左近の桜と右近の橘
<今日の雑学>
内裏雛、三人官女、五人囃子……5段、7段と、豪華に飾られた雛人形。これは雛飾りに王朝時代の御所風俗が江戸時代に取り入れられたもの。向かって右側に桜、左側に橘が飾られるのもそのひとつで、京都御所の正殿・紫宸殿の前の両わきに植えられている「左近の桜」「右近の橘」を模したものといわれる。平安時代、左近の桜は天皇の御座所から見て左にあり、即位・朝賀・節会など重要な儀式のおりに左近衛府の官人が、この桜から居並んだことにその名は由来する。それまで梅だったのが、平安朝の仁明天皇の時に、人々が愛した桜に代え られたものだといわれる。また、右近の橘は天皇の御座所から見て右方にあり、右近衛府の官人がこの橘の所から居並んだことに由来している。『古事記』に出てくる垂仁天皇に尽くした田道間守の感動的な説話にもとづくという。
内裏雛、三人官女、五人囃子……5段、7段と、豪華に飾られた雛人形。これは雛飾りに王朝時代の御所風俗が江戸時代に取り入れられたもの。向かって右側に桜、左側に橘が飾られるのもそのひとつで、京都御所の正殿・紫宸殿の前の両わきに植えられている「左近の桜」「右近の橘」を模したものといわれる。平安時代、左近の桜は天皇の御座所から見て左にあり、即位・朝賀・節会など重要な儀式のおりに左近衛府の官人が、この桜から居並んだことにその名は由来する。それまで梅だったのが、平安朝の仁明天皇の時に、人々が愛した桜に代え られたものだといわれる。また、右近の橘は天皇の御座所から見て右方にあり、右近衛府の官人がこの橘の所から居並んだことに由来している。『古事記』に出てくる垂仁天皇に尽くした田道間守の感動的な説話にもとづくという。