タルタのテラ



サファイアの牽引が長期化し、かなり待たされたもの銀河連邦の指定造船所惑星であるタルタの軌道上で1年以上の修理が始まることになる。
牽引船はタルタ衛星軌道速度までサファイアを加速させた後に離れて行った。

サファイアは補助エンジンを何度か点火てし惑星タルタの静止軌道に載せ終わるころ修理ドック船が接近して来る。

コクピットルームで軌道補正を終えるとサファイアは近くのソファーに座り、じっと動かない。 タカはそのようなサファイアを見るのは初めてだった。


タカは夜遅くにコクピットに訪れた。
「大丈夫かい? かなり疲れたみたいだけど。」

「はい。 当分私は船内管理だけですね。 久しぶりにゆっくり療養ですから思考機能はちょっと暇になりました。」


「タルタって明るい星だね。太陽が複数あるんだ。」


「私もタルタは初めてです。 故郷のグリーフ造船所とは対照的すね。 そこは軍用船ばかりでしたがここは旅客船も多いみたいです。」

「俺たち惑星タルタには降りられないんだろ?」


「はい。 お二人に惑星への下船認可は当分無理です。 でも商用船を呼べますから多少のお買い物は出来ますよ。」


「商用船?」


「はい、デパートの船が巡回しています。 タルタには13ヶ月軌道上に停泊予定ですから簡易検疫を受けて商用船に行ってみたらいかがでしょうか?」

「え! そんなこと出来るんだ?」タカは喜んだ。

「少し刺激が欲しくてさあ、 たまには船外に出たいよ!」


「タルタに停泊中の期間にかかる経費は全て軍の支払いです。 簡易検疫の費用も手続きも軍がやってくれます。」

「死んだガゼルのおかげかな。」


「はい、でも規約で下船は商用船や病院船までです。 私かジェニファーが必ず同行してタカの接触人物の監視報告が必要になります。 ですから単独で行動しないで下さいね、 規約違反が発生しますとタカと舞は軍に拘束されます。」

「うん。 確か俺たちお尋ね者だったかな。」


「手配はされていませんが接触や下船に制限が設けられています。 でもそのおかげで自由航行権をもらえたのですよ。 簡易検疫手続きを申請しておきます。 来週までに血液と毛髪などの検疫サンプルを提出します。 離船許可が出たらジェニファーに乗って舞と商用船で遊んできなさい。」


