日本では未公開だけど、CIAだのFBIだの007だのスパイ大作戦だのゴルゴ13だのが大好きなあたくしのために、友人が「The Good Shepered」というCIAモノのDVD(日本未公開)を貸してくれた。

この映画は、これまたあたくしが大好きなロバート・デニーロが監督ということで、

「なんで役者って売れてお金が入ると監督をしたがるんだろ。初心忘れるべからずして欲しい」

と思いつつも、内心大いに期待していたりして。(笑)

デニーロが経営している日本食レストランがあると聞いたときも、

「なんで役者って売れてお金が入るとレストラン経営をしたがるんだろ。初心忘れるべからずして欲しい」

と思いつつも、喜んで出かけていってみたりして。←ただのミーハー♪


映画の内容は、アメリカのアイビーリーグ、名門エール大学の秘密結社に入った主人公が、CIAのエージェントとして、家族を犠牲にしてまで生き抜いていく様を描いたもの。日本の昭和時代のように、現在のアメリカ社会が確立される前の混沌とした時代(1930-1960年代)を背景に、第二次世界大戦やキューバ危機やケネディ大統領誕生などの史実を織り交ぜながら、主人公の成長と共にCIAの誕生過程が描かれていく。。。

まではよかったんだけど、ストーリー的には手を広げすぎて収拾がつかなくなった感が否めない。

ドキュメントでもあり、ドラマでもありと、欲張りすぎたのか、中途半端で的が絞れなかったのが残念。

一番の問題点は、時空の設定を誤ったこと。

オムニバス形式というのかな。ピョンと急に時代が飛んで急に違う場面になったり戻ったりするんだけど、これって、じーっとかぶりつきで見ていればまだしも、ちょっと目を離した隙に時代も場所も変わっている。字幕で「1961 どこそこ」なんて数秒流れるだけだから、その字幕を見落とすとさっぱりわからない。まして、主人公のマット・デイモンが、役作りが下手なのか若すぎるのか、ちっとも年齢の差を感じさせないので、余計に時代背景がわからない。


ってんで、役者の話に移ると、まずミスキャスト。

マット・デイモンは声も含めて若すぎる。役柄としての魅力がないので感情移入(同情)が出来ない。昔風に作った髪形や衣装も浮いてしまって、いかにも演じてますっぽかった。

アンジェリーナ・ジョリーは、アクが強すぎて、夫の留守を守る哀れで繊細な妻という印象には程遠く、「エビータ」に出たマドンナそっくりに見えてしまう容姿には、「いつか浮気するんじゃないか」とか「息子の父親は実は違うんじゃないか」とか、別の意味でハラハラしっぱなしだった。(爆)

でも、撮る映画ごとに見事に役に化けるロバート・デニーロは、この映画でも最高の貫禄と演技で魅了してくれた。

(あたくしは内心、今回の役作りは、外見的にキッシンジャー元国務長官(本当はユダヤ人だけど)をモデルにしたのではないかとにらんでいる)

イタリア系つまりラテン系移民のデニーロが、WASPエスタブリッシュの雰囲気を非常に巧く演じていたことには、違和感を覚えながらも、その見事な化けぶりに舌を巻いた。


ちょっと長くなるので迷ったけど、やっぱり書いておこっと。(笑)

アメリカにおけるWASP支配は、派閥や学歴社会の巣窟といわれる日本よりもずっと厳格で閉鎖的で、人種偏見や血筋に基づく暗黙のルールがあり、アイルランド移民のケネディ家も、それには泣かされたというのは有名な話。

この映画で描かれる、エール大学の秘密結社も単なる大学の倶楽部というよりも、ナチやKKK団に通じるようなカルトの匂いがプンプンしていて、その倶楽部がCIA発祥の基になったというのは頷ける。

そして、そんな映画をデニーロが監督したというのが興味深い。

逆説的に言えば、デニーロだから作れた映画なのか。。。


この映画、アメリカではかなり評判が悪く人気もなかったらしいけど、ひとつだけ素晴らしかったのは、ライティング。

セットの中でのランプの使い方とか、光と影のコントラストは本当に素晴らしく、何度も息を呑むシーンがあった。

というわけで、日本では未公開のこの映画のことを書いたって、読む方々は面白くも何ともないでしょうけど、いつの日か日本で公開された時のために、後悔しないようにここに書いておくざますわね。



