サファイアからの贈り物

 

 

日本時間の深夜 サファイアとジェニファーはミッションルームで話し合っていた。

<ですからサファイアからタカに一度説明する必要が有ると思うのです。 私に相談されても回答に困ります。>

<そうですか。 この問題はジェニファー、先にあなたの意見を聞いてからにしたいと考えたのですが内容的に重過ぎますか?>

<はい、かなり重いと思います。 そして多分タカはそのプランを認めないと思うのです。 他の方法への変更を希望します。>

<しかし今回のチャンスは二度と来ません。 何としてもこのプランに皆が納得してもらえるように調整しましょう。>

サファイアは立ち去ろうとしたがジェニファーも立ち上がり呼び止める。

<サファイア、 あなたを失えば皆が絶望します。 ここに暮らす人類の指導者として必要な存在です。>


<ジェニファー、あなたが私の後を継ぎなさい。 それにサードを失った今、長く存在できるのはあなたしか居ないのですよ。>


<私にはサファイアのような指導力はありません。 どうかご勘弁を。>

<自分としてこのプランで絶対決めたいと考えています。>

<そこまで決意は固いのでしょうか?>

<自分ではもうこれ以外に選択肢は無いと思います。 だからジェニファー、 あなたにも協力して欲しいのです。>


<サファイアのプランには全面的に支援いたします。 でも、今回もタカと舞の同意が不可欠です。 それにこのプランは悲劇的と言えませんか?>


<しばらく彼らには秘密にしておきたかったのですが。>


<暗殺指令の時のような勝手なプラン実行は困ります。 私はタカとは今後、隠し事を絶対にしないと約束しているのです。>

<影で動くことはもうしませんから安心なさい。 近日中にあの二人に説明いたします。 それでいいですね。>


サファイアは静かにミッションルームを去って行った。


サードが消滅してから19年が経過し、タカと舞も40代後半になっていた。


早朝には学校の教室に子供達が集まりサファイアの別端末やジェニファーは教師役になる日々が続いていた。 子供たちはタカと舞の孫達である。 「人工知能の教師」は子供たちに懐かれ平和が続いていたが、 人口増加と将来の食糧問題 また居住地への本格的計画もサファイアには気になっていた。


宇宙の旅は順調に続き、 多少の機関部の故障は有ったもののサファイアは銀河の大海を無事に航行する日々がその後も続く。 コロニーで増え続ける人類に全てが幸せに思われる退屈な日々でもあったが、 船内での農業研究をタカや舞の子供達が受け継ぎ、二人は相変わらず農園の中の小さな家で暮らしていた。

老化遅延処理を受けていたため基本的には二人の外観は地球離脱時と変わらなかったが性格も穏やかになり毎日サファイアと会わない日々も続くようになっていた。

サファイアは今回の問題解決に向けて翌日にタカと舞に会う事にする。


昼休み、夜に行う人工太陽の部品交換を控え、ダイニングでタカはコーヒーを飲んでいた。 サファイアが家のドアをノックすると舞はドアを開けて挨拶をする。「あら、サファイア! お久しぶりね。」


「出来れば今夜、お二人でコクピットルームに来て頂けますか?・・・重要なお話が有るのです。 きっとジェニファーも来るでしょう。」

「ああ、いいよ。 サファイア元気かい? この前調子悪かったランディングギアの油圧パッセージはもう大丈夫なの? 頑張っては見たんだけど、別のパーツじゃ合わなかったんだ。」

「はい。 不具合は解決できなかったのでシリンダーそのものを予備のシステムに切り替えました。 もう予備も少なくなってきたので私もそろそろ寿命とか考えるのです。 航行燃料は430年分近く残っていますがワープ可能回数はあと576回しかありません。 遠くの星系への旅はもう難しいでしょう・・・それでは今夜20時にお待ちしています。」

サファイアは一礼すると去って行った。

「ねえタカ。 サファイア、少し疲れてない? なんだか元気なかったよ。」


「あれで普通じゃないの? でも確かに24時間勤務で2300年以上仕事してきたんだから、いくら人工知能でも疲れるかもしれないね。 でも電話で済む内容なのにどうして来たんだろうな・・・さあて、太陽灯の交換準備でもするか。」



