http://blog.oricon.co.jp/guruguru/ <手でなぐられるのと、態度でなぐられるのとその痛みや悲しみにどんなちがいがあるというのだろう>



大好きな田辺聖子さんの金言集。



「田辺聖子」を読む愉しみは、

関西人的なユーモアに満ちた語り口や、柔軟な発想。

古典文学に関する深い知識と優しいお人柄が偲ばれる美しく分かりやすい文章。


けっしてこれ見よがしではなく、押し付けがましくもなく、作品の中で自然に語られる人生観は、人生の大先輩の言葉として、いつも心に暖かく、時にニヤリとさせられます。


「人生の甘美なしたたり」

という、素敵な題名に惹かれて買った、この本。


残念ながら、失望しました。

そして、残念でした。田辺聖子さんのために。

田辺聖子さんの言葉の醍醐味は、作品やエッセイの中でこそ光るのであって、この本のように、細切れにして、イイとこ取り、「さあ、どうだ!」と見せられるのは、蟹の身だけを取ってほぐされて、口に入れてもらうようなもので、味気ない。(泣)

蟹の身や栗の皮は、人に剥いてもらうものではなく、自分でいじいじしながら、一所懸命に剥いて食べるものですってば。(天津甘栗屋さん、ごめんなさい)


なんだか出版社の陰謀を感じるなぁ。


最近は出版部数の増加もあって、どこの出版社も本の売り上げ増強に凌ぎを削っている。

それは、

人気作家の濫造濫作。

作品の2番煎じ、3番煎じ、そして出がらし。

旧作品のタイトル変更。加筆訂正。新装丁。

有名人による推薦文や過大広告。

大げさな宣伝帯や粉飾した紹介文

などに表れる。


それはそれで、企業としては仕方がないのでしょうね。


しかし、昔の出版社ように、「わが社は絶対にこういうポリシーでやってます」みたいな姿勢が薄れ、「売れればなんでもあり」のような姿勢は、非常に淋しく情けない。


競争に勝ち抜く?

良い作品ならば、ごてごてと化粧をしなくたって、黙っていても売れますよ。

そして、いつまでも残りますよ。

文芸作品とは、本来そういうものではないですか?

<何でも、不自然にやるとワイセツになる。

人間は、たくらまず自然に、ありのまま、やっとりゃ、ワイセツ感などない。>

その通りですってば、角川文庫さん。


蛇の足

「淫する」と言う本来の意味をご存知ですか?

何事にも過ぎたることを「淫する」と申します。

人間、どんな仕事も下品にやっちゃいけませんや。

お金よりも大切なもの、見失いたくないよね。


田辺 聖子
人生の甘美なしたたり b-green
画像提供:撮りっぱなしの写真館
earth  

偶然なのか。

必然なのか。
神の悪戯なのか。




人間社会の長い歴史を見たときに、ある特定の年代に稀代の英雄や芸術家や天才たちが、申し合わせたように集まってしまうことがある。

そして互いに影響しあい、同世代に光を振り撒いて消えていく。

しかし、その輝きの記憶は何年経っても消えることなく、過去から現在の私たちに語り継がれて、また時を越える。


記憶に近いところでは、炎の人 ゴッホやロートレック で紹介した、印象派の芸術家たち。

ゴッホ、ゴーギャン、ロートレック、セザンヌ、スーラ、モネ、ドガ、ルノワール、ピサロ

ため息が出るほど、豪華できらびやかな天才たちが、下積み生活の貧困や世間からの蔑視に耐えて、苦悩と自負に満ちた青春を謳歌していた時代。彼らの鋭い感性が、迫り来る新しい時代を予感できたのだろう。


クラシック音楽では、モーツァルト、ハイドン、ベートーベン

そのあとをショパン、シューマン、シューベルト、ワーグナーたちが追う。わずか50年くらいの間に集中して数々の名曲を生み出した。


日本国内では、平安時代に一世を風靡した女流作家たち。

紫式部清少納言和泉式部が、どうして同時代に生まれてしまったのか!?嬉しくもあり、もったいない気もする。(笑)

しかし、だからこそライバル意識を燃やして後世に残る作品を生み出せたのかもしれない。

千年の時を生き抜いた、おんなたちの競演は今も私たちの心を打つ。


そして、戦国時代。

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、明智光秀、武田信玄、上杉謙信、伊達政宗。。。

あああっ、戦国時代は特にキリがないです。(汗)


明治維新もしかり。(飛ばしちゃってごめんね^^;)


そう考えると、現代はどんな人物たちの時代なのだろうか。

政治?ビジネス?映画?ファッション?