「俺・・・お金は日本円で6000円ちょっとしか持ってないよ。」

「地球の貨幣は使えませんよ・・・コインデータをジェニファーに送っておきます。 タカはコインデータを使ったことが有りませんね。」


「宇宙人から買い物したことなんて無いよ。 君たち以外にも会ったことすら無いし。」

「銀河系の宇宙人はほとんど身長と体型は同じですよ・・・安心しなさい。 私から見ればタカも舞も宇宙人なのですから。」
 

「そうかな? 何か騙されているような気がする・・・。」
タカは首を傾げながら小屋に戻っていった。


サファイアの船外には7隻のドック船が貼り付いていた。 ジェニファーに乗った二人は船外補修工事を見ながら周囲を飛び続ける。

「ねえ、舞はその服で買い物に出るの? もう少しおしゃれして行けばいいのに。 タカはどんなのでもいいけど。」
ジェニファーは舞の後ろ姿を見て言った。

「舞は倉庫の服を出さないんだ。 俺がケチさせているみたいで嫌だな。」


「だってもったいないじゃない。 これからも宇宙で長旅するのよ・・・このまま漂流が続けば あと150年以上も。 地球人の服はもう買えないし。」

「着の身、着のままで来ちゃったからな。 俺もそうだけど服はヨレヨレのしか無いもんね。 農作業が多いから持ってきた服は全部ボロボロだよ。」


「二人の服は地球でいっぱい買ってあるよ。 合わなかったら私が寸法直ししてあげるし、計測スキャンするから今度測らせて。」 ジェニファーは二人の前に立って言った。


<サファイア、 船外作業画像を撮影します。>

<よろしくお願いいたします。 でも長期間の確認も必用ですから今後は探査衛星を使います。 ひと通り回ったら戻って来なさい。>


<はい、それではR001デラスほど撮影してからポートに戻ります。>

ジェニファーは船外からサファイアの修理状況の撮影を開始する。 二人もその状態を見守っていたがそこにたまたま近くに黄色い商用船が通りかかるのが見えた。


「ねえ、ジェニファー、あれがデパートなの?」 舞はスクリーンを見る。

「うん。 食料品と生活用水関係だよ。 修理中の旅客船が多いから食品のスーパーマーケットみたいなものかな。」

「何でわかるの?」

「色と識別コードね。 黄色は加工食品。緑は生鮮食品。 他にも有るよ。」

「お肉とか有るの?」 舞は食品に興味が有る様だった。

「美味しいお肉とか買えるのかな。」


「うーん。有るけど買っちゃダメだよ、地球のお肉と違うし・・・多分サファイアは許してくれないよ。」

「何で?・・・私達に食べられないもの?」

「説明が難しいけど、多分下痢するかもね。 だって成分構成違うから。」

「なあ、ジェニファー。 これからも俺たちが宇宙の食材は食べるの難しいのかな。」

「うん。 まず、検疫テストしないとね。 放射線濃度や粒子構成が地球のものと違うおそれがあるから、買ったり売ったりするときには全部組成データをチェックしてからじゃないと難しいの。 下手すると食中毒で死んじゃうかもよ!」

「宇宙の食品は怖いんだね。」


「それに逆の場合もあるの。 タカと舞が大丈夫でも宇宙人が食べたら大変なことになるとか。」
「へえ・・・だから安全確認がその都度必用なんだ。」


「そうよ。 日本人だって地球で世界中の食べ物が口に合ったり大丈夫だったりするとは限らないでしょ?・・・特に粒子浸透圧は大きく違うことがあるから買食いしないでね。」

「大丈夫さ。 コロニーと低温エージレス倉庫に60年分の食べ物あるから・・・でも、宇宙に美味しい地酒とか有るのかな?」


「もう、酒飲みは嫌ね。 変な酒をガブ飲みして胃の中で爆発したって知らないよ!」

ジェニファーは笑った。

「そんなに怖い酒とかあるのかよ。 一杯飲んで爆死したくないね。」


<タカと舞に食品の安全性を警告しています。 サファイアには最新の情報が有りますでしょうか?>

<さっき聞きましたよ。 騒ぎすぎですジェニファー、タルタでは地球系人への食品の安全性は一部を除いて確認済みです。 先ほど検疫センターにも確認しました。>

<二人の健康が心配なのです。 食中毒とかも。>


<ジェニファー、あなたの心配性は相変わらずですね。 ウェリアは地球人の食べ物を食べて大丈夫でしたよ・・・下痢も中毒もしませんでした。 たまに地球にお忍びで食べに行ってたくらいですよ。>

<船内に畑も食材も有るのですから危険を冒してまで買い物させたく有りません。>


<確かに不要な買い物はしないほうが良いでしょう。 早く戻りなさい、サードが手動でポートのエレベーターを管理しているのです。 彼の健康状態が良くないので早く戻ってあげなさい。>

<はい。 21:00には帰投します。>


タルタの衛星周回軌道に停泊を始めて半月程経ち、サファイアの修理が予定通り進んでいる頃にドック船は部品調達目的で工業部品を扱う商用船を呼び寄せた。

「サファイア、 今横に来ているあの白い船は何を売ってるんだい?」

「あれは工業商船です。 油圧機構や部品、金属板から塗料まで販売しています。 船内に移る手続きと証明書は取得出来ましたからタカは舞と見に行ったら良いのではないでしょうか。」

「宇宙の金物屋なんだね。 行っていいの!」


「はい、 タルタは治安も良いですしあまり不健全な商人は多分ここには少ないですから。 でも念のためサードを連れてゆきなさい。」

「舞が先月やかんを落として大きく凹ませじちゃったんだ。 鍋とかやかん売ってるかな。」


「やかん・・・あの湯を沸かす専用の鍋ですね、 多分無理でしょう。 あれは地球人類の発明品ですよ。 私が地球で見た時は驚いたくらいです。 医療棟の裏に金属加工設備があるのであなたが自分でやかんくらい作りなさい。」

