ギョロのお家☆

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常に旅をしたいと思ってるギョロです☆

ブログは何気ない日常だったり、
オヤジ(←旦那)やお子のこと、
ふと思ったことを書いてます。

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寒くなってきたのでこたつを出した。

そしたら、こたつ布団に大きなシミがついていた。

洗濯して片づけたはずなのに、手の平サイズの黄色いシミが目立つ場所に。

とりあえず、まだまだ子供達が汚すだろうから、そのまま使い、来客用に新しいこたつ布団を準備して過ごしていた。

この度、リビングを模様替えしたので、これを機にこたつ布団も新調した。

で、汚れていたこたつ布団を捨てようと畳んでリビングに置いていたんだが、これがいい感じの柔らかさと大きさでクッション代わりに最適!

ということで、これまた捨てようと思ってたマルチカバーでクッションカバーを作って再利用することにしました。

そして、ついでにソファーのクッション2つのカバーもお揃いで作ることにしました。

そんなこんなで朝から作ること半日💦
完成✨

真ん中のがこたつ布団リメイククッション。

両サイドのクッションには、残ってた綿を足してパツンパツンのクッションに。

リビングも広くなったし、これで快適な昼寝ができそう(笑)

子供達もなぜか大喜び🤔

うん!大満足✨✨
夏休み明けから今日まで、いつも以上にバタバタな毎日を過ごし、手帳を見ないと何をしてたか分からない。

何がそんなに忙しかったのか?

午前中ゆっくりできる日ももちろんあったが、疲れてボーッとしてたり。

何がなんだか分からないまま、あっという間に師走になりつつある。

忙しさなのか、歳なのか… すぐに忘れてしまうし。

子供達の提出物などは、忘れないように、子供達が帰宅したらすぐに確認するが、自分や旦那の事に関しては後回し。

そして、提出期限が過ぎてたり(泣)

年末調整がまさにそれ。

提出期限が昨日までだったのに、昨日のお昼に気づいて慌てて電話。

週明けで大丈夫との事で、今、書いてるが、昨年と同様の書類なのに、今年もまた同じ所で間違えてたり。

こんな書類書いたっけ?って思い出せなかったり。

コピー録ってて正解だが、そのコピーを言われるまで忘れてたり。

昔は書類書きも苦じゃなかったのに、今は全然やりたくない。

それでも、記入にあたりいろいろ調べるけど、全然頭に入ってこない。

もう老化の典型。

まだ38歳なのに。

ずぼらな性格も重なって、年々、老いていく自分に情けなくなってくる。

ちょっとシャキっとしなきゃな。

83歳父、肺がんになる③はコチラ⇒


肺がんの疑いで、様々な検査を受けることになりましたが、気になるのが治療費の事でした。

全身のPETを撮ることになったと聞いた時、高額でかつ保険のきかない自費のイメージだったので、実際いくらかかるか心配しました。

実際は、肺がん検査の一貫だったため、保険適用となり1割負担で1万円程度だったそうです。

それでも、かなりの負担金です。

この段階では、まだ肺がんと断定される前でしたが、ほぼ肺がんだろうと予測していたので、今後の治療費がどのくらいかかるのか、いろいろ調べてみました。

これまでの話から、肺がんはステージⅢ以上と思われ、いろいろ調べているうちに、手術は適応外かも、転移があれば放射線治療も厳しい、抗がん剤治療となると腎機能が低下してるため果たしてできるのかとか、そんなことを考え始めたら、治療費の事よりも、もし万が一、手の施しようがなかった時の父の姿が浮かんで、胃が痛くなってきました。

