逃亡生活のの始まり 1




暗い部屋でタカは目覚めると隣のベッドには舞が気を失っていた。

痺れる上半身をゆっくり起こすとサードが自分の横に立っていることにが気づく。


「気付かれましたか?」

タカには何が起こったか分からなかった。
「俺・・・生きてるんか?・・・舞は?」

ベッドから立ち上がると舞の寝顔が目に入る。

「ああ、 舞も生きてるんだよね?」


「はい・・・タカ。 もうすぐ地球周回軌道から脱出します。 今は出発準備段階なので隠れての行動が必要です。

現在、当面生活に必要な物資の70年分をジェニファーが最終購入しています。」


「何が起こったんだよ・・・出発?・・・70年分? そんなに保存出来るのか? 腐るだろ。」

「衣料や食料です。 生活物資も12人分を70年間程度確保しました。 軍用のエージレステクニカルですから開封しなければ数百年はパック内部を保存できますし逃亡が成功すれば外宇宙で商人から買い物も出来ます。」

「何が起こったのかわからない。 サファイアが俺たちを殺そうとしたんだよな?」


「サファイアから正しい説明を受けるべきですが彼女は今とても忙しいのです。 静止軌道上から出発予定なのですから急遽の軌道計算に追われているのです」


「ここは何処? あれからどの位経つ?」

「サファイア本船の医療室で以前お二人を手術した部屋です・・・ここに移動してから76時間経ちました。 今ジェニファーが生活物資購入をあと数回行って63時間以内に地球から逃げなくてはなりません。」

「逃げる? 何で?・・・俺たち逃げなきゃならない理由って何さ!・・・早く言えよ!」


タカは少し興奮して怒っていた。 なぜ地球から脱出するのかも分からない、 またサファイアから攻撃を受けた記憶が大きなショックだった。


「サード!早く説明しろよ。 俺達が逃げる理由は何なのか! 逃げるって何だよ! 殺害とか、殺されてないけど怖い思いしたんだぞ。 それも一番に信じていたサファイアから。」


「今はすぐに説明が・・・。」

「なんで黙っているんだ!」


「今は細かい説明が難しいのです。 ご理解いただけないのも無理はないと思います。 お二人に危険が迫っていてサファイアはお二人を守るために最大の努力をしているのです。」

「サファイアが俺たちを守るのになんで暴力をするんだよ。」

「いえ、仕方なくです。 地球から逃げないとお二人は連邦軍や日本国家から暗殺されます。」


「俺はいいよ、家族なんかないんだから。 でも舞は違う、地球に残るべきだ。 両親もいるのに突然地球から脱出なんて無理だろう。」


サードが回答に困っていると天井の照明がつきサファイアが入ってくる。

彼女はベッドに居るタカの前で深く頭を下げた。


「タカ、申し訳ありません。 お二人を殺害するように連邦軍上層部より指令がありまして他に避ける方法がありませんでした。 自分なりに最良の方法を選択したつもりです。 私を恨むのはご自由ですがお二人の命を守るプロセスを実行したまでです。」


「おい、サファイア!怒るぞ。 何だよあの態度! 俺が何したって言うんだ。 舞にもだぞ。 ミッションのために努力した仲間を殺そうとするなんて酷すぎないか?」

タカは起きて走り寄り、サファイアの胸ぐらを掴んで持ち上げる。 彼女の服は少し裂け、軽いサファイアはタカに持ち上げられて宙に浮いた。


「タカ! 乱暴はやめてください。 サファイアはお二人を守るため・・・」サードは彼の肩を掴むがサファイアはサードに片手を上げて制止させる。

<気が済む様にさせなさい。 これが一番良い方法と考えます。>


しばらくタカはサファイアを吊るしたがやがて落ち着くとゆっくり下ろした。


「もう良いのですか? 気が済まないのなら私を殴るなり蹴るなり好きにしていいのですよ。」


「サファイア・・・すまない・・・つい。 タカの目には涙が流れていた。

「君の側にも深い事情が有ったんだよね・・・軍の命令だもんな。 俺、君を信用してるんだ。」

タカはサファイアを抱きしめる。


「すまない・・・君を傷つけるなんて。」両手を床につけてタカは泣き始める。


「いえ、あなたが激高するのは無理もありません・・・お二人には責任が全くありませんから。 あなたは命をかけて頑張りました。 そのあなたに酷い仕打ちをしたのは連邦軍・・・つまり私の友軍側の問題です。」