The Good Shephered  公式ページ




ハービー・M. ワインスタイン, Harvey M. Weinstein, 苫米地 英人
CIA洗脳実験室―父は人体実験の犠牲になった
ロバート・ベア, 佐々田 雅子
CIAは何をしていた?
堀江 要戸
いいかげんにC1A




直木賞を初めとして、さまざまな文学賞を受賞した人気作家たちによるアンソロジー。
最近、出版社の陰謀で(笑)、やたらとアンソロジーが多いので、どれを読んでも驚きや感動が薄くなってしまうのがとても残念。せっかくの錚々たる有名作家たしのミステリ作品も軽く薄く、短篇の中にこそ作者の力量が問われるなんざあ、とっくに過去の話なのかもしれない。

というわけで、じっくり愉しんで読むには程遠く、いささか勿体無い気もするんだけど、旅の恥は読み捨て(おい!)ではなくて、旅行の移動中にさくっと読むとか、パックをしながら15分以内に読むとか、スタバで抹茶ラテを飲みながら読むとか、トレッドミルに乗りながら読むとか、リゾートホテルのプールサイドで読むにはいいかもしれない。
なあんて言うのは、作品にとって失礼かもしれないけどねえ。。。(複雑)


阿刀田高 「迷路」
この人の作品はいつも俯瞰的で、つきはなして無感情に語るところがいいなあ。
あっさり淡々と怖い。さすがだ。



宮部みゆき 「布団部屋」
この作品は「あやし」 にも収録されていたけど、個人的には、この話は好みではない。
怖さの種類が違う感じ。



高橋克彦 「母の死んだ家」
非常に模範的。正統派。少々できすぎ^^;。



乃南アサ 「夕がすみ」
これもまた正統派。
というか、実際によくありそうな話なので意外性はない。



鈴木光司 「空に浮かぶ棺」
この作品もどこかで読んだ。「リング」シリーズの一篇。
臨場感溢れる文章には思わず引き込まれる。



夢枕獏 「安義橋の鬼 人を噉らふ語」
お馴染みの「陰陽師」シリーズの一篇。
夢枕ワールド。大人のおとぎ話。



小池真理子 「康平の背中」
もうすっかりベテランの域に入り、この人のミステリも好きで、女性特有の心理描写とか、なにより文章が巧いよなあ。。。と感心しながら読んでいたんだけど、だんだん話の方向がずれていってしまって、最後はとても残念な結果に。
どうしちゃったんだろ。ちゃんと読み直しましたか?ご自分の作品。(苦笑)
短篇は一気に書かないと!(大きなお世話・笑)題名もいただけない。





阿刀田 高, 高橋 克彦, 小池 真理子, 乃南 アサ, 鈴木 光司, 宮部 みゆき, 夢枕 獏
七つの怖い扉

編集後記

4月27日付けの記事ざます。





最近、あちこち旅行してたので時差ボケが酷くて~!

と言い訳をしながら、春眠を貪っているのはどこのどいつだぁい?


あたしだよっ!


ってんで、にしおかすみこバージョン (音声注意!)でお届けしておりますけど。。。


国内旅行で時差ボケはないやろっ!(爆)

(時差ボケのせいにしてるけど、時差は抜けてて、ただのボケですから^^;)


てなわけで、あまりにも更新をサボりすぎちゃって出戻りにくいんだけど、こそっと更新。

とはいうものの、あまり時間がとれなくて、毒者点検には伺えないけど。。。m(u_u)m 

本は読んでるんですよお。

ただメモ程度の下書きが溜まりに溜まり、どこをどう手なづけていいのやら、ブン投げちゃってます。(笑)

てなわけで、気が向いたらボチボチでんねん。(意味不明^^;)



村山 孚
明るくボケよう
チャールス・F. エレット, リン・W. スキャンロン, 木村 武司
時差ボケ完全克服法




数々の名作を残し、日本文学界の最高峰に位置する谷崎潤一郎。

有名作家のご他聞に漏れず、私生活の面でも、かなり個性的で面白い人物なのである。


耽美的な世界を愛し、美や芸術を愛し、類い稀なる美食家でもあった谷崎は、文学、女、食、色彩、建築、着物、景色などに、ちょっとマニアックなくらい自分の好みに対する執着とこだわりを持った人物でもある。

