気楽にト-ク -93ページ目

百年の計を立てる

■3月27日<松下幸之助一日一話>
終戦後、日本が大きな経済発展を遂げてきたということは確かに事実ですが、それが果たして真の経済発展であるかどうかというと、いろいろ疑問があります。少なくとも、20年なり30年前に、20年後、30年後の日本をこういう状態に持っていくんだという計画を立てて取り組んだのではなく、いわば無我夢中で働き、ハッと気がついたら経済大国になっていた、というのが実情だという感じがします。しかしここへきて、今後ともこういう状態ではいけない。本当に永遠に通じるような正しい哲理哲学のもとに、大きな理念を打ち立て、そして100年、200年の計を立てる時期にいまはきていると思います。

日本さくらの会

日本さくらの会が1992年に日本を代表する花・桜への関心を高め、花と緑の豊かな国づくりを推進するために制定。「さくら」と「咲く」に九九の「3×9=27」をひっかけたもの。また、このころが七十二候のひとつ「桜始開(さくらはじめてひらく)」の時期であることにもちなんでいる。

切腹の本当の理由は謎の千利休

■3月27日<今日の雑学>
1591年2月28日、茶道の開祖・千利休が豊臣秀吉の怒りに触れて自害したといわれる。その1カ月後れの今日が利休忌とされ、表千家は27日、裏千家は28日に追善茶会を行う。1522年に堺に生まれた千利休は、北向道陳に茶の湯を学び、のちに武野紹鴎に師事した。織田信長、豊臣秀吉に重用され、85年、秀吉の関白就任にあたり茶会が禁中小御所で開かれた際、正親町(おおぎまち)天皇に茶を献じて、利休居士の号を贈られている。87年には秀吉とともに北野大茶会を開くなど天下一の茶匠となった。草庵風の茶室を完成し、茶道を民衆の生活のなかに根づかせたが、秀吉の怒りにふれて切腹することとなった。その原因については大徳寺山門に自像を置いたことなど諸説あるが、事実は定かではない。織田有楽斎、細川忠興など数多くの弟子に受け継がれた利休の茶の流れは、3世宗旦から表千家、裏千家、武者小路千家の三千家に分かれ、今日にいたっている。

仏壇

「日本書紀」の686年(天武天皇14年)3月27日の詔書に「諸国の家ごとに仏舎を作り、仏像・経を置き、礼拝供養せよ」とあることにちなんで、1972年に、3月27日を「仏壇の日」としている。

さくら

1992年(平成4年)、日本さくらの会が、七十二侯のひとつ「桜始開」と、3×9=27、咲く(3×9=27)の語呂合わせが重なる3月27日を「さくらの日」に制定。

3月26日生まれの著名人

1821年:エンゲル(統計学者)
1911年:テネシー・ウィリアムズ(劇作家)
1917年:柴田錬三郎(作家)
1944年:ダイアナ・ロス(歌手・女優)
1948年:いしだあゆみ(女優)
1974年:後藤久美子(女優)
1990年:柳楽優弥(俳優)

見えざる契約

■3月26日<松下幸之助一日一話>
今日、何千万人という需要家の方がたが、生活を豊かにしていくために物が欲しいというとき、それが現実に手に入らなければ、非常に不自由な思いをせざるを得ないでしょう。私たちはあらかじめそういうことを予期して、万般の用意をしておかねばなりません。それはいわば、私たちと大衆との見えざる契約だと思うのです。別に契約書があるわけではありませんが、私たちはこの見えざる契約、声なき契約をよく自覚する必要があります。そして、その契約を遂行していくために、常日ごろから万全の用意をしておくことが、私たち産業人に課せられた、きわめて大きな義務であり責任だと思うのです。

3月26日の出来事

1205年:「新古今和歌集」が完成
1220年:清水寺が焼失
1827年:作曲家ベートーベン没
1884年:東京商業学校(後の一橋大学)が開校
1890年:ヘレンケラー、発声訓練を始める
1914年:島村抱月・松井須磨子らが芸術座で「復活」を初演して「カチューシャの歌」が大流行
1939年:藤原歌劇団が「カルメン」を歌舞伎座で初演
1958年:ナンシー梅木、日本人初のアカデミー助演女優賞を受賞
1962年:作家・室生犀星没
1972年:奈良県明日香村高松塚古墳で彩色壁画を発見
1978年:開港直前の成田空港に過激派が乱入
1985年:南極にあすか観測拠点開設
1986年:ロンドンで体外受精による世界初の五つ子が誕生

カチューシャの歌の日

1914(大正3)年、島村抱月と松井須磨子が起こした芸術座が、トルストイの「復活」の初演を行ないました。この中で歌われた「カチューシャの歌」が大流行したことから。

「一番風呂」の功罪

■3月26日<今日の雑学>
毎月28日は「風呂の日」。家庭に風呂のある人でも、たまには銭湯へ行ってみるのもいい。さて、家風呂でとかく争いになるのが風呂に入る順番。先に入りたがる者もいれば、逆に昔からの「さら湯は身の毒」とか「一番風呂は馬鹿が入る」という考えにこだわって、新しいお湯に入りたがらない者もいる。特に老人にはよくないといわれるが、この説にはそれなりの科学的根拠もあるらしい。新しいお湯に入ると、体内のカリウムやナトリウムなどの成分が出ていってしまうというのだ。お湯が新しいほど多く流出するといわれ、新陳代謝があまり活発でない年寄りほど身体に悪いというわけだ。また、若い女性が入ったあとのお風呂がいいという説もあって、男性より女性のほうが有機物を多く出すとか、女性ホルモンとの関係も云々されるが、それには確たる論拠はない。