サードはタカの肩を軽く叩いた。


「サファイアは報告のためにお二人に仮死状態の処理をしました。 舞は数時間以内に目覚めるでしょう・・・私が側についていますから。」


「小惑星衝突対策を失敗に導こうとした軍の上層部が計画成功の報復にお二人を抹殺する計画でも立てたのでしょう。 私達か日本政府に暗殺を指示して仕返しするのが目的だったらしいです・・・テラの不正改造の件以降、ある程度の予測はしていましたが。


お二人の遺体を軍が確認することになっているので芝居の発覚前に地球から急いで脱出します。」

「サファイア、でも君は軍の反逆者になるよ。 捕まったら君もただじゃあ済まされない。 それでもいいのか?」

「私は解体処分場行きの身の上です。 失うものは最初から有りませんのでご心配には及びません。」


「サード、君も良いのか? 一緒に捕まったらどうする?。」


「はい、 皆と運命を共にします。 私はそう永くないので。」

サードは胸に手を当ててタカに敬礼をした。

俺はいいけど舞には両親が居るんだ。 舞も危険なら連れ出すのも仕方が無いけど、せめて両親へ別れの挨拶くらいさせてやりたい。」

「時間は少し有ります。 ただ、長い時間ではありませんが・・・ジェニファーに頼みましょう。 私は逃亡…いえ、脱出計画の軌道計算で手一杯です。 この時期は木星まで位置が悪いですし他の惑星が遠くてスイングバイが使えません。

船速を上げるためには自力加速しか選べないのが実情です。 加速の燃料は十分ありますが私は旧式なので反陽子炉の加圧に時間がかかっています・・・コクピットルームに居るので何かありましたら来てください・・・それでは。」

