サードへ最後のミッション
サファイアの大修理が終わり2年が経過した11月の初め、予定より大幅に麦の収穫が遅れていた。
「今日も間に合いそうも無いな。 サファイアに頼んでコロニーの季節管理を遅らせてもらおうか。」
「だめだよ。 どんどんずれてったら、そのうち季節が一年回転しちゃうしコロニーのカレンダーは厳守しないと。でもサード遅いね、 今日も手伝ってくれるって言ってたのよ。」 舞は汗をぬぐいながら麦畑で水筒の水を飲んだ。
「何か急用とか出来たんじゃないの? 最近早めに戻っちゃうし・・・それに最近体調悪そうだったな。」
「ええ!そうなの?」
舞は驚いた表情で手を止める。」
「サードでも具合が悪くなることあるんだ! 私は知らなかったのよ。」
「この前は2回も装備の運搬作業中に倒れたんだ。 サファイアに聞いたら今度精密検査するって。」
「サードも疲れているのね。 だって彼、休みなんか無いじゃない。 私達は地球カレンダーで日曜日が有るけど。」
「端末は機械だけどサードの頭脳システムは半分は生体だから具合でも悪くなったんじゃないのか?
きちんと休ませてあげないと死んじゃうかもよ。」
「そうね。 刈り入れ終わったら少し休ませてあげよう。」
舞がそう言いながら麦の束をカートに乗せて乾燥室へ移動しようとしたときジェニファーが飛んで来る。
「タカ、サードが当分は作業できないと伝えて欲しいって。 それと今朝方サファイアから少し深刻な情報を受け取ったから心配で。」
「サードが病気とか?」
「病気ではなく、機能終了が近いらしいの。」
「機能終了? タルタのテラみたいにかい?」
サードはコクピットルームの階下にある端末準備室のベッドに寝かされていた。
<サファイア、私はもうすぐ消滅するのでしょうね。 予定よりかなり長くは生きてきましたから。>
<その可能性が大きいです。 有機体モジュールの損傷細胞が87%を越えています。 このままの加速度的に損傷が増えると本船カレンダーで106日程度に機能異常を起こすでしょう。>
<それはだけは避けたいですね。 早めに機能終了予約を設定したいです。>
<計画的な機能終了の予約設定には船長タカの同意が必要です。>
<私の脳幹部の機能異常の危険性をタカは知っていますか?>
<多分知らないでしょう。 彼の性格から推測してまた同意に強く反発すると予想しますが。>
<この件は先にサファイアから説明していただけますでしょうか?>
<そのつもりです。 一応は説得に頑張ってみますが私からの説明をタカが理解しない場合はあなたから補足しなさい。>
<わかりました。 それではお願いいたします。>
<休んでいなさい。 二人のところに行って来ます。>
サファイアは検査室から出て行った。
夕方にサファイアはタカと舞の住んでいる小屋を訪れる。
「タカ、 居ますか?」
「あら、サファイアじゃない。 今、タカはお風呂なの。 後からサードの件で行くって言ってたよ。」
舞は夕食の準備をしていた。
「舞にも説明が必要です。 では夕食が終わったらお二人でコクピットルームまで来てもらえますか。 お待ちしてます。」
「じゃあ、21時ごろ一緒に行くから待ってて。」
「それでは後ほど。」 サファイアは小屋から出て行った。
タカと舞は予定時刻に揃ってブリッジのコクピットへ出向いた。 そこにはジェニファーも来ていてサファイアは席を立って二人に着席を求める。
「ねえ・・・サードに何か有ったのかい?」 タカは心配そうに訪ねる。
「最近体調を崩しているって聞いたけど。」
「彼には機能終了がまもなく訪れます。 そのことで説明をお二人にしなければと考えています。」
「機能終了って死んじゃうことかい?」
「心の死が近いの。 サファイアや私にもいずれ訪れるけどサードはもうすぐ消滅するの。」
ジェニファーは静かに言った。「機械端末でも脳の寿命って仕方がないのよ。 彼は混成だし・・・」
「何とかならないのか? 宇宙の先進技術でさ、治療や改造するとか? 連邦軍の病院で手術するとか。」
「タカ、あなたにサードへの改造技術をここで説明するつもりはありません。 これは不可避な事です。
人間にも寿命があるように人工知能や混成人工知能にも寿命の限界が有るのです。」
「・・・わかった。 ずいぶん前に少し聞いてるから・・・タルタのテラやカレンみたいにサードはもうすぐ死ぬんだね。・・・とても残念だけど。」
「わかっていただけますか。 できれば機能終了予約に同意して下さい。」
「機能・・・予約? 同意って何さ?」 タカは声を荒げた。
「おい、まさか手動で停止させるのかい?」
「彼を安全な時期に安楽死させる事です。」
タカは急に席から立ち上がる。
