かなり、引っ掛かりました。

なにがって、京大生でも、就活に苦労してるっていう、この記事です。

京大生でも1勝29敗――受験エリートを襲う「就活の恐怖」

...「就活の恐怖」ってのは、言い過ぎですね。けっこう楽しめるものでもありますし。

そして、この記事でのその京大生の取り上げ方にも、問題アリと感じました。

わざと、京大生「なのに」っていう考え方を前提に置いてますよね。

つまり、大学ブランド信仰丸出しにしておいて、それが今は通用しませんよー。と。

インパクトのある題名にしてショックを与えるような意図的な演出っていうのはわかりますけど。

そもそも、1勝29敗っていう勝ち負けの考え方を導入するのはどうなんでしょう? なんだか大学受験的感覚じゃないですか?

シンプルに、30社に応募して、4社で最終面接に進み、そのうち1社から内定が出たと考えてもよいのでは。

そして30社に応募して履歴書を書いたり、自己分析して、企業や業界研究をして、面接を受けたり、あれこれやったそのプロセスに本当は意味があるし、有益な部分なのに。

京大生って言ったって、イマドキの就活事情を知らずに、的外れな対策をしたり、ロクな準備もしなければ、そりゃあ受かりませんて。 
大学では就職や社会に出て働くことを学んでるワケじゃないし。

特に気になるのは、就職が早く決まる事や、効率良く内定を取ること、たくさん内定を取ることが「就活の成功」だという価値観のように思えること。

まあ、効率とか世間体とかっていう視点からみたらそうかもしんないけど、それでもし会社に入って合わなかったらば、どうするんでしょう? 本人がワリを食うわけですよね。親だって周囲だって、リカバー出来ない。

だから、とことん納得いくまで、時間がかかっても活動をするっていうことも認める・評価するべきと、思うわけなんです。

長きに渡る仕事人生に向けて、自分自身や社会と真剣に向き合い、たっぷり時間を使って試行錯誤出来る、貴重な機会なんですし。

あ、でも、ただし。

この記事で共感できる部分、確かにそうだと思う部分は一杯ありますよ。特に、就活生のご両親は良く読むべきじゃないかと。

ブランド大学の学生が不合格で、そうでない大学の学生が合格することは、十分有り得ること。ブランド大学だからといっても安心は出来ないし、企業も大学名だけで決めるような粗い選考はもうしないということ。単なる会話が出来るだけではダメ、対話出来る力が必要...などなど。

でも、いい就職先を得るために受験を頑張った本人や親からすれば、辛い現実かもしれませんね...。

でも、しょうがないです。使う筋肉が違うわけだから。

うーん、そういった問題を提起していることを考えると、この記事は有益ですね!。