母の代理になること

 

 

ジェニファーが管理者更新を行った3ヶ月後の日曜日、バッグを抱えた彼女は工場横に建っている健の家に降り立つ。
家の裏からは飼っているニワトリの声が響いていて初夏の良い天気の朝だった。

ジェニファーの本体は幼稚園の催し期間のみ機能していたが普段はほぼ毎日、健の工場内でジェニファー専用の格納庫スペースに駐機していた。


「ジェニファー先生・・・あれ、今日は幼稚園お休みだよね。」
李李はドアを少し開けて目をこすりながら彼女に手を振った。


「ああ、今日からジェニファー先生はこの家で暮らすんだ。 パパは病院の工事だし当分帰れない。」

ジェニファーはしゃがむと李李の目線に合わせる。
「今日から先生ここに住むのよ、 いいかしら?」

「本当!・・・ママみたい。」

 李李は両手を挙げて喜んだ。

 

「カレナママはもう帰ってこないけど私が夜も居てあげる。 だから私のことをジェニーママって呼んでいいのよ。」

「はい・・・じぇにふぁーせん・・・じゃなかった。 ジェニー・・・ママ?」


健は駐車場から小型トラックに乗って家の前に停車し運転席の窓を開ける。

「ジェニー、僕は今から出るんだ。 あとを頼めるかな。」
「李李には朝ごはん用意するね。・・・健、もう出るの?」

「先月完成した中央病院のエレベーター工事に行く・・・月末の運用開始だから3日は家に戻れないなあ。」
「後でお弁当届けてあげるね。 チャーハンと野菜サラダでいい?」

「ああ、 コーヒーもポットにいっぱい入れて欲しいな。 作業が夜遅くまでだし。」
「大丈夫よ、 夕飯も別に届けてあげるから。 寝るのは現場の宿舎でしょ?」

「シャワーしか無いけどけっこう快適なんだ。 宿舎は最上階だからプレハブが風で飛びそうで少し怖いけどね。」
「怪我しないでね。 じゃあ行ってらっしゃい・・・李李、ホットケーキ焼いてあげる。 イチゴジャム入りのやつ。」

「本当!・・・パパのホットケーキはいつも焦げてるの。 ライゼルのほうが美味しいな。」
「じゃあ、ライゼルのホットケーキよりもっと美味しいの焼いてあげるね。」
ジェニファーはバックからエプロンを出して身にまとった。



翌朝、ドアのノックの音で扉を開けるとサファイアが立っていた。

<え?ジェニファー!・・・もう大丈夫なのですね?>

 

<サファイア!・・・驚きました、お久しぶりです。>

 

<驚いたのはこっちですよ。 健といつから暮らしているのです?>

<健とは入れ違いになったので。 今後は李李の母親代わりになろうかと考えています・・・でも健とはまだ入籍は・・・。>
<昨夜から健が工事で遅くまで居ましたから心配で李李の様子を見に来たのです。 だから彼も安心して作業が続けられるのですね。>

<はい。 これからは私が李李の面倒を見ます。 今後は李李の事は心配しないでください。>


サファイアは部屋の奥を覗きながら少し微笑む。

<李李はもう寂しくないですね。>

<はい。 健が現場に泊まる時は私が李李と一緒に寝ます。>
<李李には新しい母親が必用です。 再生人類で若くして配偶者を事故で失ったのは健が最初でしょうから。>

<私は健の後妻には絶対になりません。 ただ・・・。>


<まあ良いでしょう。 そのうち気が変わるでしょうから。>

サファイアは微笑みながら目線をそらせた <じゃあ健によろしく伝えてください。>

<今日から幼稚園が夏休みなので李李と公園墓地に行く予定でした。>
<あの二人の墓標にもですか?>

<はい。>
<ではタカによろしく伝えてください。>

<はい。 カレナと舞にも報告します・・・健と暮らし始めたことを。>


「ジェニーママ・・・だあれ?」 李李がぬいぐるみをぶら下げて歩いて近寄った。

「こんな朝にお客さま?」


「はーい、サファイアです。 新しいママが出来て良かったですね。」

サファイアは膝を曲げて李李と身長を合わせ手を振る。「起きたばかりでまだ眠そうですね。」

「うん。 ご飯も美味しいし・・・でも少しこわいの。 幼稚園の先生の時と・・・家の時とちょっと違うし。」
「ジェニファーは先生でもあるのですよ。 家でもちゃんとママとして言う事は聞きなさい。 いいお母さんになるでしょう。」


「ジェニーママ、お腹すいた・・・ねえ。」李李はジェニファーのスカートを引っ張る

「はい、 今朝はハムのバター焼きですよ。 早く食べて暑くならないうちにタカ爺のお墓参り行こうね。 舞ばーもきっと待ってるよ。」

「はーい、 じゃあ着替えてくるね。」

李李は走って自分の部屋に帰っていった。


<もう大丈夫ですね・・・どうしたのです。 私をまだ恨んでいますか?>
<いえ・・・タカは・・・。>

<きっと時間が解決するでしょう。 では私は本船内の病院で骨折患者の手術予定が有るのでこれで。>
サファイアは両手を広げると空高く飛び立った。


「さあ、早く朝ごはん食べましょうね。 お昼前にパパにお弁当届けないと。」

ジェニファーは奥の部屋に声を上げて李李を呼ぶのだった。