聖徳太子 | 気楽にト-ク

聖徳太子

謎の多い聖徳太子
■5月22日<今日の雑学>
622年2月22日、現在の法隆寺東院にあたる斑鳩(いかるが)宮で、厩戸(うまやどの)王子(謚号・聖徳太子)が没した。574年に豊日王子(謚号・用明天皇)を父に、穴穂部間人媛を皇后として生まれた聖徳太子は、日本史の登場人物ではとりわけ人気が高いが、その人物像には謎が多い。そもそも、日本で最初の歴史書「古事記」が完成したのは、太子の死後100年近くが経ってから。太子について書かれた本や絵巻も数多くあるが、さらに後の時代になってからのもので、伝説化・神話化された要素が多い。だから逆に、太子の業績とされているものはすべて蘇我氏の業績だったとか、戦争好きだったとか、母親とは不仲だったなどと推測をする研究者もいるし、実母と異母兄が再婚したことが原因でノイローゼになり湯治に行っていた、なんて話まである。