先週、千葉県市原市市議会議員の平出泰秀(ひらいで たいしゅう)先生がユニバース・スクールに視察にいらっしゃいました。
平出先生は6月の選挙で初出馬にも関わらず最年少で当選、市原市の高齢者福祉と教育問題に取り組んでいます。
うちで実践しているアクティブラーニングの現状と課題、今後の目標、市原市の教育の現状など熱く語り合いました。
どうして市原市の議員先生が品川区のうちに視察かといいますと、彼は私の講師人生1年目の生徒なんですね。彼とは15年来の仲であります。どういうわけか「師匠」と慕ってくれていて、今回の運びとなりました。
またうちで働いてくれている大学生スタッフはほぼ私の教え子です。
かつての教え子がまた集まってきて、同じ世界で信頼できる仲間として今度は自分を助けてくれるってのはなかなか熱い展開ですな。
彼らの師匠として恥じない背中を、いや、横顔を見せたいもんです。
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先日、東京インターハイスクール様にお邪魔し、Most Likely to Succeedの上映会に参加してきました。
アクティブラーニングがなぜ必要か、そのメリットもこれからの課題も、どちらに偏りすぎることなくしっかり伝える非常に内容の詰まった映画でした。これを見せれば、自分の言いたいこともより伝わるのではないかと思いました。上映時間がもう少し短ければ完璧だったのですが。ユニバース・スクールでも上映会を検討したいと思っています。
映画の中で1つ印象的だったのが、「子どもは植物のようなもので、こちらが環境を整えれば勝手に育っていく」というところ。意思のある人間に植物というのはやや抵抗がありますが、環境を整えて自由に成長させるという考え方は非常に共感できるところであります。
そこで、今までうちの自習スペースは「Learning Space(仮)」としていましたが、Garden Laboratory、略してGABO(仮)と名づけることに今決めました。いろいろなところでそういったスペースをラボラトリーとか〇〇ラボと名づけているのを目にしていて、うちも真似するようで真似していない中途半端な姿勢を貫きます。某国民的RPGの彼ではありません。
さあみなさま、うちのガボで自由に成長しましょう。
4月25日(木)、渋谷100BANCHのGARAGE Programの説明会に行ってきました。

GARAGE Programとは、これからの100年をつくる若者リーダーのプロジェクトを応援してくれるもので、審査を通過したチームは渋谷100BANCH内にあるスペースを3か月から6か月間、24時間365日利用可能、そこに集まる様々な人とのネットワークも提供してくれるというものです。
http://100banch.com/garage-program/
説明会では、いくつかの団体が現在進行中、または完結したプロジェクトに関しての発表がありました。どれも斬新な視点で非常に興味深く、これらが本当に発展していったら、未来はとても明るく楽しいものになるだろうなと思いました。
しかし斬新な視点ならばうちらも負けられない。
GYNとして、これに挑戦することにしました。
かとたいとたけおそれぞれに企画案を出してもらい、それを自分がブラッシュアップし、審査に通すことが目標です。
早速昨日、第01回GYN運営会議for 100BANCHを開きました。初めは1人ずつ企画を出してもらって両方提出し、通った方を手伝う形にしようかと思っていたのですが、2人に話を聞いたところ、今後の展開次第では2人のを1つの企画にした方が良いのではないかという話に。まだ確定ではないが、おそらくそうなるかもです。
で、もし2人の企画が通らなかったら、自分の企画を通してもらおうと思っています。
企画が通ったチームにはその分野に精通したメンターさんがついてくれ、様々なアドバイスをくれるとのこと。100BANCHには計23人のメンターさんがいるのだが、この中で2人、是非とも会いたい人がいます。ですのでまずは、企画を通し、そのメンターさんと会談する。それが現在の自分の野望ですな。
7月入居の募集が5月25日までとのことなので、それまでに話し合いを重ね、企画を練っていきます。

この人は、斎藤部長。決して犯罪者ではない。部長といっても、厳密には上司というわけでもない。ビジネスパートナーといったところだろうか。
うちらの関係を説明するには、まずUniverse Schoolの設立の背景から言わなくてはいけない。
自分は2年前までは、ある大手の塾のただの時間講師だった。
自分がこの道に進むことになったきっかけはまた別の機会でだらだらと書くので割愛するが、とにかくこの時はただ毎日の授業に忙殺され、気がつけば1週間、気がつけば1ヶ月、1年、といった生活を送っていた。
この道に入った当初は大きな目標があった。そして一度チャレンジをした。しかし、大きな挫折を味わった。精神的には立ち直ったが、もう一度チャレンジをしようという気はなかなか起きず、「時間が取れない」という言い訳を作るために、ただひたすら授業を入れまくっていた。