「まだ生きているうちに殺すのか! 最後に自然な死は与えてあげないの? タルタのテラやカレンは静かに最後まで生きて死んでいったよ。」
「サードは有機体脳の混成ですから連邦軍形式の規則で死を迎えます。 ルール上、船長としてのあなたの同意が必要です。」
「いやだ、親友の安楽死には同意出来ない。 断る!・・・なんでそう言う時ばかり俺が船長なんだよ。」
「あなたの職務責任範囲です・・・それにサードが今後に苦しんでもですか?」
「・・・それを緩和する方法を考えたい・・・サードが死ぬことは仕方が無いよ。 でも自然な・・・最後のときまで頑張らせたい。」
「それは無理ですタカ、 あなたにどう説明したら良いのか私も方法が見つかりません。 もしあなたが同意しない場合は私の権限で機能終了予約設定を行います・・・出来ればあなたの手で予約設定をして頂きたったのですし彼ももそれを望んでいたのですから。」
「何度言っても断る。 親友の死へのボタンを押す事なんか出来ない・・・舞、帰ろう! こんな馬鹿げた話に付き合えない。 サファイアが殺したいのなら君が勝手にやれば良いだろう!」 タカは舞の手を無理に引いて部屋から出て行った。
<やはり無理でしたね。> ジェニファーは下を向く。
<予想通りですが何度か説得しても理解が得られない場合、 最終的に私が代行します。
でもサードはタカに設定ボタンを押して欲しいと言うのです。>
<人間とは、思うように行動してくれませんね。 タカには絶対に理解は無理だと思うのです。>
<仕方が無いでしょう、 私達の思考とは大きく異なりますし別の方法を検討します。>
翌日タカはサードの部屋を訪れるがサードはそこには居なかった。 彼の自宅の部屋はコクピットの下の低い階層にある昔の居住区の端だった。 照明もなく、暗いその部屋には本が数冊あるだけの家具もなく狭い部屋だった。
通信カードでジェニファーを呼び出すが彼女にも繋がらなかった。
「二人ともどこへ行ったんだろう?」
その頃ジェニファーは舞と話していた。
「今夜20時にタカに伝えてね。 ポートでサードと待ってるから。」
「タカにそう伝えれば良いのね・・・わかった。」 舞は夕食の準備をしながら返事をする。
「サードの機能終了のこと?」
「うん、 タカが納得してくれないの。 サファイアが困っちゃって・・・」
「あの性格から見て難しいわね・・・絶対OKしないと思うよ。」
「舞から説得してもらえればいいけど。」
「無理、 だってとっても頑固なのよ。」
「そうね、怒ると制御できなくなるし。」 ジェニファーは席をを立った
「じゃあ待ってるってだけ伝えてね。」
タカは指示通りに夕食を済ませ右舷1番ポートへ出向く。 ジェニファーの船が格納されているプラットフォームである。
「タカ、 お待ちしていました。」 ジェニファーに抱かれたサードは片手を振って声をかけた。
「サード!・・・歩けないのか?」
「はい、 右半身が全く作動しません。 端末の故障ではなく脳の壊死部分が拡大したらしいのです。」
「タカ、 サードが私に最後に乗りたいって言うから今から本船の外を飛ぶの。」
ジェニファーはエアロックからサードを抱いて乗り込んだ。「あと10分ちょっとで出るからね。」
「私が遊覧飛行をお願いしました。 目もいつまで見えているか判りませんしサファイアの周りを飛んでいただけるようにと。」
<ジェニファー、 今からタカは私が説得します。 ですのでR0116デラスほどゆっくり飛んでください。>
<はい、 サファイアの飛行許可はもっと頂いていますから大丈夫です。>
「なあサファイアはこんな時間に飛んで良いって言ったのか!」
「うん、大丈夫。 この星系は小惑星が多いから本船も減速してるし安心して。」 ジェニファーは笑った。
「置いてきぼりにはならないよ。」
「違うよ、サファイアの飛行許可はとったのかって聞いてるんだ。」
「私からお願いしました。 23時まで発着許可は頂いています・・・さあ、少し遊覧飛行しましょう。 私にとって最後の飛行かと思うので。」
「そんな・・・。」 タカは不機嫌そうだった。
<サファイア、 全員搭乗しました。 エアロック閉鎖します。 エレベーターを上昇させてください。>
<タカが理解してくれると良いですね。 ではギヤロックしなさい。 上昇後に格納扉を開きます。>
<R0116デラス程度の予定で帰投します。>
<では離陸を許可します・・・いってらっしゃい。>
「ねえタカ、 サードを席で抱いてて。 彼はもう自力では固定できないから。」
ジェニファーは故意にサードをタカに抱かせる。
「あ・・・・ああ、 ひざ抱っこで良いのかな。」 タカはサードを膝に乗せて一緒にベルトを締める。 歩くことの出来ないサードを抱いたのは初めてだった。 「君は思ったより軽いんだね。」
