








いわゆる自分流にカスタムしてしまうわけです。
カスタムする理由はいくつか有ります。使い易くする/品質を上げる/性能を上げる/一部のデザインが気に入らない・・・・・など。
私はその中でも“たたずまい”を重視します。何を基準にして美しい、きれい、格好がいい、と思うかは人それぞれと言いつつも、何らかの条件はあると思います。使っている部品の品質やブランドも大きな要素では有りますが、線やフォルムのつながり、グラフィックや配色の比率、プロダクションメイドには無い、ちょっとしたパーツの工夫や加工などが生む機能美などが重要なことだと思っております。
しかし、暴走族やアートトラックのような改造はどうでしょう?車・バイクといった物に施すその方法・手段・モチーフに対する彼らの感覚が全く理解できません。私にとっては、あのお神輿のような霊柩車と同じ感覚ですね!車やバイクに限らず、家、インテリア、エクステリア、服、アクセサリー、ベルト、バック・・・世の中すべて、やってはいけない約束ごとみたいな事というか不文律があると思うのです。きびしい言い方ですが、それを超えてしまうことは、教養・モラル・バランス感覚の無さを露呈するようなものです。下手上手(へたうま)みたいな“わざと外す”のとは根本的に違う滑稽さが伴ってしまうのです。滑稽さが見えてしまうこだわりは悲しすぎますね。
今朝もテレビ番組で、大金持ちのマダムの豪邸拝見みたいなものをうっかり見てしまったのですが、どうしてああいう人たちって同じ嗜好なのでしょう?デコラティブな猫足のイタリア家具、アールヌーボーな調度品、日暮里にも無いような妙なプリントのドレスに痩せてしまった指に輝く億単位の指輪、ネックレス・・・その状況は、まるで趣味の悪いメリーゴーランドに一人で乗っている魔女です!
お金があって、そんなにカトリック系のゴージャスな文化が好きなのなら、もう一度ウフィッツィやバチカンなどの美術館に行っていただいて、すべてのバランス感覚をお勉強したほうが良いと思います。
あぁ・・・またボヤキになってしまいました。