こんにちは
もう粗大ゴミとは言わせない!
優良夫変身プランナーの高原彩規子です。

昨日はパソコンのばっくれ、今日は右手の小指剥離骨折
本当に当たり前が当たり前でなくなることが続くと、お祓いにでも行こうかと思うくらい凹みます。

 
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当たり前が当たり前でなくなること。

 
仕事からから帰ったら、家の中はもぬけの殻。
自分の物と離婚届が置いてあった

 
私の知り合いでそういう経験をした人も、させた人もいます。


“した人”の彼は、新婚半年位の時期。
嫁入り道具と共に、妻は実家に帰ってしまい、
そのまま離婚に。


“させた人”は、娘の立場なんですが、
お母さんと一緒に家を出たそうです。
その後ご両親は離婚


どちらも、出ていく日の朝は
いつも通り「いってきます」「いってらっしゃい」
と何ら変わった事はなかった、
ないようにした、と言います。




どちらも、話し合いらしい話し合いはしなかったといいます。



なぜ、そんな大事なことを何も話さずに決行してしまうのか。


“した人”である彼は、
『出張が多かったから寂しかったのかもしれない』位しか思い当たらないようです。
妻からすると話す時間もなかったということだそうです。



一方娘の立場で母と一緒に“させた人”は
『父は話せる人ではなかった』と。
確かに私の父の年代より上の世代は夫と妻が対当に話せる夫婦は稀でした。



“当たり前が当たり前でなくなること”を一方的に決めていいのか?


いやいや、その前兆はあったはず。それを見逃した方が悪いのか?



すべては自分の選択で今があるわけです。
経験“した人”も“させた人”も選択の結果責任は自分
にあるのです。




”当たり前が当たり前”でなくなること想像する。
そして、”当たり前”を見直す
それは”当たり前”であってほしいのか?



そうならそうなる行動をとる。

これが選択の一つでしょう。


いかがでしょうか?