いま、一人の台湾民族詩人が家暴に遭っている。
家暴は日本ではなじみのない熟語かもしれない。
介護保険のおかげで老人虐待はほとんど聞かなくなったが、
二十年前なら世間のだれもがその存在を知っていた。
それ以上に家に縛られた嫁の辛苦は筆舌に尽くしがたいものであった。
不備であっても介護保険は日本の老人と嫁を地獄から救った。
図書館に行って、世界の国をそれぞれ一冊で紹介する本にであった。
台湾では福祉政策の立ち遅れを家族に押し付けた結果、
老人の虐待が社会問題化していると書かれていた。
台湾の人々は誰もかれも人懐こくお節介なほどやさしい。
老人を敬う儒教精神は社会の道徳として命脈を保っている。
心のカサついた日本人としてはただただ感動あるのみ。
しかし、一筋縄ではいかないのが人の世の常。
愛と欲は一つ所で生きることはできない。
暖かく朦朧とした台湾の大気に隠されていた矛盾が
親世代の老耄をきっかけに家暴の濁流となって巷を流れ始めるのだ。
私は、家暴の生き証人になってしまった。
親の死が待てなかったり、権力を振るいたい子供のほうが自然にも思えるが。
なにはともあれ、警察の勧めに従って法院へ行くことで彼の身の安全を図っている。