1973年
原爆スラム

この時期に比治山本町から白島に越してきました。
8歳になる年でした。
隣町の基町地区です。
たまに遊びに行ってた場所が原爆で焼け出された人が住むスラムとは当時まったく知りませんでした。

学校の平和教育でも教えてくれませんでした。
ここから通ってくる子供もいたからかもしれません。
ましてや原爆スラムと呼んでいたのは住んでいた人以外でしょうから。

ちなみに、仁義なき死闘編の北大路欣也役の山中正治が潜伏していたのがこの街です。

昭和30年代の設定なのに高層アパートがすでにたくさん建っているので地元民にはバレバレの設定でした。

幼少のころは
基町だけでなく市内各所にこういった場所がありました。
被爆建物も数多く残っていて、防空壕も閉ざされる前です。

戦争の傷跡とノスタルジーが混在した昭和の基町

でも人間に活力があった時代でもありました。

戦争の焼け跡から復興をしてきた親、祖父母世代に感謝するとともに
リスペクトを送ります。
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