雑話98「麗子像とシュールレアリスム」
現在、大阪市立美術館で開催中の「岸田劉生展」に行ってきました。
大阪市立美術館正面
岸田劉生といえば、重要文化財にも指定された「道路と土手と堀(切通之写生)」に代表されるリアルな写実主義の絵画とともにデフォルメされた「麗子像」が有名です。
岸田劉生は当初、前衛美術だったポスト印象派などの最新の表現方法を模倣した絵画を制作していました。しかし、劉生の中ではむしろ時代に逆行するような「写実」への要求が次第に高まっていったのです。
そうして制作された写実主義的な作品の傑作が「道路と土手と堀(切通之写生)」です。北欧ルネサンス風の古典的な写実表現で描かれていますが、実はここではかなり特異な視点で描かれています。
岸田劉生「道路と土手と堀(切通之写生)」1915年
坂や山の斜面などを、写真や絵画で表現しようとしたとき、その傾斜の感じはなかなか出にくいものです。そこで、劉生は坂を真下から見上げるような構図で描き、それに土や草などの精緻な写実描写と合体させ、何の変哲もない土の坂の絵に一種の超現実感を与えました。
劉生は写実的な表現を追求していく中で、自分の眼を信頼して、いま見えているものの背後にあるものをつかみ取ろうとしました。こうして、深い精神性をもった写実を基本において制作されたのが、「ものが目の前に存在することの不思議さを称えた」静物画です。
岸田劉生「林檎三個」1917年
その後、北欧ルネサンスから東洋美術に関心を移していった劉生は、美しいものとは正反対の不完全なものや醜いものに「内なる美」や「卑近美」なるものを求めていくようになりました。
彼の作品の中でもっとも有名なシリーズである「麗子像」はそのような考え方にもとづいて描かれた作品です。
劉生はこの絵において”物質に即した美を主とし追求する”写実の道から”或る処で写実を欠除させ、その欠を写実以上の深い美によってうづめ”ることで、”美術上のもっとも深い、超現実感が生まれる”段階に到達したとしています。
岸田劉生「麗子像」1921年
ここでは、モナリザを連想させる神秘的で妖艶な微笑と田舎風の肩掛けのひなびた美しさと青いりんごを持つ華奢な手の稚拙な感じが無限の「深い美」を漂わせています。
「写実の欠除」から東洋美術の「卑近美」への転換は、「でろり」とした鈍く輝く面貌、総絞りの羽織と着物の赤色、秋菊をもった貧弱な手などに”その奇怪感が美的に生きればいっそう複雑な、深奥な感じが出る”という「グロテスクの美」となることもありました。
岸田劉生「童女図(麗子立像)」1923年
こうして写実を追求した結果、劉生がたどり着いた「写実以上の深い美」とは、まさにアンドレ・ブルトンらが目指したシュールレアリスムではないでしょうか?
ダリやミロの絵画からシュールレアリスムは現実にはありえない主観的な幻想世界を描くように思われていますが、実際は一般的に現実だと思われているものの意外な一面を表現しようとしたもので、現実に内在されているものなのです。
実物よりも奇怪なほどグロテスクに描かれた娘の麗子は劉生にとって見えている現実以上に現実に近いものだったかもしれませんね。




