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宮部みゆきは大好きだけど、どちらかというと江戸人情話のほうが好きという方も多いのではありませんか?

宮部みゆきを読むと、所々に出てくる懐かしい言葉遣いで、チャキチャキの江戸っ子だった祖母をいつも思い出す。
「よだれかけの頃からのつきあい」とか、「さんざっぱら悪所通い」とか、「見てくればっかはよしとくれ!」とか。(笑) 「酢の物のようにさっぱりした性格」というのなんざ聞いた事がないけど。(爆)
あたくしの駄洒落好きは、多分におばあちゃんの影響なのだ^^;!

今はもう建替えられてしまったけど、東京大空襲を焼け逃れ、戦前から建っていたおばあちゃんの家に行った時みたいな懐かしさ。
「さあさあ、お上がり。外は寒かっただろう?おこたにお入り。いま熱い御茶を淹れたげるからね。あんたの好きな舟和のいもようかんもあるよ」なんて捲くし立てられ、掘り炬燵に足を突っ込めば、炬燵の底に寝そべっていた数匹の猫たちをふんづけてしまう。(笑)

あったかい炬燵に突っ伏して、うとうとしながら聴いた、おばあちゃんの昔ばなしのような。。。

「あやし~怪~」というからには、怪談の短編集なんだけれど、そこはそれ。不思議で恐くて哀しい物語なのに、読後は宮部みゆき語りの妙で、心がほっこりあったかくなっている。

このひとの語り口は名人芸だなあ。と唸ってしまう。

お金持ちとか高学歴とか育ちの良さとか見た目の美しさとかセレブとか、他人様の目中心の世の中の仕組みにどんより疲れてしまった時。。。人間にとって、なにが正しいのか、なにが必要なのか、なにが幸せなのかを、押し付けがましくなく、そっと諭してくれる。

まるで、「あたしは語るだけだよ。あとは自分でよおく考えな」とでもいうように。

人の心の闇と綾。それを軽くさらりと語れる作家はなかなかいない。




「安達家の鬼」 珍しく冗漫。考えながら書きました?

「女の首」 絶妙のリズム感と話運びの巧さ!

「時雨鬼」 一番好き♪

「蜆塚」 ちょっと「ポーの一族」を思い出しました^^;。



宮部 みゆき
あやし―怪




そもそも百物語とは、様々な決まりや作法があるものの、だいたいの形式は次の通り。

蝋燭を百本灯して、参加者が一つずつ怪談を語る。(参加者が百人というわけではない)

語り終えるごとに、蝋燭を一本一本吹き消してゆく。(つまり、だんだんだんだん暗闇が広がっていくわけだ!)
最後の九十九話を語り終えた時に。。。。((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブル

というわけなんです!

謂わば、江戸時代に広まった庶民の娯楽(冥界遊び)のようなものなのですが、そこはそれ、こっくりさんと同じく、低級霊やら百鬼夜行に行き会ってしまう危険も無きにしもあらず。(怖)

この本における百物語の参加者は、ミステリー・ホラーファンなら御存知ある作家ばかり。

井上雅彦、加門七海、菊池秀行、篠田節子、霧島ケイ、竹内義和、田中文雄、森真沙子、東雅夫(=編)

というわけで、東京根津のある古びた旅館で行なわれた、この百物語は、結界を張っての本格的なものでした。

内容が結構、内輪ネタばかりで、参加者の紹介もなく話が始まるので、これらの作家に馴染みの無い人にとっては、戸惑い白けることも多々。(苦笑)
つまり、百物語を主催している側が大いに喜んじゃって盛り上がっているんです。(笑)

たった8人が参加する百物語で、よく百以上もの怪談が出てくるなと感心するでしょうけれど、人から聞いた話でも構わないわけだし、そもそも百物語をこれだけ大々的にするからには、参加者自体が霊感体質でもあるわけですよね^^;。

そこはそれ。

百話読み終えましたけど、そりゃあ、怖いですよ!