ところがその状況が大きく変わることになる。
自分は父も塾業界の人間で、この道30年以上の大ベテラン。当然、人脈も広く、父の周りにはたくさんの塾関係者がいた。
そんな父から話を持ちかけられた。
父の知り合いが独立して会社を起こし、別の会社の学習塾部門の立ち上げにコンサル・人材派遣として携わることになり、その運営に人手が必要だというのだ。
自分はそれに飛びついた。自分だけで道を切り拓くにはもう限界がある。だったら人の力を借りてやるしかないのかもしれない。そしてこれが、最後のチャンスなのかもしれない。そう思って自分は、自分の知人を2人誘い、会社を起こした父の知り合いと計4人で、塾の立ち上げを手伝うことになった。
そしてできたのがUniverse Schoolだ。塾部門を立ち上げた親元の会社の持ちビルを使うことになっていたので場所を決めることはできなかったが、品川区の国道沿いの駅近ということもあり、まずまずだと思った。
初めは順調にいっていたように思えた。自分は現場に入り運営面を、自分が誘った知人の1人は人事を、もう1人は案内やチラシ・資料作成を、父の知人は教室長として問い合わせ対応やクロージングを担当することで各自動いた。授業の際は、それぞれの得意教科で担当するよう割り振った。メンバーも段々と増え、10人ほどの人間が集まった。その時点で生徒はまだいなかったが。
ただ、親元の会社も全てを自分達に任せるわけにはいかない。自社の人間を送って統率させる必要があると判断した。
そして送られてきたのが齋藤部長だった。
彼はこれまで塾は未経験だが、新規店舗を立ち上げては発展させてきた人で、親元の会社の社長の強い信頼を得ている人だ。
部長は口数が多い方ではなく、要点だけしか話さないような人なので、初めは冷たい印象を持っていた。またそのため、勘違いされることも多かった。
またうちらの方は、とにかく情報共有を第一とし、運営のグループライン、広報のグループライン、教務のグループラインなどを作成し、その日の出来事をそれは細かいことまで報告しまくるような感じになっていた。今日の開室は誰々が左手で開けた、みたいな細かさで、また報告すればするほど賞賛される、といったようなおかしな状況になり始めてきた。よくわからない情報があふれ、大切な情報は埋もれ、ただ報告することで満足する。
このあたりからだんだんおかしくなっていった。
自分達側の人間は塾経験者がほとんど、しかし大手塾にいた人間しかいなかったため、基本的に広報という経験がない。本社が何百万何千万という広告費をかけてCMだチラシだを撒いているため、全国の人に認知されており、何もしなくてもまず集まってくる。うちらは授業だけして、それがまあまあ良ければ入会してくれるのだ。室長から感謝され、生徒から感謝され、保護者から感謝される。
ここに大手塾講師の落とし穴がある。生徒が集まる、合格する、その後の人生に大きな影響を及ぼす。それら全てが自分だけの力によるものだと勘違いしてしまうのだ。
実際、塾しかやってきていない人間はこういう人が多い。レベルの高い生徒を受け持つほどその割合は高くなっていく。難関中学高校に受からせた、それは自分のおかげだ、俺のやり方が全てだ。
しかしそれは違う。大手の莫大な資金があり、豊富な人的資源があり、長年培ってきた経験とシステムの下地があって初めて成り立つものであって、授業の上手さは小さな小さな一要素に過ぎない。
また仮にその人の人柄、授業の上手さに感銘して客が集まったとしても、それを捌けるのはその人1人だけになってしまう。1人で対応できる人数なんてたかが知れているので、すぐに限界がくる。そうやって勘違いしたまま独立して失敗してきた人間をどれだけ見てきたことか。
が、うちらもその状況になりつつあった。「最高の講師が、最高の授業をします。必ず成績を上げ、必ず難関校に合格させます。全てお任せください」
そう言って客の話も聞かず、習い事も休ませ体験授業を受けさせる。
そして、「体験授業に来ればほぼ入会は決まったも同然」という謎の理屈のもと、体験のアポを取ったものが声高らかにグループラインで報告し、拍手やいいねのスタンプが連発されていく。
現場はというと、前日や当日にただ「体験が来る」とだけ知らされ、その子の学年や名前すらも知らないまま、ここに何しに来たのかわからないといった不安顔の子を受け入れ、とりあえず体験授業を済ます。
また、いつ体験が来ても受け入れられるように、体験があってもなくても講師を配置し、生徒ゼロの状態で人件費だけ請求する…。
「このままじゃまずいっす」
自分は部長に言った。自分の中では、塾であろうとなんであろうと、「持続可能な」運営をしなければならないと思っていた。
この時は集団授業を基本としていた。毎週の時間割を作り、この曜日にはこの学年のこの科目、それに生徒側が合わせるといった形を取っていた。
