私とって

弁護士費用は高額すぎて

 

依頼を決断するのには

 

自分を納得させるだけの

確固たる理由が必要でした

 

 

総額70万円を

 

『価格』として見るか

『価値』として見るか

 

 

 

このような

お金の悩みを抱えた時に

 

思い出すエピソードがあります

 

 

それは

 

新約聖書「マルコの福音書 12章42節」

”全てを奉げた貧しいやもめ女”の話

 

簡潔に要約↓

『新約聖書の時代、エルサレムにある神殿では

巡礼者による賽銭箱への献金が次々に行われた

金持ち達がジャラジャラと大金をつぎ込む中

独り身の貧しいやもめ女が賽銭の番となった

すると、”カラン、カラン」と小さな音がする

彼女が入れたのはわずか銅貨2枚だけだった

それが、彼女の全財産だったのだ

周りの金持ち達は彼女を馬鹿にしたかもしれない

しかし、その様子を見ていたイエスは違った

”彼女は持っているもの全てを奉げた”

”彼女は他の誰よりも多く入れたのだ”と言って

やもめ女の神への献身を称賛したのだった』

 

こんなお話

 

 

私は、クリスチャンではないですし

神様にお金いる?という疑問もありますが

 

彼女は、自分の人生を神に奉げ

神からの養いに全財産を投じた

 

貧しければ貧しいほど

価格に振り回されてしまいがちですが

 

彼女はその価値があると信じて

迷わず全財産を賭けたわけです

 

 

では・・・私は?

 

 

70万円は確かに高額です

 

明日の衣食住への心配で胃痛はするし

わずかな残高が迫ってくる夢にもうなされ

 

70万円という額面に躊躇して

 

依頼しなくても良い理由を考えて

しばし現実逃避してみたりもしましたあせる

 

 

 

しかし

 

今、この状況において

最善を考えるなら

 

弁護を頼んだ方が

良いに決まっています

 

 

刑事事件は

警察による拘束時間の上限や

 

検察に送られてからのこと

起訴までの日数などに

 

一定の決まりがあることから

 

被害者・加害者の双方にとって

初動が肝心となるのです

 

依頼する価値大ありです

 

 

素人の私では

踏み間違えることもあるでしょうし

 

相手から

意外な反撃があるかもしれない

 

 

そんな重要な時期に

出し渋っている場合ではありません真顔

 

 

 

私は、周りの幸せそうな家庭を羨んで

夫と結婚して失った時間を悔やみつつ

 

「自分は貧しい生まれから始まって

居場所が変わっても惨めなままで

結局このまま這い上がることもないまま

人生が過ぎ去っていくんだろうな・・・」

 

そんな卑屈な思いで

心が埋め尽くされていました

 

 

ですが

 

 

私自身が自分のために

必要なお金を使ってあげなければ

 

誰が使ってくれるというのでしょう?

 

 

中途半端にお金を使い

中途半端な結果を受け取り

中途半端な人生を何となく生きる

 

 

そうなってしまうかもしれない

人生の分岐点が

 

 

自分を救ってくれるのは

自分自身に他ならない

 

自分で動かなければ

一ミリだって境遇は良くならない

 

 

 

自らの信念=神に

全財産をベットした彼女のように

 

私は全財産を

自分自身の人生に賭けるのだ

 

 

 

弁護を依頼するための

確固たる理由が定まったことで

 

 

晴れやかな気持ちで

追加依頼することができました

 

 

 

そして

 

警察に診断書などを出す前に

やはり弁護を依頼して良かったと思う

 

様々なポイントを

聞かされることになります

 

 

お金がないことで状況を見誤り

素人判断しなくて良かったという思いで

安堵と冷や汗が入り混じりました笑い泣き

 

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