劇団乳酸菌のパンフレット用に書いたエッセイ。蔵出し。

『下町変人列伝』


私が生まれ育った町は、江東区は深川、いわゆる下町というところだ。

東西を荒川と隅田川に挟まれ、区を横断するようにゆったりと小名木川が流れている。

多少言葉遣いは荒いものの、そこに住む子供達は大人達に見守られながら、時に優しく、時に厳しく育てられた。他人は他人と思わない、人情というものが残っている土地だ。


さて今回は、そんな人情溢れる下町で、私が小学生の時に出会ったいや出遭った、少し変わった人達を紹介していこう。


・ドクターペッパーおばさん

放課後、公園で遊んでいるとそのおばさんは現れる。見た目は普通の綺麗なおばさん。物腰も柔らかく上品な雰囲気のおばさん。しかし、口を開けば「ドクターペッパーを飲みなさい」と執拗に言ってくる。そんなに言うなら買ってくれればいいのにと幼心に思ったが買ってはくれない。ただ、すすめてくるのだ。しかし私の人生に、ドクターペッパーというものを滑り込ませてくれたのも、このおばさんである。生まれて初めてのドクターペッパーは、同級生みんなと割り勘して買い、回し飲みをした。おいしくなかった。

ありがとう、おばさん。

変人度☆☆


・チョコ女

マンションかくれんぼ、というものが私達の中で流行った時期があった。その名の通り、大きめのマンションの中でかくれんぼをするのだ。

別に隠れなくてもいい。要は鬼に捕まらなければいいのだ。鬼に捕まった者は鬼と行動を共にする。

ある日、鬼と共に非常階段を下っていた。逃げ隠れする友人達を見つけるために。非常階段の踊り場には窓が設置されており、夕方は西陽が差し込み結構明るい。バタバタと階段を下る私達。

下った先に、彼女はいた。

白いワンピースに、黒くて長い髪。ほっそりとしていて、肌は白い。後ろ向きなので年齢は分からない。でも背格好からは避暑地のお嬢様みたい。普段、非常階段に私達のような悪ガキ以外は滅多にいないのでビックリした。怒られると思い足を止めた。

西陽が差し込む踊り場。白いワンピースを揺らしながら、彼女はゆっくりと私達の方に振り向いた。

その顔を見た私達は戦慄した。

振り向いた彼女の口元には、チョコレートがべちょべちょにくっついていたのだ!顔にチョコレートをはべらしながらも、尚もチョコレートをバリバリ食べている女。チョコを食む音と包み紙の銀紙のガサガサという音。バリバリ、ガサガサ、バリバリ、ガサガサ。そして一言「食べる?」と発し、近づいてくるチョコ女。あまりの非日常間に、私達は逃げるのも忘れ、立ち尽くしていた。チョコ女のチョコの匂いが鼻をつく距離まで来た瞬間、誰かが叫び、ようやく足が動いた。とにかく逃げた。走って逃げた。まだ隠れている友人達のことなんて、いとも簡単に忘れて逃げた。

この日以降、マンションかくれんぼが開催されることはなかった。チョコレートは嫌いにはならなかった。

変人度☆☆☆☆☆


・バーバー太郎さん

春頃になると彼は現れる。

布団を見にまとい現れる。

布団の下は何も付けずに現れる。

ブランブランと露わにする。

いわゆる露出魔である。

捕まっても捕まっても現れた。

謎の彼の住処はバーバー太郎という床屋だった。

変態度☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


・お風呂に入ってたお兄さん

私の地元には、江戸三大祭りの一つの水かけ祭りがある。3年に一回、たくさんの神輿が列を作り、そこに水をぶっかける祭りだ。もちろん全身びちょびちょになる。

祭りの日、水をぶっかけられビショビショになった私は、体を温めようと家の風呂に向かった。お風呂だ!いぇーい!というテンションで風呂のドアを開けると、そこには見知らぬお兄さん。親戚でもないお兄さん。爽やかにブランブランとさせている。

そして爽やかに「お風呂ありがとう!」と言い、去って行った。

絶対安全圏なはずの家の中にまで、下町の変な人達は謎のコミュニケーション能力を発揮して侵入してくるので油断ならない。

今だに誰だったのか親に聞けずにいる。

ブランブラン度☆☆☆☆☆


学校への通学路、放課後の公園、縁日、盆踊りなど、変な人達はそこかしこにいた。当時出遭うとたまったもんじゃなかったが、今は「何してんだろうな」としみじみ懐かしむことが出来るのだから、人というものはほとほと逞しい。

いつかどこかであの辺で、私の故郷深川に遊びに来てほしい。大人にたいして変な人は、いないはず。多分。