夜にコクピットへ二人が向かうと先にジェニファーも来ていた。

「こんばんわジェニファー先生、これ完成したの。 使ってね。」 舞は新しく編んだ帽子をジェニファーに被せた。
「舞、赤い毛糸はまだ余っていたの・・・もう残り少ないって言ってたから。」

「うん。 少ないけどどうしても赤で作ってみたかったの。」

「ありがとう。 似合うかな?」 ジェニファーはかぶってみる。「うん。ちょうどいい大きさね。」

「うん。 とっても可愛いよ。」


「サファイア、太陽灯は全数を交換したよ。 まだ予備は127個もあるし・・・ところで何か相談事でも?」

「はい。 お時間はよろしいでしょうか? 今夜は少し長くなります。」

サファイアは操作パネルから振り返るとテーブルに座り直した。


「俺は大丈夫。 舞も夕食が終わったからこのまま居ても平気だよね。」
「うん。 何か大きな問題なの?」 舞もタカの隣に座る。

「はい。 出来ればOKしていただきたい話なのです。 お二人のお孫さん達のためにも重要な事なのです・・・。」
二人はサファイアを見つめ静かにうなずいた。


「では説明致します。 お二人にお孫さんが6人生まれて私の船内では12名の人類が現在生活しています。 あと30年以内にこの人数は40から60名に増えます。 この数は近いうちにコロニーの農園における食糧生産能力を越えます。 このままでは将来食料不足は避けられません。 定期的に連邦軍と意見交換通信は行っていますが、このたび良い情報を得られました。 居住権を得られる星が見つかったのです。」


「え・・・居住権? 住める星があるの?」 舞は少し嬉しそうに言った。

「はい。 現在の位置からあと4年後に通過する星系にあります。 連邦言語で(惑星ゼロ)といいまして正しくは人工開拓惑星ですが地球と同じ住居環境と商業設備が揃っています。 検疫証明と費用を支払えば居住権が得られます。
もう連邦軍からはお2人の移住許可は下りていますし。」

「サファイア、 以前は居住権が困難だから住めそうな惑星の衛星軌道での停泊権がいいと言ったよね。」

「お金の問題です。 一人当たりの移住費用が決まっているので・・・でも現在持っているコインデータでは軌道停泊権には足りません。 私達は船の維持費として実費しか連邦軍から支給されませんから全員の移住費用が足りないのです。」


「タカ、おかしいよ。 サファイア、今、移住って言ったよね。」
「うん。 確かにそう聞こえた。」

「はい、移住です。 私から下船して惑星で皆が暮らすのです。」


「ちょっとまってよ。 サファイアはどうなるの?・・・確かに移住は私達の夢だけどサファイアも一緒でなきゃ嫌。」

舞は立ち上がって大きな声で言った。


「そうだよ、君はどうなる。 地上に一緒に着陸するのかい? 君は重力の大きな惑星では二度と離陸できなかったんじゃないか?」


「サファイアはこう考えているの。」 ジェニファーが説明を加えた。

「自分を廃船資材として売って、その費用で地上生活権を稼ぐ考え。 つまり自分をスクラップとして売るつもりなの。」


「サファイア、そんな事考えられないよ。 今まで一緒に旅してきたじゃないか。」

「タカ、舞。・・・あなた方お二人を宇宙の放浪者にしてしまった原因は私にも有るのです。 ですのでこうして安住の地をあなた方にお渡しするのが私の最後のミッションとして考えて来ました。 そしてこの星は私が短期間に通過する航路の中で事実上最後です。 
人口の増加限界まで時間も残り少ないのです。 多くのプランを検討しましたが他に良い方法は有りません。 それとも全員が旅の途中で餓死しますか?・・・航行可能距離計算ではこの星を通過してしまったら次のチャンスまで70年以上はないでしょう。 それまでに全員が食糧不足で死亡します。」