多種多様で混沌としすぎる時代のような気がするけれど、

長い歴史の中で、偶然に同時代を生きてしまった人物の象徴は、

「戦争家」だと思う。。。


ヒトラー、ムッソリーニ、東條英機、スターリン、毛沢東、ポルポト、フセイン、ビンラディン、ブッシュ。。。

(本当はここに金正日も入れたいが、彼は戦争未経験者である)


こうして羅列すると、好戦屋=独裁者ともいえる。

過去に、これだけ多くの戦争人間が同時代に集まっただろうか。

それも一国のみならず世界的に。


そう考えると、現代はやはり史上初の世界的戦国時代なのではないだろうか。


偶然なのか。

必然なのか。

神の悪戯なのか。


疑問の答えは見つかりらない。。。
b-blue

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中年よ 大志を 思い出せ




<いろいろと失敗して41歳から絵や言葉を売って生きていくことにしました。収入もがた落ち、いろいろなものを失いましたが、そのかわり、ゆっくりと歩くことや、お月様を眺めることを覚えました。>


どうも私は、詩画集によわい。

漫画にもよわい。

文才と画才。

ひとつでもあれば、充分だとも思える才能を両方手にした、ごく一握りのひとたち。

いいなあ。

凄げえなあ。


島居さんは、アメリカ大陸を自転車で横断したり、LAで日本食レストランを経営したり、絨毯屋として手広く商売をしたり、波乱万丈の人生を送ったひとだ。

で、「今は家や住所をやめ」、詩画集路上販売の旅を続けている。

べつの言い方をすれば、ホームレスである。


だから。。。

というわけでは、決してないだろう。

が、彼の言葉のひとつひとつ。

絵の一枚いちまいのシンプルさが、着ぶくれた心にぐさりとつきささる。



<何もかもが自分の思い通りにならないのは、私だけが生きているわけではないからです。>

子供にだってわかりそうな、こんなこと。

こんなことがわかっていない大人が多すぎる。

思い通りにならない事を、

思い通りにならせたくて、

今日も一生懸命、生きているんです。

これでも。(笑)



<人間であれ他の動物であれ、生きていること自体が「いのちがけ」それが普通のはずなのでそんな言葉に意味はないと思っています。>


そうだなあ。

わたしたちは、目に見えない偶然の重なりあいの上で、奇跡的に生かされているんだなあ。


笑うことも、泣くことも、

いのちがけ。

そう思ったら、生きているって、すごくカッコイイ気がする。



<まんねんも生きたところで かめはかめ>

なにをアクセクしてんだよぉ。

島居さんは、きっと、そういって穏やかに微笑みながら、路上を急ぐ人々を眺めているに違いない。


なにもかもを削ぎ落としたシンプルさが、彼の生きざまを見せつけてくれているようだ。

何ものも所有しない者の強さと優しさが、結局ひとを癒す力となる。

でもね。

アクセク生きるのもひとそれぞれ。

のんびり生きるのもひとそれぞれ。


世界中のひとがのんびりするわけにはいかないからさ、

それでいいんだよね、きっと。 (笑)



島居 祐示
えび天うどん三百六十円―島居祐示詩画集 b-green


画像提供:撮りっぱなしの写真館  
dark




<自殺サイト連続殺人事件で、前上博容疑者(36)が調べに対し、「快楽殺人をテーマにした(推理作家の)江戸川乱歩の小説を中学生のころに何冊も読み、影響を受けた」と供述していることが10日、わかった。

乱歩の作品には、残虐な殺害方法が克明に描写されたものがあり、府警は前上容疑者を無差別殺人に駆り立てた心理解明の手がかりになるとみて、作品の特定を急ぐ。>読売新聞8月11日版


関連記事の中でも、容疑者は江戸川乱歩作品の中のあるシーンに興奮して云々。とありましたが、要するにこの容疑者は、変態性欲の持ち主だと思います。

<作品の特定を急ぐ>

って、特定してどうするのでしょうか?

発売禁止?表現削除?それとも伏字!?


それから?