「残念! ナベ釜は売って無いのか・・・じゃあ、四人で行ってくるよ。 悪いね、船内で留守番させて。」


「いってらっしゃい。 ジェニファーとサードに発着の用意をさせます。」


四人はジェニファーに乗り込み、商用船のエアロックにドッキングした。


「近くで見ると大きいね。 サファイアの何倍も有るみたいだ。」
「うん、だって移動する大型倉庫だよ。 小さい船もあるけどそれは配達専用船だから売ってないし。」

商用船のエアロックは中が広く、通路には機械的なロボットや長い服を着た人間が歩いている。 二人が直接宇宙人を見るのは初めてだった。


「ねえ、宇宙人?いっぱいいるな。 全員ハゲ頭だ。」


「髪が長く伸びるのは地球人だけだよ。 私もサファイアもサードもロングのウイッグだしね。 私達は地球人に合わせて少し改造してあるの。」

「へえ。 宇宙人は髪がないんだ。」
「生えてるけど短いのよ・・・それにここで宇宙人っていい方おかしいよ、 ここじゃあタカも舞も宇宙人だから。」

「みんな長い服着てるね。」 舞は驚きの表情で見る。

「私、映画でしか宇宙人を見たこと無いから・・・。」


「映画の宇宙人って地球人の役者だろ?」

タカは大きく笑った。「こっちは本物だよ。」

「軍人は居ないから民間服ね。」 ジェニファーは通行人を見る。

「星域で服や体型が少し変わるけど軍服は統一されてるのよ。」

「そうです。 あの服はこの星系の民族衣装でしょう。」 サードは銃をポケットに隠した。「

ここでは一応治安は良いはずですが用心は必要です。」


<ジェニファー、制限時間は3時間です。 長居すると二人は気付いていませんがかなり気圧が低いので気分が悪くなる恐れがあります。>


<そうですねサード。 17:30には戻りましょう。 サファイアに帰投予定時刻を伝えておきます。>


販売エリアに移動するとそこには多数の階層に別れた広い空間にストックされた商品が並んでいる。
タカはサード、 舞はジェニファーの背に乗って空間を移動した。

「すごいデパートだね。 全部廻ったら何日あっても廻れないや。」


「はい、ここはサファイアのコロニーの4倍以上あります。 船尾側隔壁の向こうに端末の部品コーナーも有りますよ。」
「君たちの交換パーツも有るんだ?」


「はい。 でも十分な在庫があるので買う必要は有りませんが。」


「なあ、ジェニファー。 君の予備端末は買わないのかい? 新型欲しがっていたじゃないか。 予備が無いなら考えておこうよ。」


「予備は有るよ。 うーん、どうしようかな。 でもサファイアの許可が出たら新型買うんだけど・・・お小遣いは持ってるし。」

「何でサファイアの許可が必要なんだよ。 オーナーの俺がいいって言ってるんだからOKじゃないか。」

「別の美人も見たいんでしょ。」舞は笑った。「今だって十分可愛いけどね。」


「余計なこと言うなよ。 故障のときの予備を心配してるんじゃないか。」

「さあ、本心はどうだかね。」舞はジェニファーの耳に囁く。



四人が歩いていると通路の人工重力がわずかに弱く、舞は少し気分が悪くなっていた。

「ねえ、タカ・・・私、少し・・・気持ちが悪い・・・。」


「舞、大丈夫?。 歩かないほうがいいね。 この船、少し与圧も低いのよね。 サファイアの気圧は地球の海抜に合わせてあったから。」 ジェニファーが背中に舞を乗せようとした時目の前に大きな扉が有った。