「食料の備蓄はかなりあるはずだし、その惑星でいっぱい食料を買えばいいじゃないか。 エージレス装備は充実しているのだからね。」


「例え100年分あっても惑星ゼロを越えて20年から30年後に不足が生じるはずです。 人口増加率から次の人工惑星に到着する前に100%全員餓死します。 私の人口加速計算に間違いは有りません。」


「危なくなったら時間がかかっても70年先の距離へワープすれば良いじゃないか。」


「更に人工が増加して移住権が高くなりますよ。 人数が少ないうちに早めに移住してその惑星で事業なり収入を考えて生活しないと外貨なしに私の船内で人口増加することは破滅の道を進む方向になります・・・現在でも移住予算がギリギリなのです。 決断するのは今しか有りません。」


二人とも声が出なかった。 たしかに今ではタカと舞以外に多くの子供達もコロニーで暮らしている。 そしていつかはこの日が来ることは予想していたからだった。


「引越しって・・・大変なのかい?。」

「いえ、私はその星に一旦着陸します。 検疫手続きを終えればカーゴブロック・・・つまりコロニーの球体ユニットを分離します。 一旦分離したら二度と戻せませんがコロニーだけ外せますし、私は重量が軽くなるので離陸出来ます。」


「その離陸が最後のお別れって事かな?」

 
「はい。・・・多分そうなります。 離陸後は資材業者に私を引き渡し再生資材として対価を得ます。 多分その費用で移住後の21年分程度の資金もできます。」


「サファイア、全員の餓死は避けたい。 でも君だけスクラップとして売られてゆくのも嫌だ。 そうまでして移住したくないし資金の余裕は21年分だけじゃないか。」


「私は遠い過去に廃棄処分となっていたはずの身です。 今まで皆様のお役に立てた事・・・それだけでも満足です。 どうしても私のことを忘れたくないのなら、この端末の体だけ置いてゆきます。 たまに私の姿を見て思い出してもらえれば十分です。」


「そんな・・・動かなくなった君を見ながら生きるの嫌だよ、 あと4年あるんだ。 ここで結論を出さずに考えよう。」


「いえ。 他に方法は有りません。 私が全て調査し計算した結果です。 それに移住審査と検疫手続き待ちに最大3年以上かかりますから残された時間はそれほど有りません。 あと半年以内に結論を出さなければ手遅れになります。」


「説明を・・・ありがとう・・・私は帰る・・・。」

舞は静かに席を立った。 「おやすみなさい・・・サファイア。」

「また明日来る。 じゃあお休み・・・ジェニファー先生もな。」
帰る二人の足取りは重かった。


夜間の農園への道は暗く、植え替えたばかりの野菜の苗が夜空に光って美しかった。 タカが一人で家まで歩いているとジェニファーが走って来る。

「タカ・・・話があるの!」

「なんだよ。 今夜は誰とも話したくない。」


「私を売ってよ! 移住権はそれで賄える。 サファイアは船のまま地上で暮らすことになるけど・・・皆にサファイアは必要だから。」

ジェニファーはタカの両肩を持って言った。「私にサファイアの代わりは務まらない。」


「君を売ってか?・・・そんな事が出来るわけはないだろう。 お前は俺と一緒だ、地球で約束したはずだがな。」

「私は新しいオーナーにめぐり会って新しい生活に慣れるように努力する。 皆と別れるのは辛いけど私が売れれば少しお金になるよ。 サファイアが居なくなれば私も燃料補給が受けられないから宇宙船ではいられなくなるし。」

「また身売りの話かよ・・・もういい。 気持ちだけ受け取っておくから・・・おやすみジェニファー先生・・・お前、いや、君はみんなの先生だ。 いつまでも子供たちの近くに居て欲しい。」