でもね、こういう怪談って受け取る側の問題だと思いました。

霊の存在を信じる人、信じたい人にとっては、めっちゃ怖い。
でも、信じない人、信じられない人にとっては、「気のせいじゃないの?」とか「偶然の一致でしょ?」で済んでしまうんだと思うんです。(当たり前ちゃあ当たり前^^;)

そして何より一番怖いのは、

信じる者は祟られる!? ((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブル

つまり、信じない人にとっては、霊障であることにすら気づいていないはずですから。(笑)


井上 雅彦, 田中 文雄, 森 真沙子, 加門 七海, 菊地 秀行, 篠田 節子, 霜島 ケイ, 竹内 義和, 東 雅夫
文藝百物語

bellagio  ←舌塩ホテルの窓から撮れた心霊写真!?(ただの手ブレだっつの^^;)


いつもながら、ぐた夫の本棚には、手にも取りたくないような、面白そうじゃない本が並んでいる。(笑)
ところが読んでみると、かなりの確率で面白い!

と、分かっていても、やっぱりタイトルだけ見ていると、金輪際読みたくないような本ばかり(絶版書も多い)なんだよねえ^^;。


というわけで、ぐた夫蔵書を読むには勇気か気まぐれか退屈というモチベーションが必要。(笑)

(前置きと電話が長いのは、あたくしの特徴^^)


まず何故この本を読んだかというと、目次の最終章、「怪奇譚から怪奇文学へ」という最終章に気を惹かれたから。
というわけで、まず最終章から読み始めちゃったんだけど。(笑)

いやに、アルコール依存症と幻覚とか薬物とか、物騒な薀蓄が多くない?

と思ったら、著者は霊能研究者でも文学者でもなくて、精神科医だったんですね!(汗)

要約すると、この章は、なぜ怪奇文学が生まれたのかがテーマ。

怪奇文学が生まれるのは、勿論、人間の神秘に対する畏怖心や好奇心に他ならないのだけれど、何故、怪奇小説を好んで描く作家が存在するのかをテーマに、西は怪奇小説のエドガー・アラン・ポー、東は幽霊物語で有名な上田秋成を中心に、錚々たる作家連にスポットを当てている。

著者が触れている作家は次の通り。
エドガー・アラン・ポー、ホフマン、ゴーチェ、ボードレール、、ユージン・オニール、ネルバル、ノディエ、ボレル、上田秋成、森鴎外、ラフカディオ・ハーン、etc.


その豊富な文学的知識と精神医学に基づいた分析は、信じる信じないを別としても、非常に面白かった!

つまるところ、マザーコンプレックスとかエディプスコンプレックスとかの常套的なユングやフロイト式心理学説に落ち着いてしまうのだけれども、個々の作家の心理状態を非常に細かく掘り下げて書かれており、文学愛好家や怪奇文学愛好家にはヨダレものの一冊。(笑)

ちなみに、心理学用語でいう「アニマ」とは、<男性の心に内在している女性の心象>だそうで、つまり男性にとっての永遠の理想的な女性像のこと。
このアニマは潜在意識的に母親の影響が絶大なのだそうで、ほとんどの芸術作品はこのアニマが根底にあるらしい。

<母性像はその男性の同一性と深く関係しているので、男性の配偶者選択にも重大な影響を及ぼす。>

よく聞く話だけど、男性は無意識のうちに自分の母親に似た女性を妻に選ぶっていうわよねえ。(汗)
((((;゚Д゚)))ガクガクガクブルブルブル
ううう、あたしゃ、やっぱり、しうとめだす♪ に似ているのでしょうか。(しょっく!)

ダジャリストのあたくしとしては、アニメーションのアニメって、語源は、このアニマから来ているのかなぁなんて思ったりもして。(笑)
そういえば、ぐた夫は「ちびまる子ちゃん」が大好きなんだよなあ。(泣)
ぐた姫の理想像は、「エーズをねらえ」のお蝶夫人なんですけど、なにか?