「はい、 私とサファイアは珪素樹脂系とカーボンファイバー構造ですから金属は使われていません。 ジェニファーは金属が多いですが。」
「確かにジェニファー重いもんな。」
「失礼ね、 私50kないもん。 サードは15k以下だと思うけど・・・メインエンジンブースター加圧完了。 スラスター点火します。」
ジェニファーはサファイア本船から離脱した。 恒星が無い区域だったが小惑星が多く星はいっぱい輝いていた。
「おい、どこまで離れるんだ。 サファイアがあんなに小さくなっちゃったぞ!」
「少しお散歩。 だって飛行予定は2時間もあるのよ。 大丈夫!そんなに遠くまで行かないから・・・往復で1500キロ位かな。」
「タカ、 私はいつまでこうしてお話できるかもわからないのです。 目も、耳も、声も・・・だからあと僅かな時間を皆と静かに過ごしたいのです。」
「あ、 うん・・・このまま衰弱してしまうのかい?」
「いえ、意識障害を起こします。 早い話が精神が正常ではなくなります。 私は人工知能と有機体脳の混成構造ですから有機体部分が一定領域が死ねば人工知能部分が安定して管理できなくなります。」
「サファイアとかジェニファーは最初から人工知能100%だけだよね?」
「あの2体は最初からコントロールを自分で出来るように作られています。 私は自律動作を有機体脳で制御する構造になっていますから脳の寿命からは逃れることが出来ません。」
「よくわからないよ。 とにかく正常な意識を続けてゆくのは難しいんだね?」
「そうですね。 表現は悪いのですが、このままだと発狂しかねません。 サファイアに武器動力を切ってもらいますが、自分がわからなくなってタカや舞に危害を与える可能性も有るのです。」
「精神の障害?」
「はい、そういうことです。 自分の心が次第に死んでゆきます。 今は物理的に体がうまく動かせない程度で済んでいますが損傷細胞の拡大が進めば残った部分の細胞が全ての機能をカバーできなくなります。
先日の検査で87%が死滅していることがわかりました。 94%を越えるのはあと106日以内です。」
「どう答えたら良いのかわからない、 あと3ヶ月ちょっとなんだ。」
「はい。 自然な機能終了が来る前に時刻をセットしてシステムを強制終了させなければなりません。 その作業をタカにやっていただければ私は嬉しいのです。」
タカは表情を濁らせた。 サードの目を見つめる。
「サファイアが言った安楽死って言う奴? 予約機能終了とか言ったかな。」
「そういう事です。 是非あなたの手でお願いいたします。 そうすれば私は安心して死を迎えられます。」
「辛いな・・・どうしても俺の手で操作した方がいいのかい?」
「是非・・・タカにやって欲しいです。 もう200年以上兵士として生きてきました、 当初の計画では小惑星のミッションが終わった時点で軍の施設へ行く予定でした。」
「サファイアも解体工場へ行く事になってたね。」
「ジェニファーを除く我々は生涯で最後のミッションとしてお受けしましたが予定外な放浪の旅に出たので・・・。」
「逃亡騒ぎで施設へ行けなくなっちゃったんだね・・・施設でゆっくり出来たのに。」
「いいえ、本当は施設へは行きたくはありませんでした。 ですから最後までお二人のもとで働くことが出来て幸せだったと思います。」
「俺にして欲しい? その予約何とかって言うやつ。」
タカは膝の上のサードの髪を優しく撫でる。
「はい。 ぜひタカの手でお願いします。」
「終わったら? 君の体は? 脳は?」
「思考ユニットは有機体を含むので近くの星に埋葬されるでしょう。 この端末と一緒に。」
「思い出に体の端末は残してくれないの?」
「いえ、体も一緒に埋葬されたいです。 連邦兵士としての習慣だと思ってください。」
「農場に墓を作ってはいけないの? カレンの墓標は水路の横にあるよ。」
「いえ、 兵士として船外を望みます。 多分近くを通過する惑星のどれかになるかと。」
「君ををひとりでそんな寂しい場所に置いて行けないよ。 地球では友の墓は何度でも見たいものなんだ。」
「最近は平和の日々でしたが最後は兵士として死ぬことを望みます。 星が好きなので星空が見える広い砂の上がいいです。 永遠にそこで静かに眠りたいのです。」
「うん・・・判った。 予約セットを俺がすれば良いんだね・・・舞も一緒にするから。」
タカは涙が溢れてくる。 サードは動く方の手でタカの涙に触れた。
「はい。 私は幸せです。 さあ、もう少し宇宙散歩をしたら本船に戻りましょうか。」
「うん・・・帰ったら俺から・・・サファイアに話してみる。」