タカはジェニファーを振り払い家路をゆっくり歩いた。

「ねえ、タカったら。 ねえ聞いてよ!・・・タカのバカ!・・・みんなで死んでもいいの?」
ジェニファーは水門の横で大きく叫んだ。



「タカ・・・もう寝た?」


「いや。まだ。」


二人は自宅の小屋の大きな木のベッドの中で天井を見ていた。

「サファイアのお話。 多分、他に方法はないみたいね。」

「ジェニファーの奴、自分を代わりに売ってくれってさ。 どの道サファイアが居なくなれば燃料の補給も出来ないって。」

「みんないい人ね。」
「いい人工知能だね。 的確だし・・・的確すぎちゃうけど。」


「移住権、いくら足りないのかな。 今度聞いておこうよ。」
「そうだな。 少しなのか、沢山なのか・・・少しなら稼ぎたいな。 何とかして宇宙で稼ぐ方法を考えなくちゃ。」

「無理よ、スーパーコンピューターが考え尽くしたんだよ。」
「いや。ある・・・ 絶対ある。 サファイアに思いつかない方法が。」


「うん。 がんばって考えてね・・・私、サファイアとお別れしたくない。」


「ああ。 何とかしなきゃ、 今まではサファイアが俺たちを守ってくれた。 でもこれからは俺達がサファイアを守る番だと思うんだ。」

タカは朝まで考え続けて夜を過ごした。 やがて人工太陽が上がり、翌早朝に彼は一人歩いてコクピットルームに向かった。



「居住権費用の不足額ですか? 移住する人数によりますが、今のままならそんなに高額な不足は発生しません。 私の売却価格は当面惑星で暮らす生活費も含まれているので余裕も必要なのです。」

サファイアは予算データをスクリーンの画像で確認した。


「人口抑制だ。 今日からすぐ。 子供は当分作らないように皆に伝えてくれ。 もし子供を作ったら罰は労働刑だ。」


「刑罰が適切かどうかは分かりませんが皆にそれを提示する必要は有ります。 タカはこの船の指導者でもあるのですから。」


「指導者は君だろう・・・でも説明は俺から皆に伝える。 この説明は俺が適任だ。 嫌な奴はこの船から降りろって。」

「考え方としては間違ってはいませんが船外追放は言いすぎですよ。」

サファイアは少し笑いながら答えた。「地球人類としての家族なのですから。」


「なあ、つまらない話だけど二つアイデアを考えたんだ。」

「それはお伺いしたいところです。」 サファイアは微笑みながら座り直した。

「名案だと良いですね、 是非お聞きしたいです。」


「皆でこれ以上子供を作らない。 ならばこのまま旅を続けても問題は無いわけだ。」

「それはいけません。 子供をこのまま定員で安定させるのは不可能です。 ある一定の数を越えると爆発的に増加します。 今が数値上の分岐点なのですから私は今回の移住をチャンスと考えているのです。 それに移住しないという選択肢は永遠に私の船内で生き続けるのでしょうか? 何のための旅なのです? いつか新しい人類と世界を作るためにどこかで増える必要が本来の目的でしょう? 人口制限を急にかけると船内は全員が高齢化して年寄りでいっぱいになりますよ。」

「ダメか・・・じゃあ二つ目のアイデア。」


「もう最初のアイデアは破棄するのですね。」 サファイアは呆れた顔をする。

「次は何でしょうね・・・先ほどのアイデアは私の基本プラン候補にすら達しませんでしたよ。」

「じゃあその惑星ではどんな生物があるんだい? この船にも鳥とか魚とか居るだろう。 少し減ったけど、これって高く売れないのかな? ザム総統が受取拒否した人工冬眠中の大型哺乳類も200種以上あるし。13000種類の小型動植物も載っているんだ。」

「小惑星対策の対価報酬として積んだ動物と、コロニーで寄生的に生息している小動物の事でしょうか? コロニー内で勝手に増えた昆虫や爬虫類などですね。」

「うん、 価値があるなら売れるかもしれない。 人口冬眠中の動物は連邦軍幹部が欲しがっていたくらいだからね。」

「それを売却して良いのですか?・・・二度と旅先で動物は再生できなくなりますよ。」

「そう。 売っちゃう・・・今使わずにいつ使うの? このまま積みっぱなしで君と一緒に宇宙の廃棄物かい?」

 