そんな彼が書いたエッセイが、昭和8年に発行された「陰翳礼賛」


読んで字のごとし、「陰翳」とは、陰、影、翳。

単なる光と影ではなくて、昏い所ではあるんだけど、暗闇ではなくて、光がなくては存在しえない翳なのである。

辞書に拠れば、<物事の色・音・調子や感情などに含みや趣があること>というようにも使われる。

陰翳とは、もっとも日本的な感覚だと思う。


西洋化の波に攫われて、日本文化の変容を嘆く谷崎は、失われ行く日本文化の中の、薄闇や仄暗さや朦朧としたもの、儚きもの、微かなものを礼賛する。和風礼賛でもある。



日夜、光の洪水に晒されている現代人の私たちにとって、物の翳についてじっくりと考えることは少ない。

例えば、寺院などにある黄金に輝く仏像。

真っ白に塗りたくり、鉄漿(お歯黒)にした江戸時代の女の顔。

煌びやかな能の衣装。

古きものはみな、光の乏しい光線の中にあったということを忘れてはならない。

障子を通した薄明かりや月明かりや仄かなろうそくの灯りから浮びあがる視覚効果の美しさ。

谷崎は、「灯りに照らされた闇の美しさを見たことがあるか」と問う。


途中で弛みはあるものの、その豊饒な文章と視覚的な描写の美しさは、あたくしの感想などで書き伝えることが出来ない。

ただただ唸って、文章を堪能するのみである。


この名エッセイが書かれてから70年。。。

宇宙から見ると、地球上で一番輝いて見える日本。

谷崎は、あの世から、この光景を見て嘆いているに違いないざます。(笑)

ここまで真面目に書いてきて、なんで最後にざますが付くんだよお!、ざますがっ(号泣)






谷崎 潤一郎
陰翳礼讃

関連記事:

春琴抄




編集後記

3月2日付の記事。

画像を選んでいるうちにアップし忘れていたみたい^^;。





谷崎潤一郎の「刺青」なんて!(*´д`*)ハァハァハァアハァ

いやに期待してしまうでしょ?(笑)

たしか中学生の頃に、図書館の片隅で立ち読みした記憶があるけど、ついこの間のことなのに(おいっ!)内容はおぼろになっていた。当時も期待に虚乳を膨らませて読んだはずなんだけど、覚えていないっていうことは、それなりの内容だったっぽい^^;。

ちょっと話がずれるけど、おませで可憐で純真な^^;文学少女だったあたくしは、中学生までにほとんどの文学作品を読んだのだけれども、今考えると随分無駄だった気がする。

だって、ただ字を追って読むだけで、内容も理解できない子どもだったし、理解していたとしても、大人になったらほとんどあらすじさえ憶えていない。(苦笑)

というわけで、中学生のあたくしが「刺青」なんぞを読んで、どんな感想を持ったかは永遠の謎なんだけど、どうやら曲がった道に入らずに、一応普通の性癖には育ちましたっ!(笑)


「刺青」が、1909年(明治42年)に発表された当時は、きっとセンセーショナルだったに違いない作品なんだけど、なんでもありの現在では、ストーリー自体は非常にシンプル。

ある彫物師が、美しい娘を誘い、薬で眠らせている間に娘の身体に女郎蜘蛛の刺青を施してしまうという物語。


この本を読んでいると、なんとなく「コレクター」という映画を思い出したり、最近の監禁事件などを思い出してしまうけれど、男性には、征服欲に付随して本能的にこういう願望があるのだろうか。。。


それにしても、この「刺青」の中で、彫物師よりももっと怖いのは、勝手に刺青をされてしまった女性側の心理なんだけど、それさえも谷崎の(男性側の)都合の良い解釈にすぎない。


文学的にも心理学的にも解釈をしようと思えばいくらでもとってつけちゃえるような作品なんだろうけど、あたくしとしては、単なる自己満足な性癖のカタルシスにしか思えなかった。(簡単に言えば爺(じい)行為^^;)


まあ、谷崎潤一郎プリゼンツ刺青!というモチーフに勝手に妄想を膨らませて、もっと甘美で妖しくて艶やかでいやらしくて哀しくて毒気があるに違いないなんて期待していたあたくしが悪うござんしたけどね。(爆)



谷崎 潤一郎
刺青・秘密
   ←こっちの方が面白かったよ~^^;
高木 彬光
刺青殺人事件


日本伝統刺青
TATTOO DESIGN BOOK ~世界の神々編~


エド・マクベイン, 高橋 泰邦
ハートの刺青

ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
コレクター