グラハム・ベル | 気楽にト-ク

グラハム・ベル

History recollection
1847年3月3日生まれ
アレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell, 1847年3月3日 - 1922年8月2日)は、聴覚障害児教育の研究者、電話機の発明及びベル電話会社の設立で有名である。
スコットランドのエディンバラ生まれ。視話法の研究者メルヴィル(Alexander Melville Bell)を父に持つ。エディンバラ大学及びロンドン大学で学び、24歳のとき(1870年)に、余命6ヶ月の病を宣告されたことをきっかけに、父と共にカナダに移住した。ボストン大学で、音声の伝送の研究を行った。1876年に電話機を発明し、特許を取得した。なお発明直後にベルの下で視話法を学んでいた伊沢修二と留学生仲間である金子堅太郎が電話を使っており、日本語が世界で2番目に通話した言語になった。
ベルが電話の特許を取った2時間後に、シカゴのイライシャ・グレイ (Elisha Gray)が同じ特許を出願したが、ベルが先に出願していたため却下されたという話もある。失意のグレイはさらに上を目指そうと努力し、ファクシミリのと同様のものを発明した。
1877年にベル電話会社(のちのAT&T社)を設立。また、電話機の発明に対して授与されたヴォルタ賞を原資として、ヴォルタ研究所を興した。
1882年にアメリカに帰化した。エジソンと並びアメリカの2大発明家とも言われるが、性格的には偏屈であったエジソンとは違い、ベルは後に聾唖者のために尽力した人格者でもあった。