でも、最悪の事も考えておかないと、何が起きてもおかしくない状態。

これまで親子間、いろいろありました。

結婚して、遠方に嫁ぎ、たまにしか会わずに済んだから、少しは優しくなれましたが、今も地元にいたら、きっと最低限しか関わらずに生きていたと思います。

本当に思うことはたくさんあって、正直、自業自得だろ?とも思っています。

薄情な娘です。

自覚しています。

が、やはり弱っている父を見て、スパッと切ることはできない自分もいて、後悔だけはしないように、自分ができることをきちんと考えることにしました。

治療費に関しては、どの治療になっても高額と思われるため、後期高齢者医療制度と高額医療費制度、入院費貸付制度などソーシャルワーカーに相談するように母に伝えました。

この件に関しては、また後日、記載することにします。


前回、外科の先生から、手術はできないので、内科的な治療方針を呼吸器内科の主治医と話して下さいと言われ、翌週、受診しました。

この日は、母と兄二人が付き添い。

みんな忙しいのにありがたいですね。

治療方針としては、放射線治療を入院で90日間となったそうです。

この日は月末の金曜日だったのですが、週末挟んで火曜日から入院し、翌水曜日から治療開始との事でした。

肺の生検をしてから約1ヶ月で入院治療開始。

兄は入院まで1ヶ月もかかるなんて対応が遅いと怒ってたようですが、私は早い方ではないかと思いました。

科も跨いでいるしね。

でも、逆を言うと、それだけ急いで治療に入らないといけない状態なんだなと再認識しました。

転移しててもおかしくないもんね。

で、4日後には入院となったんですが、この頃、父はあまり食欲がなかったそうです。

ここでも、主治医からは、入院までの間、やはり風邪引かないようにと念押しされたようです。

ちょうど、気候が涼しくなった週だったので、心労と食欲がないのも重なって体調を崩さないかまたも心配になりました。

父は体調管理に関しては、ルーティンを大事にしてました。

処方されていた大量の定期薬は毎日きちんと飲んでいたし、食事は必ず3食食べ、食事の時間が大きくずれる事を嫌がりました。

血圧、便意などいつもと違うとあーだこーだ言ってました。

まぁ、真面目なんですね。

それは素晴らしい事なんですが、ルーティンを崩して体調が悪くなるのを恐れる人なので、なかなか意識を変えることが難しい。

入院までの数日間は、体力を保持する事が大事になってくるので、規則正しい食事の時間より、食べたいときに食べたいものを好きなだけ食べることが大事です。

特に食欲がないなら尚更です。

なので、母には何でもいいから、量が少しでも、回数が増えても食べさせるように伝えました。

これに関しては、後日、母に確認した所、少しずつですが食べていたようです。

離れているのに、なぜか気を遣います。

そうこうしてたら、入院の日を迎えました。
83歳父、肺がんになる②はコチラ⇒


父の主治医は、背が高くて細マッチョ?系で、ちょい色黒でラガーマンっぽい(笑)

イケメンやと思うんですが、家族誰からも賛同を得られません。

それどころか、話し方がもったいぶった喋り方だとか、タメ口やったとか批判的な意見ばかり。

私は医者ってそんなもんかな?と思っていたので、逆に、淡々とゆっくり説明してる主治医を見て好感を持てたが。

イケメンやったからかな(笑)

でも、その時、私が思ったのは、お盆でみんなが休みの中、この人は仕事で、患者にガンの告知をしている。

人生の選択を促さないといけないなんて、なんてしんどい職場なんだと思いました。

そして、手術を即決した父を見て、いくつになっても生きる事を諦めてないんだと思いました。

高齢になってくると、やはり余生を考えざるをえなくて、緩和医療を選択される方もいる。

緩和医療が生きることを諦めていると言ってる訳ではなく、純粋に父は生きていたいと思っているんだと再発見させられたというか。

自分の想いを上手く表現できず、誤解を招きそうですが、自分だったら、もちろん死ぬ事は怖いけど、どの治療法も辛く厳しいと思うので、即決できないし、生きていたいと思えるかなと思ったり。

