昨日、祐天寺で飲んでいたら、
隣に座っていた大柄の人と知り合った。
台湾の人だった。
証券関係の仕事をしていたとのことで、
今も世界中を飛び回ってをしているのだとか。
日本語も堪能。
英語、台湾語、北京語、イタリア語、ポルトガル語、他7ヶ国語を話すんだそうだ。
最近、日本国籍をとったが、国籍は合計3つもっているんだって。
ほんとか?
ただ、信用できる人の紹介で、
その居酒屋も相当むかしから常連さんだったらしいので、
なまじウソでもないらしい。
最初は差しさわりのない話をしていたが、
ひょんなことから、それぞれのアイデンティティーの話題になったら、さあ大変。
日本人のあいまいさや、自己主張しない話など、
だんだんあまりよろしくない方向に行きはじめた。
自分は言いたいことは言う、
日本人もそうするべきだ、などなど、
持論を展開し始めた。
お説ごもっともなのだが、
それを声高に、
それも飲んでいる席で主張されてもなあ。
最初はうんうん、と聞いていたが、
少々ウザくなってきたので、
「○○(彼の名前)、空気を読む、って言葉が日本にあるの、知ってる?」
とちょっと皮肉のつもりで投げた。
「知ってるよお、」
と言いつつ、まるでわかっていない風だったので、
私はさりげなく帰ることにした。
このところ、私は日本史の本を読んでいて、
ちょうど江戸時代の儒学と中国の中華思想の考察に差し掛かっていたので、
彼はまさに生きた教材。
けっこうおもしろかった。
聖徳太子の時代から、「和」を尊ぶ日本人のアイデンティティーは、
儒教(儒学)とはなじまないなあ、
と思ったのでした。