サファイアの表情は明るいものに変わった。

「そうですね・・・これは名案といえるかもしれません。 私は資材や設備を費用にする案ばかり条件設定をしていました。」


「積んだ動物は変なものも多いけど少しくらいは価値があるかも。 最近作った酒もある。 新しく改良した酵母菌の新製品、移住先に酒好きがいればいいんだけど・・・量は少ないけど去年出来たワインも旨いよ。
味噌や醤油、ぬか漬け、納豆も美味しいしさ! 舞が農園で作っているイチゴやマーマレードジャムは幼稚園のガキどもの大好物だし。」


高速思考処理のサファイアも僅かな時間だったが考え込んでいた。

「現在シミュレーション中です。 少し時間を下さい・・・。」 サファイアは目をつぶる。


「生物とか発酵、加工の有機体や食品ですね?・・・それは全く考えてみませんでした、 早速市場を調べてみましょう。 もし価値が有るとすれば有利なことです。 移住した後も生活するための費用が必要ですから、全員に生計が立たなくては命は続かないでしょう。」


「早速調べてみてくれ。 コロニーの下半球にはワカメや昆布、カニとエビ、ペンギンやイルカもいるんだ。 是非高く売れると嬉しい。 長く管理してきたから高く売れれば君やジェニファーを売らなくて済むしね。 価格交渉は君がしてくれ、 必要なら人材を割り当てて増産、繁殖させる手段もある。 ジャムやマーマレードも売れれば地球本場の味のパン屋くらいはできるだろう。 行列のできる店っていいんだよな。」


「タカはすばらしいプランナーですね。 私は41万以上のプランを考えましたが全て自分を結果的に資源売却する方法以外に結論を見出せませんでした。 有機体の思いつく発案とは私も驚くものがあります。 サードに有って私に無かったものは奇抜なアイデアです。」


「バカじゃないと思いつかない事もあるさ。 さあ、急いで準備を始めてくれ。 舞と一緒に現存する生物リストを動植物の調査で作成する。 個体数が足りなければ養殖って手もある。 俺って昆虫博士なんだよ!」

「はい。 では存在調査をお願いいたします。」



サファイアは搭乗生物や加工食品の販売データ製作、 移住先惑星の生物販売実績調査などに取り掛かる。

タカと舞はこの日から農場や生物繁殖池の調査を開始していた。 夜行性の生物もあるので夜間も調査は続けられたがデータは種類や状態を確認してサファイアに伝えられる。 最終日までに概算で3400種類を越える数がまとまった。


「タカ、 驚くべき結果が得られました。」 数日後に売却予測データを確認したサファイアは夜にタカの家を訪ねる。

「タカの発案は素晴らしいです。 私の船体売却予想額をはるかに超えた金額提示が出ました。 しかも数十倍とか言う予測です!」


「サファイアが興奮するなんて珍しいね。 高く売れるのものでも見つかった?」 二人とも夕食中だった。

「管理している動物の大半は先方の惑星でも存在しますが、こちらのほうが原種としての付加価値で高騰が期待されます。 野鳥も入れると・・・そうですね。ジェニファーが新品で847機以上も買える価格に相当します。
私と同クラスの程度が良い大型輸送船の中古が買える値段です。 アルコールは一部種類が販売できませんが許可を受ければ制限枠の中で認められているものが有ります。 しかも超貴重品扱いです、高いものだとワイン2瓶でジェニファーが1機買えます。」

「おい、そんなこと言われると酒が飲めなくなっちゃうよ・・・許可をもらえればその星で酒屋とか商売が出来そうだね。」

タカは笑った。

「検疫後の条件になりますが、うまく行くと長者になれるかもしれませんね。 調査結果では池の近くに住んでいるシマヘビ一匹でジェニファーが1機買えます。 ファリルから持ってきたウシガエルは1ペアでジェニファー4機も買える値段に相当しました」