「休憩室かな。 気圧調整に対応しているといいのだけど。」

ジェニファーが気づいて扉の開閉スイッチを押すと扉はすぐに開く。


中には廃材や交換された回収資材が大量に置いてあるのに全員は驚く。 そこは廃棄の不燃物置き場だった。


<ここは廃棄物置き場です。 ジェニファー、早く扉を閉めて下さい。>

<こんなに大きな廃棄機体を見たのは初めてです。 それでは・・・>

ジェニファーが扉を閉めようとしたその時、舞が突然大声を出した。 「ねえ待って! 閉めないで!」


薄暗い部屋の奥には壁にもたれた状態で多くの端末たちが置かれている。 その中に(テラ)が有った。

「何でこんなところにテラが居るんだ?」 タカは(テラ)に近づくと彼女はゆっくり目を開いてタカを見る。
舞もジェニファーの背中から飛び降りてテラに走り寄った。

テラは二人の顔を見ると少し微笑んで再び下を向いた。

「おいテラ!・・・しっかりしろ!・・・今、すこし動いたぞ。」 タカは大きな声で叫んだ。

しゃがんだ舞は彼女を撫でる。「ねえ、この子は捨てられちゃうの?」


<サード、どうしましょう。 これは廃棄のロボットですよね。>


<困りました。 本当のことを言って良いとは思えないのですが。 今からサファイアに状況を報告します。>


<サファイア、緊急連絡です・・・商用船内倉庫の一部に廃棄物置場が有りまして迷い込みました。 そこで二人は廃棄処分のb2bを見てしまいまして。>


<・・・困りましたね、でも隠さずに説明しなさい。 サードに説明させればタカも納得するでしょう。>

<はい・・・努力はしてみますが・・・多分難しそうです。>


「タカ・・・この子は廃棄端末です。 不要な端末はクラッシャーで解体後に粉砕処分されます。 ですので諦めてここを早く出ましょう。」

「かわいそうじゃないか! まだ作動しているぞ!」

「もうすぐ廃棄されるの・・・どう説明したら良いのかな。 この部屋にある端末は全て廃棄処分される運命だよ。」

ジェニファーは二人を廃棄物の部屋から連れ出そうとする。

「そんなのかわいそうよ、処分なんて考えられない!」 舞は泣きながらジェニファーを見て言った。

「まだ生きてるし。」

「機能終了前なのでしょう。 解体処理される前にここに集められるみたいですね。」

サードはテラから舞の手を外した。 「さあ、早く行きましょう。」

「嫌!この子がかわいそうよ、まだ動いてる・・・壊すなら持って帰る!」

「買い取れないのか?・・・お金有るだろ!」 タカはテラの肩を揺する。「おい、テラ。」

テラは一瞬目を開くがすぐに目を閉じてしまう。 内蔵電力は終了間際だった。


廃棄端末のテラは服を身につけていない状態だった。 背中はぽっかりパネルが外され、体の下半身は機構部を除いて空洞になっている。


<サファイア・・・大変困ったことになりました。>


<サード、大体推測できます。 多分、二人が助けたいとか言い始めたんでしょう。 困りましたね。b2bは爆破専用機です。 安全上私の船に載せられませんよ。>

<炸薬や起爆ユニット、破壊用オプションはすべて外されていますがまだ知能部は機能しています。 パワーモジュールの残量がわずかに残っていたみたいです。>


<仕方がありませんね。 商用船の担当者から情報を貰いなさい。 炸薬が外されているなら買い取ることも検討しましょう。 停泊期限も確認しなさい。>


「タカ、舞。 サファイアの言うには炸薬が外されているなら買い取ってもいいと言っています。 私としては賛成しかねますが・・・。」

「絶対買い取りたい。 俺のカネ全部使っていいから!」 

タカは財布から日本円を取り出した。


「私も払う。 この子を助けてあげて! ここに置いたまま帰れないよ。」


「でも修理が成功したとして機能する残された時間は少ないかもしれませんよ? それでも構いませんか?」

サードはテラの背中に有る製造番号データを見ていた。「相当に古い製造ですね」

「うん、 少しでもいい。 この子をここから連れ出したいの。 お願いサード!」 舞は泣きながら抱きついた。


「わ・・・わかりました。 今、関係者を探します。」
サードは商用船の担当者に会うため部屋を出た。


<停泊期限はサファイア時間(日本時間)の明朝9:44分までです。 あと15時間20分位あります。 ここに置いてあるb2bは不発の不良品で、もう二ヶ月以上このままになっていますが炸薬と雷管は外されています。 ただ、通信システムやかなり多くの部品も外されているので修理が可能かどうかわかりません。>

<値段はいくらだと言っていますか?>


<7D4グラスで売ると言っています。>

<ずいぶん高いですね。 足元を見られましたか?>


<多分。 どう見ても相場の16倍以上です。 でも二人の心が救われれば安いのかもしれません。>

<買い取って消毒処理しなさい。 それからこれ以上余計なものを見ないように早く戻りなさい。 多数ある廃棄端末を全て欲しがるといけませんから。>


<はい。 b2bを袋に入れて持ち帰ります。>


「タカ、舞。 今サ、ファイアが購入を許可しました。 でも修理が可能かどうか判りませんよ。」


「うん。 ありがとう・・・。」 舞はサードに頭を下げて礼を言った。

「早く服を作ってあげなくちゃ。」

サードに抱えられテラはジェニファーに積まれる。 タカと舞は到着まで床に置かれたテラを心配そうに見ていた。

<サード。 二人共b2bが気に入っちゃったみたいで・・・どうしましょうか。>


<本船には前のテラのパーツが積んであるので修理は可能だと思います・・・でも使用可能な有効期限が解りません。>


商用船を離脱したジェニファー本体は早々にサファイアへ戻った。


帰還後にサファイアにてテラの電磁消毒処理が行われ、服を着替えさせたテラは端末を点検する準備室のベッドに置かれた。
タカと舞は心配そうにテラを見ていたが、そこにサファイアが現れる。


