雑話80「印象派の後継者・・・ボナール」 | 絵画BLOG-フランス印象派 知得雑話

雑話80「印象派の後継者・・・ボナール」

ボナールといえば、壁紙や衣服の模様を強調した装飾的で平面的な初期の作品や、光溢れる輝くような後半の作品で有名です。


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ピエール・ボナール「田舎の食堂」1913年


初期の彼はナビ派に属していましたが、彼の絵にはナビ派の特徴である大胆な色彩表現や装飾性、象徴主義美学の影響などがあまり見られません。


ナビ派として活動していた頃のボナールは「超日本的ナビ」とあだ名されるほど日本美術に傾倒していました。


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ピエール・ボナール「化粧着」1890年頃

※日本の掛物を模したと思われる形状や主題・フォルムの処理などボナールの作品の中でももっとも日本的な作品


日本美術の影響は初期の作品にはっきりと見ることができます。


例えば、特異な視点の設定や平面的な構成、幻想的にまで歪められた人物像や装飾的な色彩パターン、空白の空間の活用や掛物や柱絵を思わせる画面の形状などは、日本美術から取り入れたものです。


ボナールはまた、アンティミスト(日常の親しみ部会情景を描く画家)として知られており、初期の頃から晩年まで室内や食卓、母と子などの親密な情景を描き続けています。


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ピエール・ボナール「さくらんぼうを食べる子供」1895年


1890年代後半からボナールの作品には多くの裸婦が登場しますが、このモデルとなったのは彼の生涯の伴侶であったマルトという女性でした。


マルトは気難しく極度に神経質な女性で、入浴に異常なほど時間を費やしたそうです。また、彼女は決してポーズをとりませんでした。そんな彼女をモデルにして、ボナールのもっとも独創的な裸婦たちが生まれました。


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ピエール・ボナール「入浴する裸婦と子犬」1941-46年


陽光溢れる南仏に滞在するようになった1910年頃から、陰りがちだったボナールのキャンバスに輝きが増していきます。


こうして40歳を過ぎて印象主義を再発見したボナールは、光り輝く絵筆で彼の好きな室内風景や、裸婦、風景などを描いていきました。


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ピエール・ボナール「庭に面した大きな食堂」1934-35年


しかし、最初に見た印象をそのままキャンバスに捉えようとした本家の印象派とは違い、ボナールの印象主義は最初の印象をしばらく放っておき、それを描きたいという欲望が充分高まってから描くというものでした。


したがって、ボナールはモネのように風景画を描く時も戸外で描いたのではなく、記憶をもとにアトリエで描いたのでした。


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ピエール・ボナール「棕櫚の木」1926年


そうしてボナールというフィルターを通って出てきた作品には、彼の私的で閉ざされた世界が描かれていますが、まばゆいばかりのその光景を前にして、観るものは不思議な、しかしどこか懐かしい感覚をおぼえます。