タカの目からはさらに大量の涙が流れる。
「・・・ 。」
「ありがとう御座います。」
サードはスクリーンに映る船外の星々を見ていた。
<サファイア、 タカには納得して頂けました。 推奨日付を調べておいて下さい。>
<サード、お疲れ様です。 意外と早かったですね、まだ時間が少ししか経過していません。 タカはどうしても私の説明では動いてくれないのですがあなたの言うことすぐには聞くのですね。 私には管理能力が足りないのでしょうか。>
<多分あなたの事をタカは保護者としてみているのです。 子供が親に逆らうのと一緒ではないでしょうか? タカが多感だったころには両親が居なかったのでサファイアのような自分を指導してくれる存在が欲しかったのでしょう。 タカの言葉が乱暴なのも自分の意志を抑えてくれる相手が欲しい表れと考えます。>
<サード、あなたはそんなことを思いつくのですね。 生体脳でないと考えられない事です。>
<それではタカと舞に予約設定方法を指示して下さい。 お二人の操作なら満足です。>
<ジェニファー、帰投しなさい。 説得の作戦はうまく行きました。 格納扉は開いたままなのでそのまま着艦できます。>
<はい、本船に接近次第ブースター減圧開始します。 現在距離では着艦まであと24分を要します。>
サードとタカは正面スクリーンに映し出される星々を見ながらサファイアに帰投した。
翌朝サファイアはタカと舞を準備室へ呼び寄せ、機能終了予約設定の操作方法を説明した。 サファイアと連携しているシステムのキーボード上から日付を打ち込む。 停止予約時間は3ヵ月後の来年1月30日午前零時と決定した。
設定が終了すると準備室の操作盤に表示が現れカウントダウンが始まった。 表示がゼロになればサードは強制終了することになる。
タカと舞もそれまでの期間、農作業中タカが作った小さな車椅子と共にサードを近くに置いた。 夜は夕食後にサードを背負って農場を歩き回る。 彼は車椅子のままコテージでの演奏もまだ可能で、片手だったがそれでもサードのキーボード演奏は健在だった。
タカは最後までサードといつも一緒だった。 残された時間はあっという間に過ぎてゆくが1月を越えたころサードの両目は見えなくなる。
日々機能に障害は増えて行き、最終的には左手を残して全く動けなくなった。
そうしてついに機能終了予約日の当日が来てしまった。
この日は農場の雨が設定されていたがタカは傘も差さずに走ってブリッジに向かう。
「サファイア、今日だよね。」
「はい、最後のお別れをして下さい。 本日は休日に設定しましたから動物達の管理は別端末の私とジェニファーが行います。」
「じゃあ頼んだよ。」
タカはサードの寝ている準備室に走って行った。
<連邦標準語は覚えましたか?> サードはゆっくりだがタカに銀河標準語で問いかける。
<はい・・・すこし・・・私名前は・・・ヤンタカ・・・サード・・・さん。>
「まあまあですね。 今度は難しい単語にもチャレンジしてください。」
「でも今は数も数えられるぞ。 君のカウントダウンの数字もわかる。 銀河標準語では16進法なんだね。」
「多分最初に決めた民族の片手の指が8本あったのでしょう、その説が有力です。」
「地球人は10進法だから読みにくいな。」
「銀河標準語は早く覚えてください。 私の後はサファイアやジェニファーにわからない所は聞いてもらえれば。 でも上手になりましたね・・・発音はまだまだですが。」
「俺は台湾人だぞ、 やっと日本語を覚えられたんだ。 英語だってうまく話せないのに宇宙語なんかうまくなれないよ。」
「タカ・・・私は自分の消滅を前にして一つだけ大きな心残りが有るのです。」
サードは動く片手を差し出した。 タカは彼の背中に手を入れて上半身を起き上がらせる。
「何だい?」
「本船の防衛です。」
「戦争とかかい?」
「いいえ、海賊の襲撃です。」
「サファイアは強いしジェニファーもいるし。」
「そう言う話ではなく、問題はお二人に有るのです。 ジェニファーの装備は新しいですがサファイアは老船なのですよ。 防御システムが古すぎます。」
「俺と舞にも原因?」
「はい。 あなた方は日本に住んでいた民間人ですから自衛の意識が低すぎます。 お願いした銃の訓練もしませんでしたよね。」
「ああ・・・うん。 銃撃は好きじゃないんだ。」
「好き嫌いの問題ではなく、あなたに意識が備わらなければその考え方は子孫に受け継がれます。」
「でも、生まれる子供に戦争を知ってほしくない。」
「それは大きく違います。 必要なのは防衛意識です・・・あなた方が侵略するのではなく、他からの侵略から自分たちを守る意識が薄いのです。 サファイアも強くないですしジェニファー単体では防ぎきれません。」