「この子と同様、不良品や不要になった端末は皆、解体されて廃棄処分になるのですよ・・・あなた達は以前に居たテラの思い出が強すぎたのですね。」

「うん。 だって7年も一緒だったから・・・捨てるなんて考えられない。」

舞はテラの顔をタオルで拭きながら髪を撫でた。


「おい、これも爆弾だったのかよ。」

「登録個体番号からは鉱山で採掘に使われる予定だったらしいですね。 前の所有者はタルタの個人経営者です。」

サードはモニターのデータを見た。

「お話できるの?」

「舞、この子には日本語の辞書プログラムが入っていません。 幸いコンピューターは無傷なので日本語のロードとパワーモジュールを交換してみましょう。」


サードは工具スタンドを運びながらテラの背中を開いた。「以前居たテラの予備パーツが互換で使用可能です。」

「この子にはパラボラがないんだね。」


「爆破専用なので光学砲は積んでいません。 以前のテラより二世代後継機種です。 2Aクラスなので人間の8から10歳程度の知能は有りますので多分前のテラより頭はいいと考えられますね。」


「じゃあサード、 君に任せていいんだね?」

「はい。 私は兵器専門ですので端末は専門外ですが頭脳部と体のコントロールまでは多分修理できそうです。 モジュール交換とプログラム設定で遅くても明日のお昼すぎには再起動出来るでしょう。」


サードは作業を開始した。


「修理はサードに任せるとして・・・二人共こちらに来なさい。」
サファイアはワンフロア上のコクピットルームへ二人を連れだした。


「私が何を言いたいか分かっていますね?」 サファイアはコクピットに座り二人を前に立たせた。

「余計なことしたって言いたんだろ。 ゴミ拾ってきたとか。」

「タカ、私はそういう言い方はしません。 でも宇宙で人工知能は不要になればこのように廃棄されるのですよ・・・かわいそうだからとか、いちいち考えていたら船内は中古や廃棄端末で一杯になってしまいます。」

「サファイア・・・ごめんなさい。」 舞は泣き始める。

「前のテラとお別れできなかったから・・・。」


「そうだよ。 舞は前のテラたちが爆弾だって知らないでセンタービルで別れたんだぞ。 必ず俺と一緒に戻ってくるって信じていたんだし。」

「分かっています・・・そうですね。 そこは私も言われると弱いところがありますが。」

サファイアは疲れたように下を向く。


「あの子が直ったら一緒に旅していいんだな?」


「捨てなさいとは言いません。 でもそういう商品という事は理解しなさい。 b2bと言うモデルは自爆破壊用の使い捨てロボットなのですよ。」


「サファイア、君の仲間はどうしてあんなかわいい女の子を爆弾に仕上げちゃうんだよ。 爆弾に人格を内蔵するなんて悪趣味がひどすぎないか? むかしの日本軍の特攻隊かよ!」

「私がそのように設計したのではありません。 機能上便利だからでしょうが・・・でも確かに人類から見たら抵抗があるのでしょうね・・・もう戻っていいです。」 サファイアは二人から視線を逸らせた。


舞は鼻をすすりながら家に帰って行く。 タカはサファイアの前に立ったまま抗議を続けた。

「サファイア、君の言いたいことは分かったよ。 たしかに君もまだ十分に働けるのに廃棄処分予定だったしな。 でも連邦軍は人工知能の扱いがひどすぎないか?」

「タカ、分かって下さい。 これからも廃棄予定の人工知能に会う機会は有るでしょう。 でも見切りを着けることも学んで欲しいのです。」


「俺は人間だ。 会話ができる相手なら、ロボットだろうがコガネムシだろうが区別はしない。 心が通じるなら友達として扱うつもりだ・・・これだけは覚えておけよ。」

「はい、はい。 わかりました。 舞が泣いていたので一緒に帰ってあげなさい。」 サファイアは両手を広げて呆れた様子で部屋から出て行った。



翌朝7時前に、タカは野菜の苗を植え替える作業を舞と一緒に始めていた。 遠くからサードがテラを連れてくる。

舞は立ち上がってテラを抱きしめた。
「もう直ったの? 良かった!」

「うん。 おかげさまで元気になれたのですの。」 テラは以前のタイプと同じ声で答える。

「舞様なのですね?・・・そっちはタカ様ですの?」


「おい、サード。 日本語が少し変だぞ、それにウィッグはピンクかよ!」


「そうなのです。 正常にデータを書き込んだのですが言語や文法が安定しません。 多分以前のテラと言語フォーマットが少し異なるみたいです。 髪はこれしか在庫がなくて・・・真っ赤よりはマシだと思いまして。」

