雑話99「ルノワールのおつゆ」
女性を多く描いたルノワールの絵画の魅力のひとつが、彼の描く女性の真珠のように輝く肌の表現でしょう。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「眠る浴女」1897年
これは印象派がとらえようとした自然の光を表現しながらも、それまで印象派の技法によって犠牲にされてきた人物の輪郭や彫刻的量感がきちんと再現されたルノワール絵画の集大成ともいえるスタイルを確立するなかで生み出された表現なのです。
実はルノワールは印象派の手法を実践するなかで、堅固なデッサンや構成、自然の永続性の感覚などが犠牲にされていると感じていました。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「テラスにて」1881年
※印象派スタイルの末期の作品
彼の印象派の時代の終わりごろの作品になると、輪郭がシャープになり、慎重に構図が決められるようになりましたが、1884年についに印象派の手法をやめて、くっきりした輪郭をもち、彫刻的な立体感を帯びたスタイルに変化します。
その違いが良くわかるのが「雨傘」という作品です。この作品は印象派スタイルであった1881年に描き始められましたが、完成したのはスタイル変更後の1885年であり、絵の中には2つの違ったスタイルが併存しているのがはっきりと見て取れます。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「雨傘」1881-85年
※左側と上部は「乾いた」技法で描かれています
この新しいスタイルの時代は「乾いた」時代と呼ばれ、それは1888年までの4年間続くことになります。その間ルノワールは様式上の実験に夢中になり、ほとんど肖像画の注文もとらず、展覧会にも出品しませんでした。
しかし、ルノワールは結局この線的な様式に満足できず、実験中はたえず懐疑に襲われ、多くの作品を破棄、放棄しました。しかも、この乾いた様式に不満だったのはルノワールだけでなく、彼の画商であったデュラン=リュエルも受け入れがたく思っていたのでした。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「髪を結う浴女」1885年
※実験時代の作品の中でも最も輪郭がはっきり描かれているものの一つ
そうして苦しんだ末、生み出されたのが冒頭でもご紹介した真珠のように輝く光沢を持つ画面でした。
この最後のスタイルでは、技法的にはふたたび柔和になり、絵画らしい色彩や筆遣いが甦りました。輪郭はそれまでほどくっきりとは描かれなくなりましたが、それでも形はしっかりとしています。彼は注意深く絵具の透明なヴェールを重ね、人の目をうっとりとさせる微妙な真珠の光沢を持つ肌を作り上げたのです。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「足を組む裸婦と帽子」1904-06年
この真珠のように光り輝く効果はルノワール自身が「おつゆ」または「ジュース」と呼んでいた、キャンバスを垂れ落ちるくらい薄められた絵具で始められました。
彼はこのおつゆをキャンバスのほとんど全面にわたって塗り、全体的な色調を決めると、ピンクや青の線を少しずつ引き、そこにバーント・シエンナですき間をうめて・・・と徐々に濃い色を置いていき、最後にアイヴォリー・ブラックを使いました。
こうして描かれたルノワールのキャンバスには、制作が進むにつれて霧の中から、まるで現像液に浸された写真の感光板のように、モデルの身体や風景が風景が浮かび上がってくるのでした。
ピエール=オーギュスト・ルノワール「ドローイングをするジャン」1901年
この手法についてルノワールは生前秘密にしていたようですが、息子でのちに映画監督になったジャンがその著書の中で父の秘密の手法を明かしてしまい、私たちが知るところとなりました。
それでも、ルノワールに憧れた他の画家が、彼の真珠のような画面を真似しようとしましたが、似て非なるものになるだけで、本物のもつ美しさには遠く及ばないようです。
やはり、ルノワールの絵画はルノワールの手によらなければ描けないということですね。