サファイアは深く頭を下げると部屋から出て行った。

「サファイアの本船は老朽化しているので飛ぶだけで精一杯なのです。 わかってあげて下さい。」

サードは首に手を当てて再び敬礼をした。


タカがブリッジを出てポートまで歩くとジェニファーと出合う。

「タカ!」 ジェニファーは彼を見て走り寄った。

「あの時に死んだかと思ったの!」

「ああ、サファイアが一芝居やってくれたんだって?・・・映像報告にまで仮死処理するなんて凝った事してくれるよな。」

「でもサードは迫真の演技が撮れたって言ってたよ。 芝居じゃそこまで出来なかったって。」

 ジェニファーはタカの首に手を回す。「でもよかった! 二人とも生きてて!」


「俺も本当に殺されるかと思った。 メチャクチャ怖かったんだ。」


「私、知らなかったからサファイアと本気で戦っちゃった。 タカが止めなかったらもう少しでサファイアを壊すところだったの!」


「お前は結構強いな。 俺もあの時はどうなるかと思ったよ。」

タカは少し笑って言った。


「管理コード勝手に変更したからサファイアから怒られちゃったの。 あれ使うと私、非常停止されちゃうんだもん。」
 

「なぜコード番号変更したんだ? 止められる事が最初から判ってたとか?」

「サードから指示があったの。 管理コードを変更しなさいって。」

「みんな賢いな。」

「もうサファイアに会った?」

「ああ、俺も怒って暴力しかけちゃった。 悪い事しちゃったよな。」


「多分サファイアはそんなことで怒らないよ。 それより脱出作戦が始まるって。 ねえ舞はどこ? もう目が覚めた?」
ジェニファーはあたりを見回す。

「まだ医療棟で寝てる。 今サードが着いててくれてるよ、 それより舞の意識が戻ったら手伝って欲しいことがあるんだ。 いいかい?」

「うん、何でも言って! まだ軌道から離れるまで時間はいっぱい有るから。」


「頼む、 舞の家まで行って最後だから両親に逢わせてあげて欲しいんだ。 少しの時間しか許されないけど・・・。」


「うん。 タカも一緒に行く?」


「・・・俺は遠慮しておく。 両親との最後は舞の好きなようにさせてやりたい。」


「分かった・・・じゃあタカはここに居て。 センターから運ぶものもいっぱいあるけどサードと行ってくる。」


「4月から生活物資輸送してたよね。 それってサファイア最初からこの件を知ってたのかな。」


「わからないけどそんな感じする。 買った服はタカと舞のサイズが多かったしベビー用品と子供服や布地もあったの。・・・多分だけどタカと舞と産まれる子供のためだと思うの。」


「サファイアはさすがだね、ダテに2000年以上輸送機やってきたわけじゃないんだな。 彼女はタヌキだね。」


「タヌキって?動物の?」


「ああ、そういう言い方するんだよ。 少し悪くて賢い奴のこと。 もっと悪質な奴をキツネって言うんだ。」

「キツネって?動物の?」


「そうそう、タヌキとキツネ。 人を騙すものの総称。」

「そういう食べ物有ったよね。 うどんとか、おそばとか。 麺類も人を騙すのかな?」


「麺類は人を騙さない、もう少し勉強しなよ・・・で、いつ出発する?」

「うん。 とりあえず朝が来たら買出しに出るよ。 センターにも荷物あるけどエレベーター壊しちゃったから階段か窓から運ばなくちゃ・・・舞を乗せるのはその次の便かな。 夕方以降だよ多分。」


「じゃあ、先の便は俺が乗る・・・荷物運ぶの手伝うよ。」

「私の方が力があるから大丈夫。 タカはカーゴに積むのだけ手伝って。」


「センターの俺の部屋に自分の荷物があるんだ。あと・・・お前の古い端末も。」

「願いだからあれ、捨ててよ。 壊れてるし恥ずかしい。 動くこれじゃダメなの?」ジェニファーは自分を指差す。
「わかったよ・・・お前が嫌なら諦める。」


タカがコロニーに向かって歩いているとサードから通信カードで着信があった。


「タカ、間もなく舞の意識が戻りそうです・・・医療棟手術室まで来ていただきたいのですが。」

「ああ、すぐ行く。」


彼が部屋にはいると舞はサードに支えられて起きた時だった。

「ここは?・・・病院なの?」

「サファイアの本船だよ。 まだ少し痺れが残っているだろ?」

「うん・・・サファイアから変な光線を受けたんだよね?」


「強い衝撃波の麻酔だったんだ。 でもあれは芝居の一部だって・・・」
タカは状況を説明する。 舞は表情を変えずに彼の説明を静かに聞いていた。


「宇宙に逃げるの?・・・そうなんだ・・・もう地球には住めないのね。」


「ああ・・・残念だけどな。 でも舞は家族があるだろう? 両親とか兄弟とか。」

下を向く彼女にサードは優しく肩を持った。
「お気を強く持ってください・・・今は・・・」

「ううん、いいの。 だって、ミッションで何度か死ぬかもしれないこと有ったし。 今まで生きられて結果を残せたから。」

「大丈夫でしょうか?・・・現在脱出の準備が進められています。 サファイアのコロニーで当面生活可能な物資の備蓄がほぼ終了しつつありますので。」

「家族には手紙書くから・・・きっと両親もわかってくれよね。」
「 ・・・。」 サードは下を向き答えなかった。


逃亡計画はサファイアが時間軸に沿った説明を行った。 二人に計画書を渡し、サファイアは部屋を出る時に舞に近づく。

「舞・・・申し訳ありません・・・このような結果となって。」

「うん、 大丈夫。 皆と一緒なら怖くないし。」

「あなたは心のしっかりした女性ですね。 これなら宇宙で十分生きて行けますよ・・・タカよりも。」
サファイアの表情には明るい優しさと笑みがあった。



「舞、あと2時間でジェニファーが一旦戻ります。 貨物を下ろしたら再び地球に行きますから手紙の続きは船内で書いてください。」 サードは貨物の積み下ろしにポートへ向かった。