きっとまだ身近な事じゃないから他人事、綺麗事みたいな感じに聞こえると思いますが、純粋にそう思ったのです。

どういう選択をしても、それが父の人生だから、私達はそれをサポートする。

それは相手が誰であっても、このスタンスを忘れてはいけないと考えさせられました。

とりあえず、治療法がある段階で発見できて本当に良かったです。


さて、私達は大阪に戻り、それぞれの生活が再び始まりました。

そして、相変わらずバタバタ過ごし、時にドキドキしながら、1週間後の診察日を迎えました。

診察には母と長兄夫婦と三男が付き添ってくれたらしい。

今回もなかなかの人数でしたが、両親は兄達が来てくれた事をとても喜んでいました。

私も付き添いが母一人というのは不安な部分もあったので、兄達がいてくれて安心しました。

今日は手術可能かどうか、外科の先生から説明でした。

結果は…手術できませんでした。

理由は、腫瘍が2ヶ所あり、両方とも切除するとなると、右肺を全摘することになり、術後の生活に支障が出るからでした。

要は、呼吸器能や体力がないという事です。

右肺は上葉、中葉、下葉と3つの部分に分かれているため、腫瘍のない中葉を残すことはできないのか確認しましたが、厳しいようです。

そして、腫瘍が大きかった下葉だけ切除して、上葉の腫瘍には放射線をあてるなどできないかも尋ねましたが、それもできないようです。

そんなわけで、今後の治療は放射線治療とういことになり、また翌週、呼吸器内科の主治医と治療計画を決めることになりました。

手術ができると思っていた母は落胆していましたが、私としてはそれでもまだ放射線という治療法があって良かったと思いました。

それと同時に、医療が進み、長生きできる時代にはなったけれども、体力もあって健康でないと、治療においてベストな選択ができない事を思い知らされました。

そんなわけで、また翌週まで持ち越しとなりました。

83歳父、肺がんになる①はコチラから⇒

 

 

 

そういえば思い出した。

 

最初に胸が痛いと言い出した時、父から電話がかかってきた。

 

ちょうど、お友達のお宅にお邪魔させてもらってた時で、何回か着信があったので急用だと思ったら胸痛の事だった。

 

主治医に経過観察と言われたんだから、私に相談したって仕方ないのにと思いながら…

 

それが、3月頭だった気がする。

 

3月末にABI検査して、4月に異常なしと診断されたような。

 

総合病院の呼吸器内科で精密検査を受けることになったのが7月末。

 

この間の4ヶ月、どんな事があったかな。

 

度々、両親から電話がかかってきて報告を受けていたが、こちらも多忙やったため、まったく覚えてない。

 

ということで、母に確認してみたら、いろいろ間違ってました。


まず、ABI検査して異常なしだった所までは合ってた。


その後は腹痛などはありながらも落ち着いて生活していたらしい。


しかし、6月、大腸憩室炎による腹痛で、総合病院の救急を受診しました。


炎症値が高値だったため、消化器内科に1週間ほど入院となりました。


無事に退院できましたが、しばらくして、やはり腹痛が発現し、再度総合病院を受診したよう。


その時に腸の検査をしたのだが、そこで肺の下に影があるのが判ったらしい。


そこから、呼吸器内科の方に話がいき、肺がんの疑いのため精密検査となったようです。


前回の記事にかなり間違いがありましたので、ここで訂正します。


↓ 


7月末に1泊2日で入院し、気管支鏡検査で肺の生検をしました。


この時点で肺がんである可能性が高いため、全身のPET検査と脳のCTを撮ることになりました。


10日後、別病院にて全身のPET検査を受け、その3日後、総合病院にて脳のCTを撮り、その1時間後に肺がんと確定、告知されました。


それが、ちょうど私も帰省していたお盆の時です。


家族総出で病院に付き添ったので、主治医は驚いてましたが、みんなで話を聞くことができました。


説明内容を箇条書きで記載していきます。


・右肺の上部に3cm、下部に7cmの腫瘍があり、右肺扁平上皮がんと診断。


・全身のPET検査、脳のCT検査のデータを一緒に確認しながら、今のところ転移がないと判断。


・治療方針として、手術、放射線治療、抗がん剤及び緩和医療の話をされた。


・上記治療方針のメリット、デメリットの説明があり、現段階で主治医は手術を勧めていた。


・幸い、手術が選択できる段階であったが、手術に伴い、体力があるか、呼吸器能がどのくらいあるか、心臓が耐えれるかなどの検査が必要と言われた。


・その結果によっては、手術不可能になる可能性もあると。


上記の説明の後に、主治医よりどうしますか?と尋ねられ、手術すると即決した父。


それならばと、そのまま、手術が可能かどうか調べるために、心臓のエコーと肺活量を測定しました。


この時、脇腹付近がずっと痛かった父。


痛いのを我慢して肺活量を2回ほど測ってました。


これらの検査結果を踏まえて、次週、手術ができるかお伝えしますと言われ、次回の診察予約をして帰宅しました。


もう18時近くでした。


告知を受け、即検査。


とても疲れたと思います。


おまけに手術できるかどうかの結果は翌週にしか分からない。


精神的な負担も重なって、この1週間、メンタルが落ちて大地崩さないか心配でした。


主治医からも、きちんと食べて、できるだけ動いて体力をつけるように、ゴロゴロして体力を落とすような事はしないように言われてました。


それもあってか、疲れて帰宅した後に、少しだけ家の前を歩いてました。


脳梗塞をしてから、前以上に歩けなくなり、足が上がらなくなった。


トイレと週3回のリハビリやデイサービス以外は動かない生活。


本人はそれでも頑張ってはいる。


足りないけれど、危機感は感じていて、無理ない範囲でやろうとはしてる。


たから、疲れているにも関わらず、家の前を歩いていた。


とりあえず、次週はっきり治療方針が決まる。


それまで体力が落ちないように祈るのみ。


そして翌日、私達家族は大阪の家に帰った。

この夏、実父に肺がんが見つかった。

 