言論の自由や弾圧についての議論がはじまるのか。

それとも、乱歩の読者が増えて、乱歩は一躍、変態性欲者たちの教祖に祀りあげられ、結果、快楽殺人が増えるのか。


作品を特定したら、その本の売り上げは驚異的に伸びるでしょうね。



江戸川乱歩はじめ、マルキ・ド・サド渋沢龍彦三島由紀夫 などを読むと思うのですが、好奇心や性的嗜好などという軽い問題ではなく、変態性欲は一種の病気だと私は思うんです。


昨今、医学の進歩に伴い、過去の迷信や蒙昧な知識による迫害や蔑視を受けてきた疾病にも、やっと光が当てられるようになりました。

たとえば、同性愛、エイズ、アルコール依存症、癩病、結核、認知症、鬱病などなど。

しかし、世間は異常性欲を娯楽としての性的嗜好として許しても、あくまでも「公然の秘密」にすぎず、やはり秘密はあくまでもヒミツで、陽の目をみることは有り得ないのです。



病気だから仕方がないということではありません。

大の大人が、自分の持つ異常さに気がつかないわけはないのです。

つまり、不幸にも持ってしまった自分の負債をどう相殺、還元していくか。


と、ここまで書いて放置していたところに、一報。↓


註:<「何度もやめたいと思いながら、同じことを繰り返してしまう自分は病気ではないか」と苦悩を吐露していたことが、15日、わかった。>読売新聞8月15日版


やはり本人も自覚してしたんですね。

江戸川乱歩の作品は、確かに作者自身の性的欲望や妄想を文芸作品に転化したものです。

しかし、だからといって、読者が全員、それによって興奮するとか、変態性欲者になったり、殺人を犯したりするわけではありません。


ここで名前を公表できないのは残念ですが、乱歩も含めて異常性欲者の作家は多勢存在すると思います。

何故なのか。

それは、

彼らが自分の欲望を創作活動に転化したり、芸術に昇華できたからです。


人間はこうやって、自分に折り合いをつけて、自分の道を模索して生きていく。

そしてそれを実行できるのは、自分自身しかいないのです。

たとえ、どのような影響を受けようとも。


だからこそ、彼らの作品は、時間と空間を越えて、現在でも、多くの一般読者をも魅了してやまないのだと思います。



編集後記

編集事情により、アップするのが遅れ(←忘れ^^;)、時宜を少々逸しています。

申し訳ない。(汗)

b-blue


e40g

拾い者勝ち! 夏休みバトンリレー第3弾!

これまた、「ぐうたら亭主のへば・まつんね!」 のへばちゃんことヒロさん(もお、ややこしいっちゃ!)


面倒なので、略して「ぐうへば」ちゃんから(余計わからんて^^;)

「思い出バトン」のプレゼントをいただきました。


(*´д`*)ハァハァハァアハァ (疲)

いつも前置きが長くてすみません。(汗)




①小、中、高での一番の思い出


小学1年生の時。

プールの時間にあたくしだけ、セパレーツのお水着。

それも白地にピンク

クラス全員の視線はあたくしにぬか漬けよっ!

((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブル

以来、あたくしはプール恐怖症になり。

いまだに泳げないんざますっ!(号泣)




②一番世話になった先生はいつ?


そうねえ、お世話になった先生が多すぎちゃって♪

やっぱり、いつも私に「だれのお蔭でメシくってんだよぉ」と絡まれてた新米のT先生ですわ。(私立だったもんで^^;)


T先生。その節は、いろいろとお世話になりました。(涙)

で?年金はちゃんと貰ってるんでしょうね?


③得意科目


得意順

昼寝・英語・国語・音楽・図工・社会・理科・算数・体育





④苦手科目


もちろん体育ですわ!(きっぱり)
それから、数学以前に算数(どひゃ)





⑤思い出に残っている学校行事3つ


幼稚園の運動会(かけっこびり)

小学校の運動会  (同上)

中学校の運動会  (同上)

同情するなら、金送れ! (送金先はスイス銀行よ)







⑥クラスでのキャラ


ああっ!

いまもむかしも寝呆けキャラですわっ!(号泣)





⑦学生時代の呼び名


エリザベスですけど。

なにか?


本当は。。。

((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブル

言えない。orz



⑧好きな給食メニュー


あげぱんとプリン♪

とか言うと思ったでしょ?


あたくしはやっぱり、飛騨牛朴葉みそ焼


え?そんなのなかった?

変ねえ。。。








⑨バトンを回す5人


(*´д`*)ハァハァハァアハァ

5人じゃ足りませんわ!

でも、基本的にウチでは、ご指名はしないんですわ。

毒者みなさん全員の「思い出ばなし」をぜひぜひお聞きしたいので、我こそはと思われる方は拾ってください。

先着500名さまに、ぐたちゃんのTBをもれなくプレゼント!

(おお~!太っ腹~)



じゃあ、投げるわよ~!

いっとくけど、重いで~!


ばこんっ!(ばとんっ!の間違い)



どこかで聞いたせりふですって? 気のせいよっ!b-red