雑話94「デュビュッフェ・・・生の芸術」
今週は日本人にはあまり馴染みのない作家をご紹介しましょう。
ジャン・デュビュッフェ「ミシェル・タピエ、太陽」1946年
ジャン・デュビュッフェは土壁のような画面に描かれた、のっぺりとした人物像で有名なフランスの作家です。
分厚く塗られた絵具には、砂、小石、石膏、漆喰、タール、ガラス、鉛白などが混ぜられており、画面に重厚な質感を生み出しています。
デュビュッフェが目指したのは、美的教養にもとづく従来の”文化的芸術”ではなく、児童画、精神病者の芸術、未開芸術を含んだ”生の芸術”と呼ばれるものです。
ジャン・デュビュッフェ「Miss Araignee」1950年
※2009年に713,250ポンド(約8600万円)で落札されました
子供や精神病者の手による”生の芸術”には、文明化した人間なら心の奥底に隠している深層心理が、しばしばむき出しにされており、そこにデュビュッフェは正常な人間のまなざしを見たのです。
”生の芸術”の探求の結果、制作された肖像画では、心理的要素が排除され、人物がトーテムのようにグロテスクに喜劇的に解体され、モデルの本質的特徴をめぐる想像や観念が材質と直結しています。
デュビュッフェは対象の本質を描くには、肖像の場合、個々人を互いに区別する表面な特徴は重視してはならないとしています。
そこで、彼はモデルを非個性化し、人間の本源的な姿という普遍的な面にみちびくことによって、絵の観察者に像の力を増大させ、いい知れぬ想像や煽動のメカニズムを発動させようとしました。
デュビュッフェのもう一つの有名なスタイルが、”ウルループ”と名づけた細胞状の形態です。
ジャン・デュビュッフェ「家族の生活」1963年
彼はこのジグソーパズルのようなパターンが、内部のしま模様の色彩、大きさ、形状をさまざまに組み合わせたり、変化を与えたりすることによって、今までにない新しい次元を切り開く可能性を見出しました。
この形態は、まるで生命を持った有機体のように、平面的な絵画から彫刻へ、単独の立体から建築の空間へと繁茂していき、彼が経験したことのないモニュメンタルな世界へと入り込んでいきました。
演劇「クークー・バザール」 ※舞台装置をデュビュッフェが制作
こうして、この”ウルループ”の連作は、構想の壮大さと実現された形式の多様さという点で、デュビュッフェ芸術の頂点をなすものとなりました。
ジャン・デュビュッフェ「電子メールの庭」1974年
※オランダのクレラー・ミュラー美術館の敷地にあります
また、この形態は初期の作品と比べると外見上の違いは明らかですが、これまで彼が追い求めてきた原初的な芸術言語がここに確固たるものとして見出されるに至ったといえるでしょう。