これまでにも喉頭がん、前立腺がんにも罹患し、その都度、放射線治療やホルモン治療をして、特に何事もなく過ごして約20年。

 

現在は、高血圧、大腸憩室炎、前立腺がん、軽度の脳梗塞で服薬中。

 

年齢&長期の服薬で、腎機能がかなり低下しており、あと少しで透析寸前の所らしい。

 

こんな状況で、肺がんが見つかり、即入院&治療になりました。

 

が、ここに至るまでの約1ヶ月、治療方針が決定されるまでいろいろありました。

 

私は遠くに嫁いだので、なかなか帰ることができないのですが、幸い、お盆の帰省中に、父と一緒に肺がんの宣告を受け、主治医の話を聞くことができました。

 

なので、私も医療従事者の端くれとして、肺がんの経過と自分の考えを残して行こうかと思います。

 

なんせ、文章を書くのが苦手なので、上手く伝わるか分かりませんが、誰かのお役に立てたら幸いです。

 

 

まず、どうやって肺がんが見つかったか?

 

父は上記の持病があったので、毎月、循環器専門の内科にかかっていました。

 

かれこれ10年以上はお世話になってます。

 

度々、大腸憩室炎で腹痛が起きた時もそこを受診し、憩室炎の症状がひどい時は、即紹介状を書いてくれて病院を紹介して下さったりと本当に良くして頂いてました。

 

わがままな父のいう事に耳を丁寧に傾けてくれる先生です。

 

本当に感謝してます。

 

で、今回も突然、胸が痛いと言い出した父。

 

いつものようにかかりつけを受診しました。

 

胸痛を訴えているので、当然、循環器の先生は狭心症や心筋梗塞を疑います。

 

脳梗塞もしているので、すぐに四肢の動脈硬化を検査するABIを予約し、それまでの間は冠動脈を拡げるテープ剤で経過観察となりました。

 

鎮痛剤も服用していたせいか、痛みは少し落ち着き、その後、検査でも血管の動脈硬化は問題ありませんでした。

 

でも、ちょいちょい痛みはあったようで、本人は気になっていたようだ。

 

先生に相談したら、レントゲンを撮ることになったらしく、そこで肺に影があることが分かったのです。

 

そこからは、肺がんが疑われるため、即、総合病院の呼吸器内科を受診することになりました。

 

この間に大腸憩室炎で総合病院に入院していたような?

 

私も忙しくて覚えてないですが、こういう経緯がありました。

 

この後、肺がんと確定し、胸痛はがんによるものだったようですが、肺がんが見つかるまで、自覚症状はこの胸痛しかなかったのです。

 

肺がんはなかなか自覚症状が出にくく、違和感を感じて受診した時にはステージが進んでいる事が多いと言われている病気。

 

父にも、呼吸のしづらさや血痰などの明らかな自覚症状がなかったため、胸痛が発現した時点で、肺がんではなく、真っ先に梗塞を疑われたのです。

 

それは至極真っ当な判断と私は思ってます。

 

が、後悔してもしきれないのは、毎月、循環器内科を受診し、血液検査もしていたので、みんなそれで健康診断できていると思い込んでいたのです。

 

血液検査やお腹の検査はきちんとしていたけど、レントゲンに関しては、自覚症状もなかったため撮っていなかった。

 

1年に1回でもきちんとレントゲンを撮っていたら、早期発見できていたのではないか…と。

 

今となってはどうにもなりませんが、高齢になってくると、毎月持病でかかりつけを受診してしている人が多いと思います。

 

人それぞれ持病は異なるので、受けている検査も様々ですが、やはり健康診断で決められている最低限の検査は1年に1度すべて受けさせるべきだったと思いました。

 

父の場合は、循環器科、泌尿器科、消化器科はなんだかんだ受診していましたが、呼吸器関連は皆無だった。

 

皆さんはきちんと健康診断を受けているのだろうか?

