<手でなぐられるのと、態度でなぐられるのとその痛みや悲しみにどんなちがいがあるというのだろう>
大好きな田辺聖子さんの金言集。
「田辺聖子」を読む愉しみは、
関西人的なユーモアに満ちた語り口や、柔軟な発想。
古典文学に関する深い知識と優しいお人柄が偲ばれる美しく分かりやすい文章。
けっしてこれ見よがしではなく、押し付けがましくもなく、作品の中で自然に語られる人生観は、人生の大先輩の言葉として、いつも心に暖かく、時にニヤリとさせられます。
「人生の甘美なしたたり」
という、素敵な題名に惹かれて買った、この本。
残念ながら、失望しました。
そして、残念でした。田辺聖子さんのために。
田辺聖子さんの言葉の醍醐味は、作品やエッセイの中でこそ光るのであって、この本のように、細切れにして、イイとこ取り、「さあ、どうだ!」と見せられるのは、蟹の身だけを取ってほぐされて、口に入れてもらうようなもので、味気ない。(泣)
蟹の身や栗の皮は、人に剥いてもらうものではなく、自分でいじいじしながら、一所懸命に剥いて食べるものですってば。(天津甘栗屋さん、ごめんなさい)
なんだか出版社の陰謀を感じるなぁ。
最近は出版部数の増加もあって、どこの出版社も本の売り上げ増強に凌ぎを削っている。
それは、
人気作家の濫造濫作。
作品の2番煎じ、3番煎じ、そして出がらし。
旧作品のタイトル変更。加筆訂正。新装丁。
有名人による推薦文や過大広告。
大げさな宣伝帯や粉飾した紹介文
などに表れる。
それはそれで、企業としては仕方がないのでしょうね。
しかし、昔の出版社ように、「わが社は絶対にこういうポリシーでやってます」みたいな姿勢が薄れ、「売れればなんでもあり」のような姿勢は、非常に淋しく情けない。
競争に勝ち抜く?
良い作品ならば、ごてごてと化粧をしなくたって、黙っていても売れますよ。
そして、いつまでも残りますよ。
文芸作品とは、本来そういうものではないですか?
<何でも、不自然にやるとワイセツになる。
人間は、たくらまず自然に、ありのまま、やっとりゃ、ワイセツ感などない。>
蛇の足
「淫する」と言う本来の意味をご存知ですか?
何事にも過ぎたることを「淫する」と申します。
人間、どんな仕事も下品にやっちゃいけませんや。
お金よりも大切なもの、見失いたくないよね。
- 田辺 聖子
- 人生の甘美なしたたり






