雑話148「バーン=ジョーンズ展ー英国19世紀末に咲いた華」
現在、兵庫県立美術館で開催中の「バーン=ジョーンズ展 -英国19世紀末に咲いた華-」に行ってきました。
バーン=ジョーンズは、19世紀にイギリスで活躍したラファエロ前派の1人で、様式化された装飾的で優美な画風で、神話や伝説の世界を描きました。
彼の作品は英国内のみならず、ヨーロッパでも高く評価され、ラファエロ前派の作家としては国際的に認められた唯一の画家となりました。
「眠り姫-連作『いばら姫』」の一部
今展が日本で初めての個展ですので、彼の作品をまとめて見ることのできる貴重な機会だと思います。
それでは今回も、個人的に気になった作品を中心にご紹介していきましょう。
まず最初に、初期作品の中から「慈悲深き騎士」を見てみましょう。油彩画と思って近づくと、実は水彩とガッシュで描かれており、その重厚な画面に驚かされます。
エドワード・バーン=ジョーンズ「慈悲深き騎士」1863年
ここでは、命乞いをした兄弟の仇を許した騎士が、その後立ち寄った教会で祈りの最中に、木造のキリスト像が手を差し伸べて祝福している様子が描かれています。
正規の美術教育を受けていなかったバーン=ジョーンズは、ラファエロ前派のロセッティから絵画制作の手ほどきを受けました。そこで、彼の初期の作品にはラファエロ前派様式、中世美術独特の平面的で素朴な描写が見られます。
ここでも、ラファエロ前派の特徴が強く残っているものの、陰影の処理や人体の立体表現や彩色などにイタリア・ルネサンスの影響が見られます。
実は、ドローイングの修行のため、イタリアを訪れたバーン=ジョーンズの作風は、徐々にルネサンス風古典様式へと変化していったのです。
その影響が良く表れている作品が「運命の車輪」です。
エドワード・バーン=ジョーンズ「運命の車輪」1871-85年
ここでは、運命を司る女神フォルトゥと彼女の持物である運命の車輪が描かれていますが、バーン=ジョーンズの作品の中でも構図の堅牢さや人体描写の力強さにおいて郡を抜く傑作です。
ローマのシスティーナ礼拝堂を飾る絵画群に大きな感銘を受けたバーン=ジョーンズは、床に仰向けになって、天井画を仔細に観察したそうです。この作品にもミケランジェロの絵画や彫刻作品に触れ、彫塑的な人体の描き方を学んだ成果が見られます。
題材を古代神話に広げて成功したバーン=ジョーンズの作品の中で、分かりやすいものがピグマリオン神話です。
エドワード・バーン=ジョーンズ「ピグマリオンと彫像-《恋心》」1878年
キプロス人の彫刻家ピグマリオンは、かつて見たことのないほど素晴らしい女性像を創りましたが、あろうことか彼は自らの作品を愛してしまい、愛と美の女神であるウェヌスに助けを求めました。
エドワード・バーン=ジョーンズ「ピグマリオンと彫像-《女神のはからい》」1878年
ウェヌスが彫像に命を吹き込んで本物の女にすると、ピグマリオンは彼女と結婚しました。
エドワード・バーン=ジョーンズ「ピグマリオンと彫像-《成就》」1878年
実は、バーン=ジョーンズはこの作品の依頼主の娘のマリアと恋愛関係になってしまい、その関係は彼女が自殺未遂を起こし、パリへと去るまで続きました。(※バーン=ジョーンズはすでに結婚していました)
命を与えられた女性の顔など、ピグマリオンの連作にマリアとの交際から受けた影響が見られます。
「ピグマリオンと彫像-《成就》」の人間となった彫像の顔
最後は、この展覧会の看板にもなっている「眠り姫-連作『いばら姫』」をご紹介しましょう。
エドワード・バーン=ジョーンズ「眠り姫-連作『いばら姫』」1872-74年
これは、100年もの永い眠りに陥る魔法をかけられた王女が、王子の登場によって魔法が解かれ目覚めるという、古くからの伝承物語を着想の源としたものです。
このお話は、日本では”眠れる森の美女”として知られていますね。
エドワード・バーン=ジョーンズ「王宮の中庭・習作-連作『いばら姫』」1889年
バーン=ジョーンズは、約30年にわたって「眠り姫」にまつわる主題を描き続けましたが、この連作によって彼の名声は不動のものとなりました。
この他にも、彼が長年携った装画・挿絵が貴重な本と共に多数展示してあり、現代の印刷物とは違った、そのみごとな出来栄えには感心させられます。
F.S.エリス編纂「チョーサー著作集」 原画:エドワード・バーン=ジョーンズ
兵庫県立美術館での会期が残り1週間に迫っていますので、ご興味をお持ちの方はお急ぎ下さい。
なお、このあと10月23日から12月9日まで郡山市立美術館で開催予定です。