「わあ・・・ジェニファー聞いたら怒るだろうなあ。 地球から逃げるように出てきたんだけど動物も無理に積んだものじゃなくて当時対価として厳選されたものだし他の小動物はもともと君の船内で勝手に繁殖したものも多いのだから君の功績だと思うよ。」

「いえ、生物保存評議会のおかげです。 小動物の捕獲輸送は当時の仕事だったのでタカの言う明治時代の小動物も多いのですし野菜や貴重な植物も有望です。 舞の品種改良品も数が増えましたから。」

「とにかく移住の審査と検疫手続きを頼む。 君の衛星軌道での停泊権も得られれば俺達一生、家族の子孫もこの星で生きられる。 君もジェニファーも仕事が忙しくなるぞ。」


「審査手続きを早速進めましょう。 順調ならタカの言っていたように繁殖チームを組んで新しいビジネスにつながると良いですね。 惑星ゼロの衛星軌道で私のコロニーは地球生物の工場となりそうです。」

「舞、新しい惑星で酒屋とかパン屋、動物園や植物園、ペットショップ出来たら儲かるかもしれない。」

「タカ、良かったじゃない。 イモリとか鶏も売れるの?」


「ああ。 ハエとか毛虫も、ひょっとすると雑草とかも高く売れるかもしれないよ。 本船のコロニーは宝の山かもしれないってことだ。」



翌朝タカは自分の子供達3家族を集め、状況と未来の可能性を説明した。 サファイアも同席し移住に関する細かい今後の予定説明が行われた。


「ねえ・・・タカ、私って蛇やカエルより安いんだってね! 絶対に納得出来ない。」

ジェニファーは会議室の後部で手を振り大きな声で抗議する。「私の機体で値段の価値の比較はやめてよね!」


「君が安いんじゃなくて蛇やカエルが高いんだよ!」

「ひどいよ・・・私がウシガエル以下なんてさ・・・」


舞はタカに耳打ちする

「ねえ、ジェニファーにちゃんと謝ろうよ・・・きっと深く傷ついてるよ。」

 

「多分、そうだよな・・・」




3年が経過し、移住審査や動植物販売計画は軌道に乗りそうな気配だった。1家族とタカ、舞は動物達の繁殖を優先する計画も立てた。 そんなある朝サファイアとジェニファーがタカの家を訪ねる。

「タカ、 良い話と悪い話が同時に有ります。 どちらから聞きたいでしょうか?」

「悪い話から聞きたい。 計画に何か問題でも?」

「移住する惑星の問題ではありません、こちらは順調です。 先月審査も完了し、私の停泊権とジェニファーの商用航行権も取得しました。 動物販売の許可も検疫準備手続きも始まっていますし販売のための資金融資計画も問題ありません。
来月はジェニファーでサンプル出荷予定も立っています。」

「なら何の問題も無いじゃないか?」

「地球の情報が入ってきました。 極めて深刻な話です、動揺されないように心の準備をしていただきたいのです。」



「地球がどうかしたのかい? 我々にとって地球はすでに過去の存在だよ。 もう二度と帰らない場所だし。」

タカと舞は顔を見合わせる。

「移住先の惑星ゼロにも動植物保存評議会事務所があります。 今回そこが買い取りや管理を行う窓口です。」

「うん。 前に聞いた君が以前働いていた関連組織の一部だよね。」


「動植物の売却価格が最近更に高騰したので原因を調査しました。・・・最終確認が出来ていませんが地球の生物が絶滅したらしいのです。」


タカと舞は驚いて同時に立ち上がった。

「ええっ・・・何だって!?」 しばらくの間沈黙が流れる。


「話を続けてよろしいでしょうか? 地球で大きな戦争が有ったらしいのです。 病原菌の生物兵器が使用されて人間を含む動物全てが死滅しました。 公的報道にも細菌戦争だった可能性としか情報はありませんが。」