「まあ、言葉が変でも髪がピンクでもかわいいから良いか・・・おい、テラ!」

「なんですの? タカ様。 私の名前はテラっていうのですの?」

「そうだ、お前はテラだ。 今日からお前は家族なんだ。」 タカは彼女の目線に合わせてしゃがみ込む。

「はい。 タカ様。」

「おい、様付けはやめろ。 カナルみたいで気持ち悪い。」

「カナル様って何処に居るのですの? まだ会っていませんのですの。」


「もう死んだよ。お前の兄貴だ。」

「私にアニキ様がいたのですの? 知りませんでしたの。」


「タカ、デタラメ教えないで下さい。 CPUが混乱します。」


「良いじゃないか、どうせ子供だ。 農作業以外サファイアは当分ドック入りで暇だし一緒に遊びたいんだ。」

タカはテラの頭を撫でた。「かわいいやつだな。」

「それなら俺のことをパパと呼べ。 舞はママだ。」

「はい! パパ。」


<サファイア、 テラの修理は完了しました。 データフォーマットに不具合があり言語エンジンに障害が少し残りましたが概ね完動しています。>


<お疲れ様です、 機能有効期限は?>

<そこが問題です。 製造番号データより確認しましたが製造されてから26F4デラス・・・8年以上も経過しています。>


<それでは長く持ってもあと1年くらいしか機能しませんね。>

<はい、 機能終了時にお二人がショックを受けなければいいのですが・・・。>


<それも勉強でしょう。 機能終了直前までこの件は黙っていなさい。>
<残り時間は伝えなくていいのですね?>


<そうです。 秘密にしておきなさい。>


この日からタカと舞は家にテラを置き、毎日家族として暮らすことになった。 寝室にはテラのベッドが作られ、舞はテラの服を縫ったりの日々が続く。


ある日ジェニファーはドック船の修理状況をモニターするため本船の周囲を撮影中、サードに忠告を入れた。

<サード、 二人は今回のテラを自分の子供のようにかわいがっていますが、それが原因で子供が出来なかったらどうしましょう。>


<機能有効期限まであと216日と16時間33分です。 機能終了設定時刻は製造時に決められているので私ではライフカウンタのリセットができませんでした。 専門だったカナルがいたらこういう問題は簡単だったでしょうね。>

<機能の期限はサファイアの修理が終わる頃ですね。>


<多分。 でも最高寿命まで生きそうなb2bを見るのは初めてです。 どのような最後になるかメーカーのデータベースにも情報がないのです。>

<あの二人、 テラが機能停止したら悲しむのでしょうね。 完全にペット状態・・・いや、自分の子供として育てています。>


<仕方有りません。 テラの最後を見てしまうこともサファイアは勉強と考えているようです。 人工知能の終了と言う試練は経験しておいたほうが良いでしょう。>

<私は悲しむ二人を見たくはないです。>
<私にも多分近くに来ると思うのですが。>


<ええ! サードが?>


<はい。あと二、三年といったところでしょうか?>
<あなたが消失したらテラどころではないでしょう?>


<あの二人には強くなっていただきたいのです。 人工知能との別れを乗り越えるきっかけになるでしょう。>


<サード、 最後まで頑張って下さいね。>

<私の亡き後には二人をお願い致します・・・ジェニファー>

<私には責任・・・重すぎます。> ジェニファーは下を向き静かに言った

<私、きっと最後には孤独になっちゃうのでしょうね・・・間もなく帰投準備に入ります。>


二人は農作業の合間にテラと遊ぶ。 意外にもテラは器用で絵を書いたり木工の手掘り加工が得意だった。 貴重な紙資源だったが舞はスケッチブックや筆記用具をテラに十分与える。 夕食後は毎晩テラと会話が弾んでいた。