「ガキどもに銃持たせて撃ち合えってか?」
「まあ、今のタカに理解は無理ですね。 良いでしょう・・・この件はサファイアに任せることにしています。」
「考えてはおくけどさ・・・もっと楽しい話をしようよ。」
「はい・・・ではカナルの話をしましょう。 彼はですね・・・」
2人は心ゆくまで小惑星対策本部が有った時代の思い出話が続いている。時間を忘れていたが時は最終の時期を迎えていた。
夜遅くに舞が訪れ、最後の時間は先に舞が、 その後タカが話す順番を決めていた。
「その足音は舞ですね?」 サードは足音の方を見て言った。
「うん、私・・・気分は大丈夫? 私の後にタカが来るから。 最初に時間をもらったの。」
舞はサードの髪を撫でて彼の顔のすぐ横に座った。
「あと30分程度です。 午前零時までもうすぐです・・・いろいろ御迷惑をおかけいたしましたが、ようやく眠ることが出来そうです。」
「もっと長く元気で居てもらえると良かったのに。 タカはがっかりしてるよ、男が1人になるって。」
「私はこれでも予想寿命を大幅に超えていますから長く生きられた方だと思うのです。」
「でももっと居て欲しかったの、 ずいぶん活躍したじゃない。 サードが居なかったら私達ミッションをこなせなかった。」
「私のミッションは遠い昔に終わりました。 残された目標としてはタカと舞に宇宙で生き抜いて子孫を残して欲しいのです。 宇宙の奥で人類が新しい世界を築くことが次のミッションだと考えます。」
「ねえサード、私は今、妊娠してるの・・・タカにはまだ伝えていないけど。」
「はい、以前から判ってっていました。 最初にジェニファーが気付いたみたいですから私達にすぐに伝達されました。 妊婦に気遣うようにと・・・双子だそうです。」
「なんだ、皆は知ってたのね。 知らないのはタカだけなんだ・・・でも双子って本当?」
「はい。 私も透視しましたが多分、双子です。 しかしなぜ一番知らせるべき相手に妊娠を知らせないのでしょう? 地球人の習慣でしょうか?」
「そういうことではないけれど騒ぎになると嫌だったから。 変に気遣われたくないし。」
「私も舞の子供達を見たかったです。 もっとも今では目も見えませんが、せめてお二人の未来をもう少し見たかったです。 サファイアとジェニファーが少し羨ましいですね。」
「子供の世話って大変だと思うの。よく泣くみたいだし、育て方も判らないし。」
「大丈夫ですよ。 サファイア、ジェニファーにも分娩や育児プログラムを内蔵しています。 だから心配は必要有りません。」
「産まれるときはサファイアに手伝ってもらうかもしれないけど、育児は全部自分でやりたいの。」
「お手本の無い育児は大変でしょうね。 でも舞なら絶対に大丈夫ですよ。」
「地球から出て来たのは私達だけでしょう。 もしこれから子孫が出来ても血族どうしの結婚になるから心配だし。」
「血族結婚で障害が出る危険性は確率的にごく僅かです。 普通の場合より少しだけ危険が伴う以外は特別な心配は要りません。」
「うん・・・みんな気を使ってくれて嬉しい。 私達、頑張るから。」
「宇宙で産まれる子供ですね。 地球人類初の宇宙っ子です。 サファイア船内での出産はとても名誉で歴史的な事だと思います。」
「そうかな、 そのうち地球人類も宇宙に進出したら宇宙で育児する時代も来るのね。」
「そうですね。 でもそれは遠い未来のことでしょう。」
「じゃあ宇宙で最初に家族ができるのは私達が地球人では最初かな?」
「はい・・・もう地球から50000光年以上まで来ましたが難を逃れたお二人の未来が続くように祈っています。」
「地球のみんな元気かな。 私の家族も元気なら良いんだけれど。」
「私が生体だった頃、 自分にも両親が居たはずですが記憶を消去されて覚えていません。 多分180年ほど前の事です。」
サードには昔の記憶が無かった。 自分にも配偶者や子供が居たかどうかもわからない事も、家族の消息も全く残されていなかった。
「もう遠い昔のことです。 私の過去のデータはサファイアが管理しています。」
「なぜサファイアに聞かないの? 昔のこととか教えてくれるんでしょう?」
「いいえ、知りたくありません。 私達兵士はミッションをこなすための目的のみ存在を許されます。 もし過去や家族を知ったとき、ミッションへの障害だけが残ると考えます。」
「本当に忘れられるものなの?」
「・・・知っていても良い事ばかりとは限りません。 だから忘れていて幸せな事だってあると思うのです。」
「寂しい星の下に居るんだね。 サードがかわいそう。」
「寂しいと考えたことは今まで有りません。 でもお二人とコンタクトしてから私は楽しくミッションをこなすことが出来ました。 これには感謝したいのです。