「俺ももう少ししたら手伝うよ・・・舞、気持ちの整理は大丈夫か?」

舞はタカを見つめながら静かに首を縦に振る。


「ねえサファイア、お父さんとお母さんは大丈夫かな?」 舞は心配そうに訪ねる。


「舞、ご両親は殺害計画の対象外です。 長く接触していたわけではないのですが、もしあなたが今の時点で御両親に接触したことが連邦に発覚すると危険要素が高まります。 ですから会うのは一回にして下さい。」

「連邦軍の追手から逃げ切れる確率はどの位? 半分以上あるの?」


「そうですね・・・最高に上手く行って1.22%程度でしょうか。 現在では不確定要素が多すぎて正確な確率計算が出来ません。」

「い・・・1%って、そんなに低いの?」 舞は驚いた。


「連邦軍の新型船に追跡されれば私の船体は足が遅いのですぐに捕まります。 木星軌道上で追跡グループにトラップをかけますから木星衛星の影からショートワープする計画を立てています。


ジェニファーが時間を稼ぎますから・・・その隙に逃げる作戦です。 でもジェニファーとはそこでお別れになる可能性がありますが。」

「トラップって何?」


「ジェニファーにはお二人の死体が搬送されている事になっています。 連邦軍はその死体確認を重要と考えますので多分ジェニファーを当面攻撃しないでしょう。」


「でもじきにバレるんだろ?」


「多分ですが・・・映像加工が短時間だったので高度な処理が出来ませんでした。 いずれ加工履歴から嘘の映像だと発覚します。」

「じゃあジェニファーはどうなるんだよ。 反逆罪に問われるとかしたら可愛そうじゃないか!」


「あの子はタカのものです。 あなたの命を守るために自分を犠牲にするのは当然でしょう。 どの道、私も解体処理の身の上です。 ごく僅かでも最後にお二人が生きられる可能性を再優先に計画しています。」

「1%のためにずいぶん犠牲を払うんだね。 助かる可能性がほぼゼロじゃないか。」

「タカ、私は過去のミッションでクルーを28人も死なせる事故を起こしました。 私の僅かな判断ミスからですが、その時に彼らに残された可能性は0%だったです。 今、お二人に1.22%助かる可能性があるとするなら相当な高確率と考えます。」

「どんなミスだったんだい?」


「申し訳ありません。 今このタイミングでお話したく無いのです。 でも脱出が成功したらその時お話いたしましょう。」

サファイアは一礼すると部屋を出て行った。


舞は最後に自分の両親に会うため到着したジェニファーに乗り込む。 タカは本船に残る事にした。


「舞、両親に会えるのは1時間以内だ。 判ってるな! あと例の物は持ったか!」


「うん、持った。 大丈夫!」

「長くいると両親も危険にさらすからな。 気をつけろよ。」

「あと7分で地球に出発するよ。 衣料品と薬品関連を運ぶの。 今回の便は地球側で運搬はサードが対応するからタカはここに残ってね。」 ジェニファーは自分のエアロックハンガーに駆け上った。



舞が自宅に戻ることが出来た時間は夜も23時を過ぎていた。
ジェニファーを上空に待機させ、以前と同じようにサードに捉まってゆっくりと降下する。 玄関を入った時、廊下の前で就寝前の博美に出会った。


「遅かったのね舞、おかえりなさい。 今回はお仕事大変だったけど、いつからお休みになるの?」
博美はすぐに夜食の準備にしてあったサンドイッチを部屋まで運んでくれた。