テラが書いた絵は膨大な量に達し、数冊のスケッチブックはキッチンのテーブルに積まれることになる。 それ以外にも数個のブローチやレリーフをテラは作った。


サードの説明ではテラの絵や彫刻技能は鉱山作業用の実写計測プログラムの機能だと説明されていた。


「ねえ、この子、才能あるね。 私にユリのブローチ作ってくれたのよ。 前は小鳥のブローチだったし。」


「絵も上手だな。 何で自分をいっぱい描くんだ?」 タカは酒を飲みながらテラの作品を見ていた。

「もう、部屋に貼る場所もないし・・・なあテラ、 それになんで自分をいっぱい描くんだい?」

「姉妹でしたの・・・一番多い時には全部で38ユニット居ましたの。」


「全員同じところに配置されたんだね?」

「はいですの。 みんなシュビアで毎日消えてゆきましたの。 でも最後に私だけ残って・・・寂しいですの。」


舞の表情から微笑みが消えてゆくのが分かった。

「なんてこと!・・・そんな。」


「舞、もう考えるのよそうよ。 この子の存在理由と職業は爆弾なんだから。 偶然不発で生き残ったけど。」

舞はテーブルに突っ伏して無言で泣き始める。

「・・・みんなかわいそう・・・壊されるために生まれてくるなんて。」


「どうしてママは悲しむですの?」 テラは舞の顔を覗き込む。

「私の仕事はシュビアなのですの。 そのために生まれてきたのですの。」


「なあ、テラ。 もう仕事は忘れろ。 せっかく生き残ったんだから最後まで俺達と宇宙の旅をしような。」

「はいですの、パパ!」 テラは勢い良く椅子から立ち上がった。

「ママ、もう泣かないで欲しいのですの。」


「昔、パパもママもお前と同じユニットと暮らしていたんだ。」 タカはテラの頭を撫でた。

「もう今は居ないけどな。」

「本当ですの?」

「そうだよ。 その子の名前は二人共、テラって言ったんだ。」

「私と同じ名前なのですの?・・・私みたいにかわいかったですの?」


「うん。 シュビアで消えたけど。 空も飛べたし背中に大砲持ってたし・・・多くの人を助けたんだ。」

「すごおい・・・ですの!羨ましいですの。 私もぜひ飛びたい・・・ですの。」

テラは驚いて床で跳ねる。 「私も大空を高く飛びたいですの!」


「お前は鉱山用の標準品だったからオプションが無いんだね・・・飛べなくても十分かわいいぞ。」


「はいですの。 今度先輩の写真を見たいですの。」

「ああ、ジェニファーが持ってるから今度見ような。」

「はいですの。パパ!」 テラはタカの膝に乗った。




秋も終わる頃、サファイアのブースターノズルは全て交換が終了していた。 破損した装甲板も新しいものと全て取り替えられ、側面に刻まれた銀河連邦軍の記章も全て外された。

全体がグレーだったサファイアの外装は濃い茶色に塗り替えられ、目立たないように特殊塗料によって処理が行われている。 機関部の部分的な試験も殆ど完了していた。


「タカ、 いよいよあと二ヶ月でタルタを離れますよ。 買いたいものが有ったら商用船から買っておきなさい。」

サファイアは倉庫のリストを見なおしていた。

「大丈夫だよ。 食料品も資材も不足はない・・・君やジェニファーの予備端末やパーツは必要ないの?」
「私の端末は問題有りません。 ジェニファーの予備端末も倉庫に二体有ります。 どちらも同じ顔ですが・・・サードは不要だと言っていますから買い物はもう有りませんね。」

「いつ出発するんだ?」


「地球カレンダーで12月16日です。 工事の遅れは多少有りますが予備日もあるので試運転は予定通り12月8日に行われます。」

サファイアはスクリーンに映る工程表にチエックを入れる。

「タルタに来てからもう11ヶ月になります。 当分、物資補充可能な惑星には経由しませんよ。」


「また旅が続くんだね。 メンバーがここで増えたから少し楽しい旅になりそうだよ。」

「そうですか。」 サファイアはスクリーンに星系図を写して航路の予定を立てていた。

「私はまた忙しくなるので・・・。」


毎晩テラと夜遅くまで遊んだ二人だったが、テラとの別れは12月の最初に突然訪れた。

 

農作業が減ったこの時期は屋内で過ごす日々が多かったが、テラが来てからは昼間の時間に二人は家の外でよく遊んだ。

人工太陽が沈む17時ごろにはタカは飲酒タイムである。 タルタで酒は入手しなかったがタカの執念で蒸留酒の製造技術は充実していた。


毎朝テラが二人を起こすのであるが、この朝は先にタカが起きた。

「おい。 テラ!おはよう。」

タカが窓のカーテンを開けると外はすっかり明るくなっていた。

タカがダイニングに入るとテラは絵を描いていた途中の状態でテーブルに額を付けたまま動かなかった。


「おい、どうしたんだよ? もう朝だぞ。」


テラの肩に触れると、彼女は椅子からそのまま落ちる。 目は開いたままだった。


「サード、テラの意識がないんだ。 どうなっちゃったんだ!」

通信カードで慌てて連絡を取るがサードは静かに答える。

「・・・はい。 今行きます・・・寿命満期で機能終了したのではないでしょうか? b2bの有効時間設定は残り少なかったので。」

タカはテラの体を支えて揺らしたがテラが目覚める事は無かった。


サードが小屋に来た時、タカと舞のベッドにテラは置かれていた。


「テラ・・・死んだのか!」


「・・・はい。 前もってお伝えするべきでしたが。 テラ・・・b2b型は使い捨て目的なので有効寿命は製造されてから9年程度です。」

「どの道、はかない運命なんだな・・・。」

「はい・・・でも最高寿命まで生きたテラは滅多にいないでしょう。 私も自然に機能終了した姿は初めて見ました。」


「最後は幸せだったのかな。」 舞は目を腫らしてベッドの横に座っていた。

「また最期にお別れが言えなかったし・・・。」


「連邦軍で製造された 何万というb2bの中で、多分一番幸せな最後だと考えられます・・・自爆目的で設計されたユニットですから何をもって幸せという線は引けませんが個人的にも愛されて最期を迎えたユニットは宇宙の中でこの1体だったと考えて良いのではないでしょうか。」