これからもタカと仲良く暮らしてください。 旅はまだまだ続きます。 後はサファイアとジェニファーに託して私は先にリタイヤです。」
「何が一番楽しかった?」
「一つに絞るのは大変です。 私達の存在が地球で公開され、タカと舞が毎日テレビ放送に出ていた頃が楽しかったです・・・ あと逃亡後では、お二人の結婚式でしょうか。 出席人数も僅かで簡素でしたが衝撃的でした。」
「みんなサードのおかげだと思うの。」
「いいえ、私はお手伝いしただけです。 お二人の努力も大きかったです。」
「サード。 今までありがとう。・・・最後に何もしてあげられなかったけど、ゆっくり・・・休んで・・・また・・・会いたい。」 舞の最後の言葉は涙でうまく話せなかった。
「つまらないことで泣かないで下さい・・・タカは言葉が乱暴ですが心は優しい男性です。 だから多少喧嘩になってもこれから仲良く暮らしてください。 あと・・・一つだけ心配な点が。」
「なあに?」舞は涙を拭く。「何か心配事なの?」
「ジェニファーのことで・・・説明が難しいのですが。」
舞は涙を拭きながら急に笑い始めた。
「タカのこと好きな話でしょ・・・私はぜんぜん気にしていないよ。」
「やはり・・・ご存知でしたか?」
「うん。 彼が昔、私より先にジェニファーとエッチしたこともね・・・アハハハ。」
「ええっ・・・何故その事を!・・・誰が最重要機密情報を漏らしたのでしょう?」
サードは見えない目を見開きながら左手を急に振り上げた。
「タカが黙っていられる性格だと思うの?・・・ちゃんと自分で話したよ。 それがなんで最重要機密なの・・・おかしいよ。ジェニファーも地球に戻ってきて私に謝って来たし。」
「驚きました、とても信じられません。 そんなことで情報が漏れてしまうなんて・・・舞はそれでも許せるのでしょうか?」
「うん、 冥王星から帰る時タカは死ぬ覚悟だったから。 だからジェニファーもタカのこと癒やしたかったんでしょ、私はあの時何もしてあげられなかったし。」
「でも・・・しかし。」
「今でもジェニファー、タカのこと好きでしょ。 いいの、タカって優しい性格なのよね。 私はタカのそういうところが好きだから。」
「現状維持で良いのですか? とても・・・信じられません。」
「うん、私、子供っぽいからタカを全部包み込んであげられないの。 ジェニファー、あれでもずいぶん私に気を使ってくれているし。 地球に戻って自分から土下座してきたのよ。」
「そう・・・でしたか。 私はその事だけは今まで悩んでいました・・・せめて死ぬ前に確認が出来て良かったです。」
「長年取り越し苦労だったね。 大丈夫よ、これからもジェニファーとは仲良くやって行けるし・・・遠い未来に私達が死んでも皆とまた会えればいいね。」
「・・・はい。 これで晴れやかな気持ちで旅立てます。 ではタカとの時間になりました。」
「うん、わかってる。 また後で来るから。」
舞はサードにキスをして部屋を出て行った。
程なくしてタカが部屋に入ってきた。 舞と同じくサードの横に座る。
「最後の時間を俺に分けてくれてありがとう。 サファイアとジェニファーに別れは言わないのかい?」
「はい。 私達は先ほど通信で済ませました。」
「そっけないんだね、人工知能って。 もうすこし長い話とか思い出とか無いの?」
「いえ、必要な通信は行いますが不要な会話はありません。 通信なら長話も短く済みます・・・ところで私は最後にタカに謝りたいことがあるのです。」
「何?、どんなこと?」
「初めてタカと舞に出会った夜、覚えていらっしゃいますでしょうか?」
「たしか岬海岸での夜のこと?」
「はい。 サファイアがターゲットをタカに決めようとしたとき、私は別の人にしようと進言しました。」
「俺ってバカっぽいからだね?」
「いえ、カップルだったので行動に制約が出ることを恐れました。」
「でも、結果は俺達でも問題なかったろ?」 タカは笑いながらサードの背中を支える。
「はい。 問題が無かったというより、タカと舞のお二人だからうまく出来たのだと思うのです。」
「俺達、褒められてる?」
「はい、 褒めています。・・・タカは強く優しいですから。」
「お世辞言うなよ、 サードもカッコよかったぞ。 艦船に試射した時なんか最高だった。」
「あのころが懐かしいですね・・・あと11分です。もうすぐお別れですがこの12年、本当にありがとう御座いました。
「ありがとう・・・って、こっちが言いたいことだよ。 こんなに楽しい人生を送ることが出来たのはサードたち皆のおかげだから。」
「でも、お二人は宇宙の放浪者にもなってしまいました。 私達の責任でもあります。」
