クラス内孤立への反抗的決断の結果、「ネクラでガリ勉の剣道少年」になることを決意し、実行した中三の私。その後の御話しです。

自分は学級委員として先生が言ったことを伝えていたにせよ、相手に敬意を払っていなかったし、支配的な態度だったと思います。そりゃ、相手は動きませんよね。上手く行くわけがない。

で、学級委員を降り、同級生を注意するとか、先生との間に挟まるといったことが不要になり、目立つことをしなければ、特に問題は起きませんでした。だから基本、殻に閉じこもっていました。

登校しているし勉強もしているけれど、人間関係では引きこもってるみたいな(笑)。やはり寂しかったですけど。

そしてその辛い時期に、支えになったのはやはり勉強と剣道でした。
(もともと、それを期待していたわけですが。)

もしかすると、クラス内で孤立したからこそ、その2つにエネルギーを集中出来たと言えるのかもしれません。

根本的な解決ではないけれど、これはこれで、ある種のやり方だと思うんですよ。
「何かで負けたら得意種目で勝てばいい作戦」とても言いましょうか。

そのおかげか、勉強の成績は順調に上がって行った記憶があります。

以前ブログに書きましたが、中学受験に失敗して辛い思いをしたこともあって、高校受験は絶対受かるぞ!という強い思いもあり、頑張りましたね。(おかげで志望校には無事合格)

剣道はというと、正選手の座は得て公式戦に出場させて頂く事が出来ました。チームとしてはそこまで良い成績ではなかったものの、県大会では確かベスト8くらいまで行った記憶があります。

というワケで、勉強と剣道である程度の結果を出す事が出来、それによって自分は支えられ、精神的に救われていた(ウサ晴らし?)と思います。

相変わらずクラスメートとは冷えた関係でしたが、嫌味や冷たい視線を浴びても、時には耐え、時には受け流すことが出来、不登校にもならずに済みました。

耐えることは出来たけど、中学時代はそれこそ黒歴史でしかない!といった感覚が自分に芽生えていて、中学はもう嫌だ、早く高校に進みたい、と思ったものです。

その後、同じ高校に進んだ人は別として、中学の知人友人とは、あまり会いたいとは思わなくなったように思います。自分の中で黒歴史化の効果が強すぎたのか?

「何かで負けたら得意種目で勝てばいい作戦」の、「盲点その1」だった部分。それは社会人になってから現れて来ました。

孤立していた自分にも、中学の同窓会のお知らせは来るわけですが、全てスルーしました。あんなイヤな記憶があるのに、まさか!出られるワケが無い!という感じ。今では同窓会の案内は、全く来なくなりました(笑)。

そして今、中学時代の友人達とのご縁も、ほぼ無くなってしまいました。 ...と書くと、なんだか寂しい感じがしますね。

実際、20代の頃はちょっと後悔した覚えがありますが、一方で、その時の自分にとってはその道しかなかっただろうと思います。孤立することの辛さ・厳しさを学んで、良い経験でした...

そこで話が終わればよいのですが、ところが!。
「何かで負けたら得意種目で勝てばいい作戦」の、「盲点その2」がその後の人生には待っておりました(汗)。

そのお話は、また次回に。