「寝る前だけど少しだけ食べなさい。 夕食、まだなんでしょう?」


「お休みは・・・まだ判らないの。 今夜は食べたらもう寝るからおやすみなさい。・・・ねえ・・・おかあさん。」

「なあに?」
舞は表情が見られないように照明を背にした。

「ううん。 何でもない。 じゃあ・・・おやすみなさい・・・。」


「お父さんはもう寝ちゃったから、明日顔を合わせてあげてね。 最近、舞に会えないって悲しんでいたわよ。」


「う・・・うん。 わかった・・・。」

「お風呂沸いてるから冷めないうちに入りなさいね。」


「はい、おやすみなさい・・・。」

彼女はトレイを持って立ち去ったが舞は心のなかで博美にささやく。
「さようなら・・・お母さん。 いつまでも・・・元気でね・・・」


舞は涙を見せないよう様に努力するのが精一杯だった。 博美が運んだラップに包まれたサンドイッチをポケットにねじ込むと家族の写真と中学の卒業アルバムを押入れから出して部屋を見回す。


もうこの部屋にはもう二度と戻れないのだ。
書いた手紙とタカから預かった大きな封筒を机に置くと窓から身を乗り出してサードに手を振る。

「もう良いのですか? まだ時間は40分以上も有ります。」

舞は首を横に振った。
「もういいの、 荷物は下着類と服と本が少し。 あと、家族と友達の写真だけ持って行きたかった。」


「重いものでも持てます。 ベランダに出してもらえれば私が運びますから、多少は遅れても大丈夫ですし・・・。」

「もういいの、これだけで。」 

舞は泣きながらサードにしがみついた。「はやく行って。」


「はい・・・申し訳ありません。 今は適切な言葉が見つかりません・・・しっかり掴まってください。 では行きますよ。」
サードは舞を抱えると上空のジェニファーに向かって飛び立った。