後半へつづく  似てるちゃあ似てる?わけない。 ACE











←どうにも読みたくならない、胡散臭い表紙。(爆)

中村 希明
霊感・霊能の心理学


さくら ももこ, 川嶋 優
ちびまる子ちゃんの四字熟語教室
山本 鈴美香
エースをねらえ!全14巻セット


関連記事:(ぐた夫の本棚より)

オカルト入門
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家の庭で咲いたんだよ♪(自慢)



著名人が亡くなったあと、特に作家が亡くなったとなれば、故人に近しい人物が回想録を書くのは定番ともいえる。
それが一流作家の妻ともなれば、その作家のファンは必ず回想録を読みたくなるのが人情というものかもしれない。

山本周五郎といえば、日本を代表する作家の一人である。
人の道を正す道徳的な作風や、人生の機微を描いて感動を与える話で、国語の教科書などにも採用されることが多い。

賛否両論があるにせよ、山本周五郎~藤沢周平~宮部みゆきと続いていく、人情噺の大雑把な流れがあることも事実だ。

作家に限らず、ある人物の才能と人格はまた別物であり、才能のある人間ほど奇人変人が多いのも事実なのだが、山本周五郎のように、究めて真面目で道徳的な作風だと、その人となりもまた、いたって道徳的で高尚な人物だと思うのは、これまた人情である。

山本周五郎が好んで描く、清廉潔白、反骨、孤高、正直、頑固、勤勉、献身、犠牲的精神などの人格者たちは、そのまま彼の理想的人格者であり、彼自身の分身なのかもしれない。

ところが、山本周五郎の未亡人、清水きんさんが語る、「主人(うちのひと)」は、ちょっと違うようだ^^;。
どんな男性だって、仕事の顔と家での顔は違うはずで、その明暗のコントラストこそが、作家の魅力と深みであり、人間味溢れる。。。ということなのだろうけれど、「ちょっと~奥さん、いいの?ここまで言っちゃって!?」みたいな、ある種、暴露本とも云える。(笑)

この清水きんという女性は、いわゆる後妻で、山本周五郎の前妻が癌で亡くなった後に、40歳近くなってから初婚で山本家に嫁いだ人である。
非常に亭主関白で気難しい山本周五郎に仕えることが出来たのは、江戸っ子らしい明るさと開けっぴろげで気取らない性格だったためだと、自他共に認めている。

清水きん未亡人は、無意識に語っているのだろうけれど、彼女が嬉々として語る「うちのひと」からは、妻にさえ見せなかった夫、山本周五郎の鎧の隙間から、非常に傷つきやすい子供のように、小心で臆病な本質が透けて見えてくる。
「嬉々として」みえるのは、きんさんの夫への愛情に他ならない。

山本周五郎作品そのものである。

明治時代の男の苦悩と、明治時代の女の苦労。
苦悩や苦労があるから、夫婦は不幸せだったとは言えないのである。




111606

清水 きん
夫 山本周五郎

あたくしとしたことが、三島由紀夫の「黒蜥蜴」を読んでいないなんて!

読みたい本ほど、なかなか読めなかったりするんです。(言訳)

実はずっと前に買ったまま読み忘れてた^^;(どひゃ!)


黒蜥蜴  黒蜥蜴
江戸川 乱歩
黒蜥蜴 (1968年)


あたくしのは、創元社文庫(2004年発行)の 「乱歩5 黒蜥蜴」
編集部後記として、
<本書も桃源社版「江戸川乱歩全集」を底本とし、初出誌<日の出>に当たって校訂した。今回も初出連載時の挿絵全点を復刻した>とある。

勿論、挿絵はレトロな雰囲気満載♪
これだけでも一見の価値ありです。