる仲居の声にキュヒョンの兄のことも聞きそびれ、話も途中で止まってしまった。
シウォンは気を取り直して手を拭きながら運ばれて来た料理に目を向けた。色鮮やかな食材は見るだけで溜息が出そうだ。
いくつもある豆皿には旬の食材が並べられ、どれも見事としか言いようがない。
ワンプレートでコーディネートされた遊び心のあるデザインの小さな器は全て色と形が違う。
丁寧に盛り付けられた2種盛りの刺身は紅で色付けした器、若竹煮は舞い花の楕円鉢、人参の和え物は緑の陶器、酢牡蠣には白陶器に藍色で模様が描かれている。印判の模様は小さな花のようにも、水玉のようにも見えるのがいい。メバルの塩焼きには長皿を使い、そら豆の素揚げは淡い水色の陶器、アスパラガスとパプリカを鶏むね肉で巻いて蒸し焼きにしたものには飛び鉋を施した器、マーガレットをモチーフにした形の器には新じゃがのサラダで中にクリームチーズが入っている。
すべて小鉢と豆皿だが、高低差を付けることでメリハリが生まれ、目にも鮮やかだ。
椀物は蛤で、ご飯かお粥か選べるのも嬉しい。今日は豆ごはんか梅のお粥だった。
料亭や旅館などでいただくランチは夜と違い量や種類が少ない会席が一般的だが、見た目は豪華で気後れすることも少なくない。かと言ってお重に入った弁当をいただくのは味気なく思う。せっかくいつもより奮発して非日常を味わうなら驚きが欲しい。この店はそれを兼ね備えている。
昼間でこのクオリティなら、夜はどうなのか。
器から食材、調理に至るまでシウォンが泊まってる旅館とは随分と大きな差があった。
この街にもこんな遊び心がある店が残っていたのかと思うと興味が湧く。
「夜はコースか何か?」
「そんな時もあるけど、俺はいつも昼からここにいて過ごしてるから大抵は夜は食べないかな。付き合いで軽くつまむこともあるけど。馴染みの客も酒を嗜むぐらいで普段は脚付き善に2、3品だったと思う。お昼は大体こんな感じかな」
「へぇ…」
「お兄さんは料理研究家か何か?」
「え?なんで?」
「食べる前にそんな真剣に料理を見たりコースのことを聞く人は珍しいから」
「ああ、職業柄なんだろうな。あと、お兄さんじゃなくて良かったらシウォンて呼んでほしい。お兄さんて言われるのも嬉しいけど、くすぐったい」
「ふぅん。シウォン…ね」
「うん」
胸がなぜかチクンと痛んだような気がした。キュヒョンに名前を呼ばれるのは嬉しいことのはずなのに、シウォンはその痛みがなんなのか分からなかった。
再び料理に目を向けると、どれも美しいものばかりでどれから手をつけようか迷うほどワクワクした。味も格別で何を取っても素材を生かした食材はひと手間かかっており、舌の肥えたシウォンでも思わずうなるほどだった。特別な空間を演出できる料理はこうでなくてならない。
「シウォンは何でこの街に?」
「んーそうだな。マーケティングも含め、温泉施設や廃校をリノベーションするのが今回の仕事なんだけど、一言で言えばこの街を蘇らせたい、活気づけたくてここに来たってやつかな」
「ふぅん。街をね…別にいいのに」
「え?」
「活気づいて人が増えたら困る」
「何で?人が増えた方が客もたくさん来て収入が上がるだろ?」
「まあね。でも俺が働いてる店に客がこれ以上増えると、それだけ好奇の目に晒されることになる」
「あ…」
「今更こんな仕事してるのに何言ってんだって感じだろうけど、人が増えたらここには居づらくなりそうな気がするから」
「ああ、そうか…」
理由は何にしろ、昨日スナックで聞いた二択の選択肢しかない人たちにとっては複雑な想いもあるだろう。
リゾート開発は得をする人、損をする人に分かれる。どちらのいい分も聞きたいが、そんなわけにはいかないのは分かっていた。
ましてや全て上手くいくとは限らない。
「キュヒョンは何でこの仕事を?」
「え?」
「あ!ごめん!俺、デリカシーなくて。無粋な質問だよな」
「別にいいよ。理由なんてただひとつだから…お金が必要だったんだ」
「あ、う、うん…」
「そっちこそ、なんで昨日はスト◯ップに?見たところ女には困ってなさそうだけど。男が好み?それとも俺の噂を聞きつけて?」
