【回想】贔屓卒業の日 | Gwenhwyval(グウェンフウィファル)の舞台日記

Gwenhwyval(グウェンフウィファル)の舞台日記

鑑賞は生中心主義。自分の眼でライブで見たことを中心に、語ろうと思います。

何回、トップスターの卒業を見送ったか忘れてますが、好きで応援していた方の退団の日というのは、特別なものだと思います。

自分が卒業するわけでもないのに、なんだかふわふわした、非現実的な気分。いまこの時、彼女はどんな気持ちで何をしているのだろう…それを思うと突発的に泣きたくなる。あと半日で彼女は違う世界へと旅立つのだ…。


(違う…と言ってもいろんな意味でむしろ近づいてくるような気もするのだけど)


それだけ強固な世界を作り上げている宝塚という枠組み。意味ない、時代遅れと言われようと…いやそれだからこそ別世界を構成できている、いろんな不文律や規則。

「その世界」をそのひとは、後にする。


私の最初の贔屓は大空祐飛さんでした。

(好きと贔屓と推しの区別が分からないので、贔屓と言っておく)

千秋楽は1階下手で見送った。

スーツがこの上なく似合うその人が、肩に深紅の薔薇の花束をしょって客席から登場されたとき、会場は歓声というより涙で包まれたと思う。

こんなに美しい虚構が、この世にあるだろうか?


ショーでの黒燕尾もそうだった…「月光」(ベートーヴェンの方ね)の静謐な展開和音とメロディが、キリキリと締め上げられるような緊張のなかで、流れる…トップスター約20年の人生の凝縮。

一瞬一瞬が、もう戻れないのだと私たちに語りかける。

これより神聖で凄烈なものがあれば、今すぐここに持ってきて!(=あるわけない)と、卒業公演の男役群舞でいつも思います。


そして、蘭壽さんの応援を経て望海風斗へ。

のぞみさんの千秋楽の記録を読むと、👇️みたいに若干強がってますが…(笑)

中にも書いているけど、とにかくコロナ禍最中で、まともに卒業公演が出来るのか…。ひょっとして公演ないままのサイレント卒業(→居座ると次に迷惑)なんかになったら死んでも死にきれない、と思っていたので、通常どおりに卒業できたことが本当に嬉しかった、ほっとしたんだと思います。



今でも覚えているのが、大劇場か本公演か忘れましたが最後の彼女の挨拶です。

関係者の方々への感謝の言葉、その最後に続けて7秒くらい言葉に詰まった挙句、「そして…ファンのみなさま」と。

それを聞いた客席からは、たまりかねた悲鳴ともつかない泣き声が溢れたっけ…。

彼女は決して最初からの劇団推しでもなんでもなく、ファンが頑張って押し上げた感じもありました。それは大空さんと同じ。

トップスターには「約束されしひと」と「押し上げられたひと」の2種類がいる。


そして本日は礼真琴さまのご卒業の日。

宝塚の卒業は世界一豪奢な葬列です。もう二度とこの姿は、甦ることはない。


私もみなさまとご一緒に見守りたいと思います。あと、2時間半。