雑話174「ゴヤの肖像画」
下図は、歴史上もっとも優れた公式肖像画の一つといわれたゴヤの「カルロス4世の家族」という作品です。
フランシスコ・ゴヤ「カルロス4世の家族」1800-01年
これは、当時のスペインの国王だったカルロス4世とその家族たちを描いたものです。作品の真ん中に堂々とした姿で描かれているのは、国王ではなく、王妃であるマリア・ルイサです。
それにしても、王妃の顔はとても個性的で、お世辞にも美しいとはいえません。
王妃マリア・ルイサのアップ
実際に、このような顔立ちをしていたのでしょうが、歴史的に権力者の肖像画には真実が求められているのではなく、それらは権力の象徴として描かれてきたのです。
例えば、同時代に絶対的権力者を描いた、ヨーロッパでもっとも有名な画像を見てみましょう。ルイ・ダヴィッドの「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」です。
ジャック=ルイ・ダヴィッド「サン・ベルナール峠を越えるボナパルト」1800年
荒れ狂う馬上での沈着冷静さを主題としたナポレオンの英雄的画像は、19世紀初頭における最高の世俗的イコンとなりました。
この絵の銅版画が数多く作られ、19世紀初頭のヨーロッパで騎馬肖像画が広まったほど、この画像の人気が高かったようです。
もちろん、実際にナポレオンが馬上でこのようなポーズをとった訳もなく、すべて絵画上の演出でしょうが、画中の出来事が真実かどうかは問題ではなく、いかに彼を絶対権力者にふさわしい完璧な外見に描けるかが大切でした。
ですから、最初の絵の場合スペインの最高権力者の一人である王妃は、実物よりも美しく描かれるべきなのです。
王妃マリア・ルイサに限らず、ゴヤは時に権力者の肖像画をその本来の目的にふさわしくないやり方で描いてきました。
フランシスコ・ゴヤ「マヌエール・ゴドイの肖像」1801年
上図はスペイン宰相のマヌエール・ゴドイの肖像画です。
ゴドイは、この絵の描かれた1801年に、オレンジ戦争という短い戦いで、ポルトガルに勝利を収めて勝ち誇った様子でポーズを取っています。
しかし、彼の脂肪たっぷりの首や指は、最高司令官の威厳を損ねています。
マヌエール・ゴドイの顔の部分
ゴヤの肖像画は、人間の努力と世俗権力のはかなさを典型的に証明するものでした。
少年期に受けたカトリック教育、イタリアとスペインにおける優れたカトリック美術の研究、そして皮肉好きという性格からか、ゴヤが生き生きとした写実性をもって描いたスペインの有力者の肖像画では、効果的な細部描写を駆使してしばしばモデルを奇妙なまでに無防備に見せています。
ちなみに、下図は別の画家が描いたマリア・ルイサ王妃の若いころの肖像画です。この別人のような外観の理由は、年齢差だけではないはずです。
アントン・ラファエル・メングス「マリア・ルイサ、オーストリアの王女」1765年頃