「どちらでもないよ。毎日仕事が楽しくて女性と付き合うとかそれどころじゃないし、君のことはあの店に入ってステージに上がるまで知らなかった。同僚に誘われて、仕事半分興味半分で行ったんだ。同僚は君のこと知ってたみたいだけど」
「へぇ。正直だね」
「別に隠すほどのことじゃないだろ?」
「そうじゃなくて、俺を落とすなら噂を聞いて会いに来たって言うと思ったから」
「落とす…って、君に声を掛けたのは、ただもっと話をしてみたいと思ったんだよ。興味…はなかったと言ったら嘘になるな。ごめん。…正直、俺もよく分からないんだ。男の…その…踊り子さんを見たのも初めてで、衝撃で驚いたし、何より君に惹き込まれたんだ。だけどあまりにも強烈なインパクトで、途中から何も覚えてないというか…」
「そんなに頭がスパークするほどだった?」
「うん。そうだな。君が男だと分かった瞬間、頭が真っ白になった。だけど頭のてっぺんから足のつま先まで神経が行き届いているあの妖艶な踊りが頭から離れない」
「それは踊り手としては最大の賛辞だね」
「キュヒョンは何か習ってたのか?踊りが格別にうま…」
「隣の部屋、何だと思う?」
「え?隣り?」
またキュヒョンに言葉を遮られたような気がした。シウォンが部屋に入ってからずっと気になっていた隣の部屋はシンプルな生成り色の襖が閉じられたままで、上座に置かれた屏風には輿入れの車にススキの穂が描かれている。なのに華やかさの中でどこか寂しく見えていた。
襖一枚隔てた向こう側に一体何があると言うのか。何度か接待を受けたことはあるが、こんな料亭は初めてだ。シウォンは不思議に思いキュヒョンを見た。
「開けていいのか?」
「いいよ」
シウォンは一瞬たじろいたが、好奇心が勝って襖を開けた。少しずつ開く襖の音と漏れてくる小さな光。目を凝らすと薄暗い部屋にはひと組の布団と和紙のスタンドライトに小さな明かりが灯っている。紅い布団には折鶴の刺繍が妙に艶めかしく、黒い枕は白い布で包まれていた。枕元には金の屏風が飾られ、描かれている牡丹の花が見事だった。
昔、映画か何かで見た光景だ。
これって…
シウォンは思わず生唾を飲み込んだ。
裏茶屋…か!
「薄々気づいていただろ?俺がこんなところで食事出来るのもみんな御贔屓さんのおかげ。悪いことは言わないから。シウォンはこんなとこに来る人じゃない。足を踏み入れたらいけない人だよ。この世界を知る前に引き返した方がいい」
あまりにも衝撃的なことだった。
さっきまでキュヒョンと一緒に食べる初めての食事は緊張と嬉しさでいっぱいだった。それなのに今はどうだ。
なぜキュヒョンが俺をこの店に誘ったのか、なぜ襖の向こう側を見せたのか、黙々と料理に箸をつけるキュヒョンを見て、何も言葉が見つからなかった。
ただ食べ物を淡々と口に運ぶ。あんなに美味しかった料理の味が急にしなくなった。
今まで感じたことのない、喉が通らない感覚をシウォンは初めて知った。
シウォンは一人店を出た後、自分が滞在している旅館へと向かった。まだ太陽は高い位置にあり、お昼を過ぎたばかりということを知る。随分長い間キュヒョンと一緒に居たような気がした。なのに話は殆どしていない。
お金が欲しいからって、他にも出来る仕事があるだろう?何でこんな事してお金を稼ぐんだ。
箸を持つキュヒョンの細く長い指がやたらと脳裏にチラつく。
あの指がこれから誰かと絡まるのかと思うと気が気で居られない。
甘い声で誰の名前を呼ぶのか、あの襖の向こうで何が行われているのか、考えれば考えるほど自分が下衆な人間に思う。
俺はキュヒョンにとって特別でも何でもなく、釘を刺されただけの男だ。
誘われて舞い上がってのこのこ着いて行ったのがこのザマだ。
俺がキュヒョンを落とす?
馬鹿馬鹿しい。
相手は男だぞ?
最初から住む世界が違う。
ちょっと面白いショーを見ただけ。
ただそれだけなのに。
この靄がかかったような気持ちはなんだ。
ポツポツと降ってきた雨にも気付かず、シウォンは来た道を重い足取りでただ歩くしかなかった。
つづく。