ガンジスの河のほとりで 第十七話 | ワンラン日記

ワンラン日記

愛知県岩倉市八剱町「ワン学習塾」の日記。
さらに、代表・犬童の「ラン日記」の二本立て。
2017年は記録足踏みも2018年こそ目指せサブ3!
BEST:10km…40:01 ハーフ…1:26:45 フル…3:10:55

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インディラ・ガンディー空港の車用入口ゲート、

日本のインターチェンジに似たボックス横のタクシーの助手席に座っていた。

 

運転手は追突したにも関わらず、大きな声で何かを相手に告げている。

相手の運転手も手を大きく横に広げて、同様に訴えている。

一度車内から女性が降りてきたが、すぐにまた車内に戻って行った。

こういうシチュエーションをインドに来て以来、数回見ているがいつも男性が口論している。

それもお国柄なのであろうか。

 

何度もクラクションを鳴らしていた後ろの車も軍人の緩慢な誘導によって、

やっと隣のゲートに移動出来た様子。それにしてもこの軍人の役割は何なのか。

目の前で事故が起こっても数分そこに立ち会っただけで、他に何かする様子もない。

袖の下でも渡してしまえば、どうにでもなるような雰囲気をプンプン感じる。

 

時間にして30分。まだ二人は口論している。

私の事なんぞ何も気にしていない。まったくこちらに視線を送ってくる様子もない。

この頃私の頭の中を一つの悪だくみが支配し始めた。

「このトラブルのせいで、飛行機に遅れたと訴えよう。さらに先程膝を打ちつけた。それが痛いと言おう」

それらを訴えた上で、運賃をまけろと伝える作戦だ。

自分が悪いことをしている自覚はあったものの、ツーリストのぼったくりのお返しは

同じインド国民でツケを払って頂こう。

また昨日、バラナシ駅では子どもたちへの施しで徳を積んだではないか。

だから少しくらいの無理を許してくれないだろうか。

行為を正当化するため、めちゃくちゃな言い訳を考えていた。

 

やっと運転手が戻ってきた。「さてこれで勝負の時が迫るな」

その決意は拍子抜けに終わる。少し進んで路肩に車を動かして、また口論が始まったからだ。

まだ飛行機の時間までは10時間余り。「どれだけでも口論すればよい、より値切りやすくなる」

追い詰められている状況ながら、楽しむ気持ちさえ少しあった。

インドで緊張状態が長かったために、感覚がおかしくなっていたのだろう。

 

やっと運転手が戻ってきた。そしてさっきから視界に入っていた建物横に到着する。

「スリーハンドレッド」と彼が言うと同時に、

「レイト!プレインオールレディーフライト!マイニーイズペイン」自分で驚くほどの大声だった。

運転手も血相を変えて私に「ノー」と言ってくる。彼のこの表情はさっきからずっと見ていた。

描いていたイメージ通りの展開に怯むことはなかった。

 

何度もタクシーの時計を指差し、膝を指差し、飛行機が飛んで行ったとジェスチャーをした。

彼は首を横に振り続け、マニープリーズを繰り返し続けた。

そんなやり取りが30分続いただろうか。運転手は私にカバンを開けろと指示をした。

「アンダーウェア、プリーズ!」どうやらトランクスが欲しいらしい。

私はカバンの中から3枚のパンツを取り出すと、彼は「OK」と言った。

「チップ、オンリー!」と言うので、30ルピーを彼に渡す。

 

驚くほどおとなしくなった彼は、助手席側に回って、

私のバックパックを丁寧に降ろし、座席のドアを開けた。

手を振って「サンキュー」と分かれる。車両の前部の傷が意外と目立つことにその瞬間気付いた。

タクシーが去るのを見届け、いよいよ出発ゲートに入っていく。

やっと危険な状態を脱して日本に帰ることができる。

なかなかこの時の安心感に匹敵した状態をそれ以来の人生でも味わっていない。

 

