雑話127「春のオークション・レポート」 | 絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

雑話127「春のオークション・レポート」

お待たせしましたが、GWにNYで開催されました、春のオークションについてご報告いたします。


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クリスティーズ・ニューヨークの玄関

※ロックフェラーセンターにあります

事前に2大オークション会社のそれぞれの注目作品をご紹介いたしましたが、ふたを開けてみると、このたびのオークションはムンク一色となりました。


まず、「叫び」の前日である5月1日には、クリスティーズのメインオークションが開催されました。高額作品が数多く並ぶサザビーズと比べると、地味な印象はぬぐえなかったものの、不透明な世界経済の先行きをものともせず、良好な結果を残すことができました。


注目作品だったセザンヌの「トランプ遊びをする人」は、落札予想価格の中間の1700万ドルにクリスティーズの手数料をくわえた、1912万ドルで落札されました。


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ポール・セザンヌ「カード遊びをする人」1892-96年

※1912万ドル、約15億3600万円で落札されました

2億5000万ドルを超えるとされた油彩の最終作品には遠く及ばないものの、水彩の習作としては最高レベルの値段がついたといえるでしょう。


その夜のオークションには31点の作品が出品されましたが、そのうち28点の作品が落札され、昨年11月の6割強だった落札率と比べるとかなりの好成績に終わりました。


メインオークションの作品は億単位の値がつくものが多く、元気のない日本人が落札することは少ないのですが、今回の落札者の中には日本人も含まれたようでした。


さて、翌2日の夜には注目のムンクの「叫び」が出るサザビーズのセールがありましたが、その扱いはオークションが始まる前から異例ずくめでした。


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エドヴァルド・ムンク「叫び」1895年

※落札予想価格は8000万ドル(約64億円)でしたが・・・

まず、オークションの下見会場では、ムンクの「叫び」だけがコの字型に壁で囲まれ、辺りの照明を落としたうえで、作品のみをライトアップするという、特別な演出を施されていました。


さらに、通常の展示では、作品の状態をすぐにチェックできるよう、仕切りや柵などは設置されていませんが、「叫び」の場合、鑑賞者が簡単に近づけないように2mほど離れたところに柵を設置し、その脇には監視員を常駐させるなど、厳重な警備体制を敷いていました。


また、展示作品は、普段なら期間中は会場にかけたままですが、「叫び」は展示時間が終わると、別の場所に移動させられていました。


毎朝、展示が始まる時間に複数の警備員や警察官に囲まれた「叫び」が、保管箱に入った状態で台車に乗って登場し、唯一ぽっかりと空いた展示室の壁にものものしくかけられるのです。


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設置し終わって作品を眺めるニューヨーク警察の警察官

オークションの当日も、会場には普段の何倍ものメディアのカメラが設置され、注目度の高さが窺えました。日本からも多くのメディアが撮影の申し込みをしたそうですが、結局NHKのみが許可されたそうです。


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会場後方に並んだ各メディアのカメラ

会場も、気のせいか、いつもよりも熱気が感じられ、開始時間が来ても多くの人が席にも着かず、いつまでもざわつきが収まりません。


オークショニアに促されてようやく静かになった会場で、オークションが開始しました。


「叫び」は20番目でしたが、それまでの作品はほとんど落札され、なかには予想価格の何倍もの金額で落札される作品もあるなど、順調な滑り出しです。


そして、お待ちかねのムンクの「叫び」が会場前方の回転展示台に現れました。世界中の人が見守る中、注目の入札が始まりました!


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「叫び」のオークションの様子

※壇上のオークショニアが電話で入札を受けているサザビーズの社員(右側)にさらなる入札を促しています

開始価格は予想価格の半分の4000万ドルからと、ずいぶん慎重なスタートです!恐らく入札予定者の誰も、はっきりと上限額を示唆しなかったのでしょう。


低額から始まったにもかかわらず、入札のペースはゆっくりとしています。これでは、予想価格にたどり着くまでに息切れしてしまいそうです。世界で最も知られた絵とはいえ、サザビーズも今回は過大評価してしまったのでしょうか?


しかし、入札はゆっくりとしたペースながらも、止まることなく進んでいきます。7000万ドル辺りまで来ると入札者は2人に絞られた模様です。予想価格まで届くのでしょうか?


8000万ドルに近づくにつれて、入札するペースが鈍り、予想価格くらいに収まりそうにみえましたが、入札はそのまま続いていきます。


意外にも予想価格を超え、その上の9000万ドルまで突破しました。そうなると、1億ドルの大台への期待が膨らんでいきます。


その後も入札の攻防は続き、ついに1億ドルの声が発せられると、会場中にどよめきと拍手喝采が沸き起こりました。


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会場前方のスクリーンに映し出されたムンクの「叫び」と入札金額

※この時すでに1億ドルを突破していますが、スクリーンの数字が見えますでしょうか?

攻防は1億ドルでも終わらず、最終的には1億700万ドルまで続きました。それまで競っていた相手に入札を何度か促したオークショニアが、落札金額の確定を示す木槌を大げさなポーズをとりながら叩くと、会場はふたたび拍手に包まれました。


会場が落ち着くのを待ってオークショニアは、落札金額に手数料を加えた1億1992万ドル(約96億円)が、オークションで落札された美術品の史上最高金額となったことを誇らしげに宣言しました。


すると、その夜のクライマックスが終わったせいか、結構な数の人々がいっせいに席を立ち、すし詰め状態だった会場に少しゆとりができました。多くの人がムンクだけを見に来ていたのですね。


それでも、残りの作品の売れ行きにはあまり影響がなかったようで、その後も順調に落札されていきました。クリスティーズの倍以上の作品があったこともあり、最後のほうの注目度の低い作品には不落札が続きましたが、それでも76点中71点が落札され、比較的高かった昨年よりもさらに高い落札率となりました。


桁違いの取引に圧倒されっぱなしでしたが、歴史的な瞬間に立ち会うことができ、個人的にも有意義な一週間となりました。