ウサギ | Bizarre Rendezvous

ウサギ

かつては艶やかな電飾で昼も夜も忙しなく輝いていた摩天楼の面影は消え青い空海も夜空の月や星も見れなくなってしまった。インクを零したような分厚い雲海に包まれたこの町には未だに人々が寄り付く憩いの場がある。それがコキタが経営しているミュージックホール“ビザールランデブー”。

赤煉瓦と漆喰でできた屋上付き四階建ての小さなビルで音楽だけでなく映画の鑑賞もできる。ノスタルジックな匂いがする笑いと涙が絶えない場所といった趣が評判でお忍びで訪れる有名人や人気バンドグループなども暫し訪れて来てくれては落書きだらけの壁や床にサインやメッセージを残していってくれたもんだった。その跡は今でも色濃く残されている。

ハイジはビザールランデブーで住み込みのアルバイトをしている。というのも今は亡きハイジの両親はコキタの店の常連客で友達でもあったからでコキタから見れば娘同様。世の中の仕組みに興味のないハイジはある意味、騙されやすい娘でもあったため偶々、出逢った女に騙されグルだった男たちにレイプされかけた経験もあり人を信じる勇気を失っている。コキタは亡き二人の友のためにもハイジに少しでも生きていて良かったと感じてもらえるように色んな人間が出入りするミュージックホールで働いてもらっている。


ハイジは両ポケットに手を突っ込み黒髪のおさげを揺らしては鉄板の階段をまるで鉄琴の上をポンッポンッと跳ねるように軽快に下っていった。最後の一段に差し掛かかる手前で片足を大きく前に出しジャンプしては一段抜かしでコンクリートの地に着地した。その勢いでか少し前へつんのめりそうになり両ポケットから素早く手を出した瞬間、近くにいた鳩たちが驚いていっせいに空へと舞ってしまった。ハイジは目を細めてしばしば立ち尽くしていると、自分と対向する先に人影らしきものが見え此方へと近付いてきているきている気がしたので改めて焦点を合わせるため瞬きをした瞬間、人影の姿は消えていた。辺りを隈無く捜していたらハイジの直ぐ背後で誰かが囁くように声をかけてきた。


「誰か捜してるの?」

「?!!」

ハイジは“ビクッ”と肩を上げて驚き後ろを振り向こうとしたが自分の足に躓きバランスを崩して尻餅をついた。体を丸く埋めては打ちつけた尻を押さえて軽く舌打ちをしてしまった。

「アッごめんなさい!大丈夫?」

するとハイジは深い溜め息をつき睨みつけるようにして顔を上げてみると、そこに立っていたのは白いウサギの被り物を被った野郎だった。

「…うっウサギ?」

「いえ、ミルズです。僕の名前はミルズというんですよ。キミは?」

「あぁ、ミルズさん。アタシはハイジ……………えっ、ミルズ?!」



その時、展望室にいたコキタが今、漸く下りてきてはハイジの姿を見るなり怒鳴り散らしてきた。


「オイッ、てめぇノラッ!!!コノヤローふざけやがって!店番しに行ったんじゃなかったんかっ!大体、何だそのウサギは、ええ?お前の新しいペットか?」

コキタは首からぶら下げているタオルで額の汗を拭いながらがに股歩きで近づいてきた。ピンク色の派手なビーチサンダルのペタペタという音が次第に大きくなり、未だコンクリートの上でへたれてるハイジはアグラをかく姿勢にかえて呟いた。


「あんたの捜していた孫でしょ?」

「…爺ちゃん」

「あぁ?何だウサギ喋れんのか。」

「爺ちゃん俺だよ!ミルズ!」

「ミルズ…ミルズか?」

「相変わらずしぶとく生きてるじゃん。良かった良かった」

「ミルズお前、この町に留まるんだろ?」

「暫くはね。此処に留まろうと思う。」

「…まだ、諦めてはいねぇみてーだな?だから、俺んとこに来たってか?」


その時、ハイジは少し気になり二人の会話に聞き耳をたてたが、それを邪魔するかのように突如、稲光が頭上をはしり気付けば辺りは暗雲が立ちこもっていた。

「くるな?」コキタが空を睨み呟いた。まだ、立ち上がろうとしないハイジを一度、みてからミルズに向かって言った「まぁいい、取りあえず帰るぞ。話はそっからでも遅くはねぇよな?」