エアロックに立った舞は目を泣き腫らしてすぐにしゃがむ。

「舞・・・席について。 ・・・じゃあ出発するよ・・・ベルトも締めるよ。」
ジェニファーは優しく舞を後部シートに座らせた。

「エアロック閉鎖確認。 加速重力シールド、オン・・・舞・・・行くからね・・・ごめんね。」


舞は下を向いたままだった。


成層圏を抜けると地上のあかりが線になってジェニファーのコクピット上の望遠スクリーンに映し出される。
舞は涙を流しながら母親の作った最後の食事を口に入れた。

「さようなら・・・おかあさん。 サンドイッチ・・・とっても美味しいよ。 また食べたいけど・・・」



舞がサファイアに戻ったとき軌道出発まで50時間を切っていた。 彼女は呆然としていたがあえてタカは声をかけなかった。

ジェニファーは最終貨物である日用品の最後の便を取りに再び地球へ向かう準備を進めていた。

「タカ! 次の便が最後になるよ。 他に欲しいものは有る? カーゴに余裕があるからあと2tちょっと程載せられるし。」

ジェニファーはエアロックでタカに叫ぶ。

「前から自分の雑貨とか楽器とかこっちに持ってきていたからもう大丈夫だよ。 食器とか調理器も揃ってるし。 あとはカメラとフィルムくらいかな。」

「カメラは私達の目があるからこれで我慢してね。・・・フィルムも現像も要らないし。」


「そうだよな・・・まあ、あとは何とかなるさ。 家具は自分たちで作れるし・・・あ、 本とか雑誌忘れたけど・・・まあいいか。」

「衛生用品とか舞の生理用品とかも大丈夫よ・・・避妊器具は・・・要らないよね、うん。 舞にはジャンジャン子供産んで人類が増えてもらわないと。」

「バカヤロー何を考えているんだ、 コロニーで人間を養殖する気か!、 俺たちを輸送の家畜と一緒にするなよ。」
タカは大声で叫んだ。

「ねえタカ、 自分たちの立場を分かっているの?」 ジェニファーは腰に手を当ててタカを見下ろす。

「今から新しい人類の歴史が始まるのよ・・・無事に逃亡が成功したらだけどさ。」


「なんとか上手く宇宙に逃げるんだろ? それもどうなるか分からないしさ。」


「そういう話じゃないよ・・・これから宇宙で人類が増えるのよ。 コロニーでさ。」


「俺達の子孫の話かよ?」

「そう、 あなた達はアダムとイブなのよ。 もう地球人類から独立した形のね。」


「お前、すごいこと言うな・・・最近何で宗教がかっているんだよ。 サファイア聞いたら怒るぞ。」

「宗教じゃないね。 現実を見なよ、もう地球には帰れないんだよ!」


「そっか・・・もうじゃあ独立した人類なんだ。」



「タカっておバカさんね。 ヘタすると死ぬまでサファイアの中で暮らすんだからね。」

「ここが俺たちの生活空間か・・・でも物資はいずれ足りなくなるじゃないかよ。」

「遠出したら銀河系の商人から繊維や金属とか少し買えるよ。 でもお酒は無理かも・・・自分で醸造してね。」

「農園の種とかはもう積んだよね、 だから農業始めないとな・・・米とか麦とか大豆とか。」

「冷却槽に種子類と小動物の冷凍カプセルがあるし低温冬眠システムが働いているからかなりの動物や植物を再生できるよ。 あと酵母菌も何種類か持ってきたからこれでお酒やお味噌も造れるし。」


「さすがジェニファーだな。 オーナーの好きなものは完璧だ・・・じゃあ最終便はサードに任せるから。」

タカはエアロックのハンガーから飛び降りてポートから去っていった。


「あと30時間で反陽子炉(リアクター)の増圧が完了します。 28時間40分後に地球衛星周回軌道を離れる予定です。」

サファイアは逃走地図経路をスクリーンに出した。

「君のエンジンは何で加速するのか知りたい。」

タカはサファイアのコクピットでコーヒーを飲みながらスクリーンを見ていた。


「プラズマイオンですが・・・何か?」

「衝撃は大きいの?」  舞も心配そうな目でスクリーンを見る。


「加速シールドされるのでほとんど衝撃はありません。 コロニーには池もありますし揺らせてしまう構造なら問題が多発します。 今回は急ぐので多少は揺れますが。」

サファイアのスラスターノズルはすでに赤色から黄色に変わり始めていた。 青白く変化したときが加速開始となる。


「メインエンジン点火します。 燃焼状態に異常なし・・・地球周回軌道をゆっくり離れます。・・・二人とも地球と最後の別れになりますから映像を見てしっかり覚えておいてください。」


スクリーンに地球が映し出される。

「おかあさん・・・おとうさん。 兄ちゃん・・・雷太、 さようなら・・・」

舞は静かにつぶやいた。


「木星軌道まであとどの位?」
「今の加速ですと257時間程度で到達します。」


「これだけ大きい船でも早いね。 人類の宇宙船だったら何年もかかる距離なんだろ?」

「すべての工程が燃焼式の加速では燃焼時間と推進距離区間が限られますから・・・でも私のプラズマエンジンは加速を連続して続けられます。」


「俺達の死体を届ける設定の前に移動を始めたら逃走とバレないかい?」
「半年以上前から連邦軍には今日の帰還の準備飛行計画を申請しています。 木星軌道から戻るルートの偽情報までも監視チームにも提出しています。」


「サファイア、 君はやっぱりタヌキだな。」


「私がタヌキですか?・・・動物のタヌキの事でしょうか?」

「タヌキのことは忘れてくれ。 木星軌道上でどんな作戦を使うんだい?」


「最初プランは1452考えました。 一番成功率の高いものは木星の軌道上でジェニファーを分離します。 ジェニファーに事故かエンジントラブルを装わせて連邦軍が集まったところで私達は亜光速で離脱します。」