しかし、習い事をしている子が多く、なかなかそれに合わせられなかった。出来たばかりで実績もないので、そんなところに習い事を調整してまで来るような人はまずないのであった。
合格実績では大手には敵わない。たとえ授業の質がどれだけ良かろうとも、それだけでは集まってこない。今後生き残っていくためには、独自性を出し、ターゲットを絞り、「こういう風になりたいならUniverse School」というものを知ってもらう必要があると思い、自分はまずそれを自分達のグループに相談してみた。
だが彼らは乗らなかった。「どんな形であろうとまず生徒を集める、また今のやり方であれば集まる、それからだ」という反応だった。
うちらは確かに、受験のことや、勉強法などに関してはプロである。しかしビジネスといったことに関しては素人そのものだ。収支のことや、損益分岐など、先のことを考えての経営などはわからない。だからこそ、ビジネスマン的な視点を入れる必要があると思い、部長に相談した。
部長は真摯に話を聞いてくれ、納得してくれた。そして、「だったらうちの社長と話してみなよ」と言った。
なので自分は社長と連絡を取り、自分の思っていること、現在の状況を話した。社長も、こんな一介の愚昧で矮小な存在の自分の話を最後まで聞いてくださった。もちろん社長自身もすでにこのことは部長からの報告で把握済みで、「やっぱりそんなところか」といった感じだった。自分達のグループも、そういった形で一つになって邁進していくので、今後ともよろしくお願いしますという形で終わった。
ところがこれが悪い結果を生むことになった。どこからともなく自分と社長との会談を聞きつけたグループの1人が、うちらが良くないことを企てていると決めつけ、糾弾し始めたのだ。
グループラインはたちまち自分と部長の吊るし上げの場になった。彼らにとって認識していないことが起きればそれは共有をしていないうちらの責任、「部長が〇〇をしなかったせいで~」「北岡の共有不足で~」といったような内容があふれ出した。集団心理というのは怖いもので、うちらの会話を別室からICレコーダーで録音し始める者まで現れた。
本部会社の経営会議に参加し、現状とこれまでの報告をする際も、資料に書かれているものは自分と部長のミスのことばかり。部長がいるからこうなっている、北岡がいるからうまくいかない、せっかくの会議の場で建設的な話は全くできず、一通り言いたいことを言った後は、「全て私たちにお任せください」で終わり、具体的な施策を話すことはなかった。
「…言われっぱなしでいいんですか」
さすがに自分も精神的に参りつつあり、部長に話をもちかけた。
「言わせておけばいい」
部長は電子タバコを吸いながらつぶやいた。
「でも、部長悪くないのにうにゃうにゃと言われるのは納得いきません」
自分よりもずっと、部長の方が大変だったはずだ。ここに配置されたときは、完全アウェイだったのだから。本社からは入会者数が少ないと圧をかけられ、現場からはこのように言われ、板挟みどころか針の筵だったのだから。
「サラリーマンてのは、そういうもんだよ」
と言ってポン、と自分の頭に一冊の本を乗せ、「じゃあお先に」と言って帰っていった。見ると、『バカとつき合うな』とタイトルのついた本だった。
そして去年の5月頃。散々うちらの失敗話を聞かされた本社が出した結論は、部長と自分のみを残し、他は全員解散。集団中心から個別授業中心に切り替えて、1人1人をじっくり見ていく、ということになった。
「いやー部長すごかったよ。経営会議で、役員からあれだけ詰められても、『大丈夫だ、個別指導でやっていく、北岡と2人で運営していく』って言ってはねのけてたんだもの」
と、本社の別の社員から聞かされた。
「…ありがとうございました」
正直最後までどうなるかわからなかった。最悪自分だけ外されることも覚悟していた。
「本当だよー、もう戻れない片道切符切っちゃったんだから、頼むよマジで」
以前、こんな毎日で苦しくないんですか、と聞いたことがある。部長はぽそっと、
「いろんなことがあっても、家に帰って、嫁と息子娘とご飯食べて、夜寝る前、『ああ、俺は幸せだなあ』と思って泣きながら寝る」
と言っていた。おそらく自分はこのとき、この人と一緒にやっていきたいと思った。
「…すごいっす部長は」
「あー?なにー?聞こえなかったからもっかい言って!」
「あなたはすごいお方です!!」
「おおおー褒められた。へっへっへ」
いつもの調子でさっさと先に歩いていく。
「こんな50代なら、ハゲててもいいかな」
「…今何か言った?」
先ほどの耳の遠さはなんだったんだと思わせる察知能力を見せる。
「いえ、やっぱりすごい方だなと」
「ふーん」
一緒に歩く人との調子を合わせることもないので、小走りでついていかなければならなかった。
以上、これがさいとうぶちょという人です。
こうしてUniverse Schoolは始まりました。
最初うちら2人しかいなかったスタッフも、1人、また1人と素晴らしい人たちが集まってきてくれた。
彼らと共に、新しい教育の場を作り上げていきます。