 

特に高齢の方。

 

持病の治療のための検査しかしてない方も多いのではないか?

 

父のようにならないためにも、きちんと健康診断を受けて欲しいと思いました。

 

話は戻りますが、肺がんが疑われた父は、総合病院を受診することになりました。

 

それが、7月末やったかな?

 

長くなってきたので、次に続きます。

24時間ホルター心電図の結果を聞いてきました。

不整脈はあるものの全体の1%程度。

ということで、特に問題なしとなりました。

健診の時は、ちょうど不整脈が酷かった時に偶然、心電図を測ったのかもねと言われました。

ホッと一安心です。

今回、24時間心電図を測ってみて思ったのは…

“普段通りに生活を”と言われても、なんだか違和感があって、機械をつけて3~4時間くらいはずっとドキドキしていました。

心臓が動いてるのが見て分かるんじゃないかと思うくらい、ドクンドクンと激しく感じました。

激しく打っては落ち着いてを繰り返し、自分でも平常心にならないとダメだなと思うくらい(笑)

案の定、その時間帯は不整脈が多かった様子。

心理的な要因が原因かは不明だが、気にしすぎると悪影響だなとつくづく思いました。

そして、心電図にもすっかり慣れ、あと2時間程度で外せる頃に、胸がズキッとしたんですが、その時はキレイな波形だったそう。

やはり、私の不整脈は心理的要因が大きく関与してるのか?

どうであれ、考え過ぎず穏やかに過ごして行こうと思いました。

ということで、これで今年の健康診断は何事もなく終わりました。

結果が間違ってなければね。

どこかの県で、健康診断の結果を間違って記載し、郵送していたとニュースで流れていた。

健康診断を受けても、結果を間違って知らせたら何の意味もない。

人の命に関わる事、二度とこんなことが起きないようにしてほしいものです。

さて、今日はとんでもなく暑かった。

朝からいろいろあって、病院まで自転車で行く予定が徒歩になってしまった。

夏休み中の息子も、私と一緒に歩いて行く事になり、“自転車が良かったな~”とか言ってましたが、なんだかんだ付き合ってくれて感謝です。

まぁ、ジュースやら花火やらいろいろ買わされましたがね(笑)

二人で“暑いわ~”っていいながら、お散歩できて楽しかったです。

いろいろお話できたしね。

いつまで一緒についてきてくれるのだろうか?

あっという間に大きくなって嬉しいやら寂しいやら。

いつもは娘もいて3人だから、たまには息子と二人のこういう時間を大事にしたいなと思いました。

あー💦大雨が降ってきた。

洗濯物取り込んできます。
子供達が夏休みに入り、どう過ごそうか考えていた。

午前中は宿題やお手伝い、習い事の練習、ゲームで終わるので、問題は午後からの過ごし方。

ずっと室内で過ごすのもな~って思っていた矢先、することが見つかった。

来週はおばあちゃんの誕生日。

いつもみんなの誕生日にカードを送ってきてくれるおばあちゃんに、色紙をプレゼントしようと思っていた。

それをポロッと息子に話したところ、“僕が作る!”と言い出した。

そんなわけで、夏休み初日の午後は、急きょ、カード作りのための材料を買いにDAISOへ。

ここまではまだ私が主導で作る予定で、息子には手伝ってもらう感じでいたが、息子はすべて自分で作るつもりでいるので、商品を前に当然意見が食い違う始末(笑)

いろいろ悩んだが、これは息子の自由研究にすることにした。

とは言え、作るのは初めてなので、息子と話し合って材料を購入。

色紙とアルファベットのシールなど4点購入して帰宅した。

帰宅後はすぐに作成開始。

みんなであーだこーだ作ること2時間、ほぼほぼ完成✨
身バレ防止のためぼかしてます(笑)

Happy Birthdayの部分と自分のメッセージ以外はすべて息子が自分で考えて作りました。

Happy Birthdayもアルファベットを一つずつ切り抜いてレイアウトだけ大まかに私が決めただけで、いつの間にか自分で貼ってたし。

初めてにしては、オシャレな色紙を作るな~と感激しました😍💖

あとは、旦那がメッセージを書けば完成です。

孫の愛が籠った誕生日カード、喜んでくれるといいな。

ということで、息子の自由研究第1弾、無事終了。

これはさすがに学校には提出できないので、提出用はまた後日作ることにして、せっかくの夏休み、“作る”こともいろいろできたらいいなと思います。