しかし悪夢が起こった。入り口すぐのゲートで飛行機チケットを見せると「ノー」と係員は首を横に振る。

建物にはフライトの3時間前にしか入れないとのこと。

私の飛行機の出発時間は6時半。現在は20時半。つまり3時半以降しか入れないルールらしい。

それを聞いてキョロキョロしていると、係員が建物の外に見える灯りの方を指差す。

「あそこで待つんだ!」そう教えてくれた。「何だそうなのか!」急いで光の方に向かう。

 

建物に近づいて唖然とした。50ルピーと書いてある。

私の所持金は20ルピー。足りていない。

ちなみに外は闇に覆われていて、怪しそうな風貌の人間もそれなりにいた。

結構出入りする人数が多かったので、勢いよくスッと入って行こうとすると、係員に止められた。

「あちらで金を払え」とのこと。またこの状態なのかと再び汗が噴き出してくる。

一度外に出てしばらくすると、先ほど私を止めた係員が新しい人間に変わった。

そこで同じように突っ込んでいくと、同様の対応をされた。

「まけてほしい」と頼むものの、無しのつぶてだった。

そりゃそうだろう。国際空港で125円を値切ろうとしているのだから。

 

建物の中の比較的近い所に日本人グループがいるのが分かった。

何とか彼らとコンタクトが取れないだろうか。と思うものの、直接声を掛けるには微妙な距離である。

しかも初対面で大きな声で話し掛けるのも怪しい。

そんな戸惑いの中で再び私はその建物の外に出た。

 

先程から何度か目が合っていた男に声を掛けられる。「カモン!ジャパニーズ!」

「ショウミー、ウォレット!」どうせ取られるようなものは入っていない。財布を見せる。

「ユアーマネーオンリー??」「イエス!」

男は大声で笑い始めた。旅の最終盤、ここまででインド人がこんな大笑いをしたのを初めて見た。

「ジャパニーズプアボーイ!!」仲間たちにも私の状況を伝えている。

他の男も大笑いではないが、苦笑いをしているように見える。

 

非常に流暢で分かりやすい英語で彼が話し始めた。要約するとこんな感じだった。

「お前はインドで大変な思いをしたのだな。そうじゃなければ財布の中身がおかしいぞ!俺たちは明日の朝にクウェートに行く。石油関係のビジネスをしている。安心するんだ。一緒に朝まで過ごそう。飛行機の時間はお前より1時間遅い。だから一緒に座って待っていれば大丈夫だ」

 

私は拙い英語で彼にそれまでのインドでの出来事を話した。

英語が堪能なのはリーダー格の男だけのようで、彼が笑った後に現地の言葉で仲間たちに話す。

そうすると仲間たちの男も笑い出すと言う状況がずっと続いた。

ある程度旅の話をしていると「アーユーハングリー??」と聞いてきたので、

「ベリーベリーハングリー」と返す。

 

そうすると「付いてこい!」と言われて、空港の端の方にあった屋外のカフェに連れて行かれた。

「インド人、プアー。日本人、リッチ!バット、、パラドックス!」そう言ってメニューを渡される。

チーズケーキと紅茶を頼んだ。「それだけでいいのか?」と聞かれたが十分だった。

それらを食べて元の場所に戻り、彼らの夢を聞いた。

「インドが少しでも近代的で経済大国に、日本のような国になってほしい」彼は言っていた。

 

あっという間に深夜3時半となった。一緒に行こうと彼らは皆がついてきた。

建物の中に入る前に十人弱の全員と握手をした。目には涙が浮かんできた。

「グッバイ!コウスケ!!」皆が手を振る。ウルルン滞在記の最後の場面のようだった。

私の姿が見えなくなるまで彼らの声が聞こえつづけた。最後に私は振り返って手を振った。

 

隣りにいた日本人が聞いてきた「彼らと友だちなのですか?」

「そうです。友だちです。数時間前に空港外の路上で出会ったばかりですが」

ネパールかどこかに登山に行っていたのと思われる、大きな荷物を持った彼が驚いていた。

 

何はともはれ、インドを出発して香港行きの飛行機に乗ることができた。

人生最大のピンチが何度も訪れたが、ギリギリの所で踏みとどまることができたようだ。