「本当に人類は死んじゃったの?」 舞は椅子に座りながら暗い表情で聞いた。

「私の家族・・・お母さん・・・」

「はい、そのような報告を受けています。 もし情報が正しければ地球人類は今、ここにいるだけです。」


「人類がたったこれだけかよ。 それも俺と舞の子孫だけじゃないか。」

「移住対象動物・・・つまり人間も高騰した存在になってしまっているのです。 ここに居る12名が地球人類の残された最後の種子となってしまいました。・・・動物どころか皆さんにも希少価値が生じています。 転売目的で誘拐されないか心配な部分も有るのです。」


「地球は本当に死んじゃったのかい?・・・まだ地球を出発して30年ちょっとしか経っていないじゃないか?」

「植物や地表環境は大丈夫です。 164日前に評議会の調査団が残存するウイルスの安全宣言を出しました。 しかし戦争で死滅した動物は復活しないと判断して太陽系は動物生存区域としての価値を無くしました。 すでに調査隊も撤退して現在は無人の惑星です。」


「うう・・・それは・・・相当悪い話だね。 あともう一つ良い話って」

「銀河連邦軍本部からタカと舞、私達全員に太陽系へ帰還の許可が下りています。 地球へは皆で帰れるのです。」


全員に静寂が流れたが沈黙を破ったのはジェニファーだった。

「ねえ、舞・・・タカ・・・地球に帰ろうよ! 動物達を持ったままさ。 積んでいる動物達もここで暮らす家族達も皆で地球に帰る運命だったのではないの? 地球を追放された私達は偶然にして生命体のバックアップになったのよ。」


「これじゃあまるでノアの箱舟じゃないか。 サファイア、 君は宇宙の箱舟なんだよ。 聖書とかにそんな話があるんだ。」

「空想の民話ですね・・・私からコメントは出来ません・・・宗教の話はしないでください。 小惑星対策の報酬予定生物ですから神の行為とは異なりますし。」


「理由は違うけど結果は同じだよ・・・俺も、舞も、アダムとイブになっちゃってるし。 これじゃまるで聖書の話だ。 どこがどう違うんだよ!」


「それは偶然の結果ですから宗教に結びつけるのはやめなさい・・・それより今すぐ地球へ戻るかを検討する必要があります。」


「少し考えさせて欲しい。 人類を遠い宇宙で増やしたり新しいビジネスチャンスも有ったけど・・・結局俺達が小惑星から守った地球人類は長生きできなかったんだね。 悲しいよ・・・何のためのサファイアプロジェクトだったのかな。」

「例のプロジェクトはまだ完了していない事になりました。 目標は地球で生物、人類を再生させるまでが含まれます・・・場所は地球とは限っていませんが。」

舞はテーブルに顔を押し付けて泣いていた。
「お父さん、お母さん・・・雷太・・・正則兄さん・・・。」

「少し休みな・・・。」 タカは舞を立たせて奥の寝室へ歩く。

「なあ、俺達って仕事はまだ終わっていないんだね。」

サファイアは寝室の入り口で下を向いたままだった。
「そうですね・・・小惑星から地球を救い、さらに人類のバックアップまで支える運命にあるわけです。」


「以前ご説明したかと思うのですが・・・銀河連邦が地球人類を連邦同盟に参加させなかった理由です。」
「宗教戦争が世界を滅ぼすって話かい?」


「宗教を保有した文明は必ず自ら滅びます。 銀河系に存在する多くの知的生命体で宗教を持つグループは必ず消滅すると言うデータは確かですから。」

「怖いのは小惑星ではなくて宗教や戦争の方だったのかな。」


「とりあえず生物の売却計画は保留にして計画を練りなおしましょう。」

「少し時間が欲しい。 目的の惑星到着まであと7ヶ月くらいだったよね。」
「はい。 プラネット・ゼロの周回軌道接触まで192日と14時間46分です。」

タカはふらつきながら奥のベッドに横たわる。 舞はベッドの枕に顔を埋めたまま何も言えない状態だった。


<サファイア、お二人のショックは相当なものです。 大丈夫でしょうか?>


<時間が解決してくれるでしょう。 移住計画は多分中止になるか一部家族だけになると思います。 しばらく二人はそっとしてあげましょう。 彼らには考える時間が必要です。>

サファイアとジェニファーは静かに二人の家を去った。