サードはテラの顔を覗き込む。 まぶたは閉じられていた。


「余命がこんなに短いのなら、もう少しかわいがってあげれば良かった・・・」

「舞、十分過ぎるほどかわいがったと思いますよ。 普通は製造してから3年以内に目的を達成します・・・それに廃棄品からも助けてもらえましたし。」

「センターに居たテラたちは製造されて10年以上大丈夫だったじゃないか。」


「はい、 あの二台はミッション用のカスタム仕様です。 特注ですからそれなりに機能や仕様が異なっていますがこのb2bは新型でも廉価版でしたから・・・。」


「後でサファイアに報告しておいてくれ。」


「はい、サファイアは通信を聞いていますし先ほど報告は完了しています。 お二人の心のサポートもするように言われました。」

「ああ、俺達は大丈夫だ。 テラと別れるのは二度目だし。」

「もう少しでタルタを出られたのに。」 舞は動かないテラに毛布をかける。

「このユニットをどうしましょうか? 商用船が安く買い取ってくれるかもしれません。」

サードは商用船に引き渡す事を提案した。


「このままサファイアに載せておいていい? この子のために作りかけの服と帽子があるの。 せめて完成させて着せてあげたいから・・・。」 舞は未完成の服をまとめていた。


「はい、 船内に載せたままでも問題は有りませんが・・・でもお二人の精神衛生上、別な場所に移動することをお勧めします。」

「じゃあ・・・カレンの部屋に寝かせておいていいかい? たまに見たいときが有るかも。」


「はい。 それでは私が移動します。」 サードがテラを持とうとすると舞はサードの腕を掴んだ。

「ううん、私が運ぶから。」

舞は毛布に包まれたテラを胸に抱き、小屋を出て行った。



「タルタの衛星周回軌道を離れます。 後部エンジンの温度分布状態を確認して下さい。」

サファイアは緊張しながら画像をチェックした。

「異常有りません・・・タカ、分光器のヒストグラムはどうなってる?」

ジェニファーは自分のコクピットから叫ぶ。

「うん、温度分布は正常だよ。 集中や異常高温も無いしスラスターノズルは全部問題なしだね。」

タカはサーモアナライザーを覗きながら通信カードでサファイアに伝えた。

「あと30分後に第二次加速領域に入ります。 27分以内にポートに戻りなさい・・・格納扉は開いたままになっています。」

「はい、15分以内に帰投が可能です・・・以上報告を終了します。」

ジェニファーは送信を切断し振り返りながらタカを見た。


「ねえ、 私の端末が廃材置き場に有ったらタカは買ってくれるのかな?」


「お前はスタンドアローン(独立制御)じゃないよ。 本体は別だろ。」

「あら、私には冷たいのね。」


「違うよ、タカは絶対買ってくれるよ。 きっとガラスケースに入れて飾っておくんじゃない?・・・ねえ、タカ。」

舞は笑いながらジェニファーの後ろに立った。「壊れた方のがセンターにも置いてあったでしょ。」

「そう決めつけられるとねえ・・・それにかわいくない性格だし!」

タカは笑った。

タカと舞はジェニファーのスクリーンから遠ざかる惑星タルタを静かに見ていた。


「なあ、舞。 爆弾を外した新品のテラを商用船から買っておけば良かったかな。」


「嫌よ。 だって9年で死んじゃう命なら辛いだけよ・・・ねえ。タカ。」

舞はタカの後ろから両肩を掴んで前を見る。



「ん?」

「テラの生涯はこの星で終わっちゃったね。」

「そうだな、 せめて少しでも宇宙の旅を知って欲しかったけど。」


「でも廃材倉庫か解体処理場で生涯が終わるのより少しだけ幸せだったよね。」
「うん・・・きっと。」


「私、テラみたいな女の子が欲しいな。」


「いいかげん早く本物の子供を作りなよ。 何年一緒に暮らしてるの?・・・私も人間の赤ちゃん見たいし!」

「うるさいなジェニファー・・・俺達の勝手だろ! しっかり前見て操縦しろよ。」
「モニターあるから前見なくてもいいもんね。 タカのバーカ。」


一緒に笑う舞の胸にはテラが作ったブローチが付けられていた。