「いいさ、 退屈な地球より宇宙旅行とか冒険の方が楽しいかも知れないし、寿命も普通の人間の2、3倍に延ばしてもらえたんだ。」
「非常に残念ながらお二人は地球の土には戻ることが出来ません。 それで良いのですね? これはとても気になっているところなのです。」
「気にしていない。 でも地球を完全に忘れたわけじゃないよ。 帰りたいって思ったこともあるけど、今は宇宙の方が面白いと思うんだ。 遠い将来は考えていない。」
「今はそう思っていても、タカも舞も寿命を終えるときは後悔するかも知れません。・・・実は、私も少しだけですが今、自分が消えてゆくのが怖いのです。 戦士として生きてきたのに間際になってこの様に思うとは考えていませんでした。」
「サードは有機体の部分もあるんだから当然じゃないか、 怖くて当然だよ。」
「怖いというより不安なのです。」
サードは動く方の手でタカの手を強く握った。「今から自分がどうなってゆくのか。」
「そうだな、俺も、そして舞だって遠い未来に同じ道を通るんだ。」
「先ほど舞も同じ事を話していました。 またお二人にお会いしたい。 私もそう思うのです。」
「じゃあこうしよう! そうだ、サード・・・今から君に最後のミッションを与えたい。 今すぐに実行するんだ。」
突然タカは大きな声を出した。
「機能終了まであとわずかです。 しかも今の様な私に何が出来るのでしょう?」
「サード、 君は今から「ある場所」に行く。 そこが暗い場所か明るい場所かもわからない。 でも俺と舞もそこに必ず行く。 だからその場所で俺達が行くまで待っていて欲しい。 いつになるかはわからない。 でも、絶対そこへ行く。」
「私の”心”が行く場所・・・そのような場所が本当にあるのでしょうか?」
「必ずある。 サファイアやジェニファーには行けない場所かもしれない。 でも君と俺達は必ず行けるところだと思う。」
「人間の宗教で言う天国とか極楽とかいう場所のような死後の・・・?」
「いや、そういう世界とは考えていない。 でも、何か行ける場所があるはずだ。」
「・・・わかりました。 私はタカのミッションを今から実行いたします。 そしていつまでも、100年でも1000年でも・・・いつまでもタカと舞が来るのをそこで待ち続けます・・・必ず逢えることを信じて。」
「逢える! 必ず逢える。 また3人でどこかで暮らすんだ。 宇宙でもない、星でもない。遠いどこか・・・そして永遠だ。」
「はい、必ず来てください。 いつまでもお待ちするというミッションを成し遂げます。」
「そうだ、待っていてくれ。 俺はこの約束を絶対守る。」タカはサードの胸に顔を埋めた。
「だから今はさようならは言わない。 また会うんだから・・・会えるんだから。」
タカは涙があふれるのを必死でこらえていた。
「タカ、泣いているのですか? 見えないのですがそのように感じられます。」
「またいつかサードに逢えるって信じているからうれし泣きさ。」
「はい、私もうれしいです。 こんな状態なのに今から楽しみになってきました・・・あと、舞から確認しました。妊娠していらっしゃいます。」
「ええ?・・・そうだったんだ。 何か行動が少し気になってたんだけど。」
「宇宙での出産とは人類にとって大変な偉業ですね。」
「これからも続くことだろうよ、家族が増えるんだ・・・おい、舞!入ってくれ」
タカが大声で叫ぶと舞は部屋に走ってきた。
「サード! まだだよね。」
「はい、残り2分を切りました。 でも、再び会えるお約束をしていただき、そのときが楽しみです。」
「なあ、舞。 俺達、いつかまた会えるんだよな?」
「え?・・・う、うん。 サード。 そう、私達はいつまでも一緒よ。」
「わかりました。 ではその時まで。 お二人とも元気で宇宙の冒険を楽しんできてください。 今度会えたとき、いろいろお話して下さいね。 楽しみに待っています。」
<タカ、ありがとう御座いました。 また会う日を楽しみにしています。>
<わかった・・・ありがとう・・・今まで>
ベッドに横たわるサードの手を二人は握り締め、サードは見えない目を瞑ると設定時刻通りに彼の全機能は停止した。
「タカ、舞。サードの処理を開始します。」
サファイアが部屋に入ってくる。 ジェニファーも一緒だった。
涙を流す二人に対し、サファイアとジェニファーは深く頭を下げる。
「クルーの機能終了に対して悲しんでいただき感謝いたします。 きっと彼も最後は満足していたと考えます。」
「お葬式、いつするんですか。 私も出たいから。」
舞は涙をぬぐいながらサファイアを見た。
「サードの希望通り一番近い惑星の衛星に埋葬します。 有機体脳を含む個体は軍は葬儀を義務付けています。 搬送は明朝ジェニファーで行います・・・私の本船は大きく減速できないので。」