「ジェニファーを置いてゆくのは絶対嫌だよ!・・・その場合はジェニファーとは永遠の別れになっちゃうの?」
「いいえ。 小ワープですから外宇宙での待ち合わせ場所を指示しています。 ジェニファーが連邦軍から開放されたら遅れても追いつくと思います。」

「絶対会えるのだといいけれど連邦軍はジェニファーを開放してくれるのかな?・・・追跡されたりして。」


「はい。 どの道、外宇宙では当分の間は派手に動けません・・・ジェニファーはガウストの船内工場で検査する予定表を提出していますからガウストが後日でもエスコートしてくれるでしょう。


「俺だったら話し合うけどな。」
「連邦軍が話し合いだけで解決するとは思えません。 それに報復を企んでいるグループはタカの抹殺をあきらめないでしょう。」

「サファイア! もし逃亡に失敗するとしたらどんな事が考えられる?」


「木星軌道前に芝居が発覚したらら全て終わりです。 緊急で亜光速離脱しても衝撃波シュプールを追われますから早めの加速体制が必要なのです。」

「だから加圧を急いだんだ。 遅れないように急がないとね。」


「新型船だったら加圧時間はほとんど必要ありませんが私は旧式ですから。」


「今どうして今ジェニファー本体を収納しないの?」
舞は船外で並走するジェニファーをスクリーンで見ていた。

「初期加速中にプラズマ砲を使えませんから無防備になります。 それまではジェニファーが唯一の防御手段です。 加速率が上がれば収納します。」


サファイアは地球軌道を離れてゆく。 今、タカと舞は二度と戻らぬ覚悟でスクリーンの地球を見つめる。
タカが気づくと舞の手には小さな地球儀が握られていた。


「舞、 自宅からそんなの持ってきたのかよ?」

「うん・・・地球の思い出だから・・・もう二度と見られないんでしょ・・・地球。」

「多分そうだよな・・・遠い未来に思い出になるかも・・・将来は世界遺産になったりしてな。」

タカは地球儀を回した。


「うん。 地球儀、ここにおいていいのかな?」

「じゃあコクピットルームに置かせてもらおうか・・・いいだろサファイア。」

「はい、良いですよ。」 サファイアは地球儀を見て微笑んでいた。

「地球儀とは面白いものを人類は作ったのですね。 連邦にはそういうものはありませんよ。」


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舞の手紙

小川幸助様 小川博美様へ



お父様。 お母様。

この様な形で手紙を残すことを許して下さい。

細かい説明ができませんが 私はある事情から急いで宇宙へ旅立つことになりました。 タカと一緒です。

発生した問題につきまして今は言えません。 ただ、ご存知と思いますがサファイアとジェニファー、サードが私達の命を守るために今後も戦ってくれると思うのです。

生きて地球に戻ることが出来るか現時点で判りませんが、今の状態ではとても難しいと思います。

高校を中退したこと。 ごめんなさい。

そして今まで育てて頂いた御恩も忘れません。

タカと知り合ったことは今でも後悔していません。
そして大きな結果を人類に残せたこと。 これこそが私にとってこの世に生まれた最大の理由だと思うのです。

手紙の下において行く封筒はサファイアから頂いた現金です。 地球に向かう船の中で数えましたが4000万円程度あります。 政府から功労金として支給されたと聞いています。

今後、私にはこのお金は必要有りません。 タカの分も頂きました。
あと私の銀行口座に個人購入品補助予算として政府から毎月出ていたお金も貯金してあります。 机の中に通帳があるのでこれも合わせてください。


お金はお父さんとお母さん以外に正則兄さん。そして雷太と家族皆で分けてください。

これからも末永く元気で家族が幸せで居られる事を祈ります。


タカのことを恨まないで下さい。 私は遠い宇宙の奥でタカと結ばれると思います。

その時をお伝えする事は出来ませんが、お父さん、お母さんも私達の幸せを祈ってください。

私の家具類は、大変申し訳ありませんが処分をお願い致します。


さようなら。
5月30日 小川 舞より