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雑話72「抽象画の創始者・・・カンディンスキー」

絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話
ワシリー・カンディンスキー「馬上の二人」1906-07年


明日から兵庫県立美術館で開催される「カンディンスキーと青騎士」展に先立ち、展覧会を一層楽しめるように、カンディンスキーについてご紹介しましょう。


カンディンスキーは初めて抽象画を描いた画家だといわれています。


ちなみに、ピカソの絵のような、写実的に描いていない絵を抽象画と呼ぶ人がいますが、抽象画とは”具体的な自然物としての対象を持たない絵画”、正確にいえば「無対象絵画」ということなのです。


だから、どんなに変な顔をしていようと、それが顔という絵の対象を持っているなら、その絵は抽象画ではなく具象画ということになります。


さて、カンディンスキーも最初から抽象画を描いたわけではありませんが、どうやら当初からそういう発想は持っていたようです。


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クロード・モネ「積み藁 日没」1890-91年


カンディンスキーが画家を目指す前、モスクワで開かれた印象派展でモネの「積み藁」を見たときのこと。彼は描写があまりに不明瞭だったため、そこに何が描かれているか分からなかったにもかかわらず、その絵にとても惹かれたことに驚いています。


その後カンディンスキーは法学教授就任の要請を断ってまで画家を志しますが、試行錯誤の末に抽象画にたどり着くまでに制作した絵もとても魅力的です.


例えば、初期のカンディンスキーの作品には風景画と童話画(※冒頭の図参照)が多く見られますが、彼の風景画は対象を実際に見て描かれたのではなく、記憶にしたがって描かれていました。


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ワシリー・カンディンスキー「塔のある風景」1909年作

それらの作品はパレットナイフで絵具を大胆に塗りつけるという、当時としてはまだ新しかった技法で制作されましたが、それはモネの「積み藁」をみた彼がモネの絵の中に描写対象とは関係のない色彩それ自体の表現力を見つけて感動したせいでした。


その態度はやがて、自然のなかに隠された、あるいは自然の背後にあるものを描こうとする方向に進んでいきます。


それをカンディンスキーは「内的必然性」と呼び、芸術と自然の領域を区別し、非具象表現を求め始めました。


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ワシリー・カンディンスキー「印象Ⅲ(コンサート)」1911年

こうして色彩や形態の自由な表現力に気づき始めたカンディンスキーは、やがて絵画を構成するときの過程として「印象」、「即興」、「コンポジション」という3つの段階を考え出します。


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ワシリー・カンディンスキー「即興Ⅰ」1914年


「印象」は外的な自然からの直接的な印象であり、まだ外面性を残しているのに対して、「即興」は外面性を失った、精神的内面性の強い印象であって、 これを充分に練り上げた段階が「コンポジション」であるとしています。


これは具象的なものから抽象的なものへの段階的な過程が述べられているといっても良いでしょう。


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ワシリー・カンディンスキー「コンポジションⅦ」1913年


1914年、カンディンスキーは第1次世界大戦が勃発したため、ロシアに戻ることになりましたが、絵画を制作する余裕がほとんどないままに、ドイツに移りワイマールのバウハウスに就職することになります。

バウハウス時代の作品は幾何学的な要素が特徴で、この時代に作品にはフリーハンドと思わせる線はほとんど出てきません。すべてが幾何学的に厳密です。それは色彩の塗り方についても同じで、タッチによる画面上の微妙なニュアンスはほとんど見られません。


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ワシリー・カンディンスキー「コンポジションⅧ」1923年

しかし、幾何学的な形態になっても、画面全体の構成は以前からの大きな構想に基づく「コンポジション」を継承しています。こうして、形態の背後にあったかつての神秘的な精神性はいまや科学技術に取り組もうとする合理的な精神性に変わったのです。


1933年にバウハウスが閉鎖され、ナチスの台頭によってロシア人であったカンディンスキーはパリへの亡命は余儀なくされました。


カンディンスキー自身がこのパリ時代を「総合の時代」と名づけていますが、単なるこれまでの画風を統合ではなく、新しい画風の展開も見せています。


当時のパリでは依然としてキュビスムが評価され続けている一方、シュールレアリスムが台頭していました。そんな中、カンディンスキーはシュールレアリスムのジョアン・ミロやサルバドール・ダリ、アンドレ・ブルトンと交流を持ち、互いに理解しあったとしています。


パリ時代の特徴は無定形で有機的な曲線によって構成される形態です。


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ワシリー・カンディンスキー「穏やかな飛翔」1944年

それは決してシュールレアリスムの作品に見られるような「無意識の世界」を志向する記号的な図形ではありません。


アメーバ、胚、胎児など生物学の分野において発見された新しい世界の形態が以前の幾何学的な形態に新たに加わったに過ぎないのです。


カンディンスキーにとって最終的な問題は色彩と形態によるコンポジションにおける内的な響きと緊張であることに変化はなかったのです。


このように、カンディンスキーはその画歴の中で、様々なスタイルの絵画を創造してきましたが、ご覧の皆様にとってお好みのスタイルがありましたでしょうか?