「私も立ち会えますよね。」
「だめだよ。 お前、妊婦なんだろ」
「私、一緒に出たい。」
「舞、 私達の放射線除去技術は人類のものより優れていますが確認されない帯域の放射線も否定できません。 ですので舞はジェのファーのスクリーン上からお別れして下さい。」
サファイアはサードの全身にシーツを掛ける。
「ね、舞・・・私が映像に出すから。 私の船内からお別れして。」
ジェニファーは舞の両肩に優しく触れて言った。
翌朝、サファイアのメインユニットに隣接しているサードのモジュールから「有機体頭脳ユニット」が取り外され、サードの体と一緒に惑星の表面に置かれるように準備が進められている。 恒星が無い場所だったので暗い星の表面だったが星空は美しかった。
タカは宇宙服を着てサードの体である端末を持ち、惑星の荒れた表面に仰向けに寝かせた。 その横を少し掘り、サードの有機体頭脳ユニットを半分埋める。頭脳ユニットは想像していたより小さかった。
この小さな箱の中にサードの心が宿っていたんだ・・・そう考えると不思議に思えた。
「ここで安らかに。 君がいつまでも星を眺められるいい場所だ。 そしてこれは舞からの贈り物。 農場で育てた花だよ。」
そう言いながら真空中でドライフラワーに変わった花束をサードの胸に置く。
サードの体には道着が着せてあり、彼専用の竹刀も横に置かれた。
「今度会うときまた剣道やろうな。 今度は絶対に負けないよ。」
「さあ、タカ行きましょう。 私の本船が通過してしまいます。 急がないといけませんので。」
サファイアは空を見上げた。
「サード、また会おう。 絶対に最後のミッションを忘れるなよ!」
タカは最後にサードの髪に触れた。
星空に包まれた場所にサードを置き、ジェニファーは小惑星を離陸する。
「あんなところに1人でかわいそう。」
舞はジェニファーの中からスクリーンに映し出されるサードの姿を見て言った。
「舞、サードは兵士なのです。 兵士は死んだときその星系で埋葬されるのを誇りに思うものです。 それよりタカ、サードが停止寸直前に新しいミッションを何か与えましたか?」
ジェニファーで帰路に着くタカにサファイアは彼の目を見て質問した。
「うん。 でも、サファイアには内緒。 ジェニファーにもね。」
「私に秘密とは少し困ります。 知れると問題が有る内容でしょうか?」
「男同士の。 いや、人間同士の約束。」
「わかりました。 そういうことにしておきましょう。」
「アレ・・・意外だね。 あきらめちゃうんだ?」
「はい。 私は”人でなし”だそうですから。」
「いつまでも根に持つね。 サファイアのそういうところ可愛くないなー。」
「はい、ありがとう御座います。 ただ、生命体の基本意思は尊重しようかと考えまして。」
「ところでさ、何で舞の妊娠黙ってた? そっちの方が水臭いよ。」
「舞がタカにも言わないなら大きな理由あると思いました。」
「どうして俺以外は皆知ってたんだろう。」
「生命反応が舞に3つ確認されたの。」 ジェニファーはコクピットから振り返ると両手を見せて言った。「手で舞のおなかに触ったの・・・そろそろかなーって。 だって、舞はもう27でしょ。」
「そうか。 ジェニファーは手に生命反応センサー持ってんだ・・・え! 3つ?・・・2つじゃなくて?」
「多分双子でしょう。 舞は妊婦ですから今後検診は私が行います。 私達は医療管理データを持っていますから・・・それにしても地球人の繁殖を見るのは久しぶりです。」
「繁殖? 俺達、搭載貨物の動物扱いかよ!」
「タカも立派な搬送動物ですよ。 違いましたでしょうか?」
「どうせ俺達は天然知能だよ! 人工知能のほうがカッコいいけどな。」
「人工品より天然のほうが高価なのですよ。」
「天然って言うと馬鹿っぽく聞こえるな。」
加速を続けたジェニファーはサファイア本船の格納扉に戻って行く。 サードを残した小さな惑星は遠ざかって行くのだった。
「さようなら・・・そしてありがとう。」 舞は涙を流しながら心で呟く。
タカと舞の小屋の横にはサードが座っていた車椅子がいつまでも片付けられずに置かれていた。
彼は消失したが二人の心には元気な頃のサードの姿が生き続ける。 そしてその翌年の春に舞は二卵性の双子を無事に出産した。
取り上げたのはサファイアの有機体端末であったがジェニファーも出産を手伝った。
産まれた2人は男女で、長男には「ジン」長女には「来菜(らいな)」と名付けられた。 サファイアの船内で人間は4人まで増えたのである。
この日が宇宙の奥で人類が再生される原点になることはこの時点で全員は気づいていなかった。