ミッション最終工程


高速で運行中の船体が少し揺れてタカは目を覚ました。
彼が目を開くとジェニファーが顔を覗きこんでいでいる。 毛布に包まれた二人の部屋は冷えきっていた。


「おわ、何の衝撃だ?」

「ごめんなさい、起こしちゃったね・・・少しコース修正したから。 けっこう揺れたから人工重力じゃ補正出来なかったの。」

「また隕石でも当たったかと思った。」

「隕石当たったらそんなもんじゃすまないよ・・・もう経験済みでしょ?・・・小惑星からの破片は少し当たってるけど装甲と防御シールドで多少は大丈夫だから。」


「もう破片が当たる位置なのかい?」
「うん。 太陽が近づいてるから熱で表層が少し剥がれ始めてるのね。 ハレー彗星と同じ・・・それより部屋、寒い?」

 

「いや、大丈夫だ・・・俺、いつの間にか寝ちゃったんだな。」


「ごめんね。 最終工程前にリアクターの圧力と温度を下げないといけないから船内は寒いの。 ゆうべから7度は下がっちゃった・・・私の炉は小さいから。」

 

「ああ、攻撃開始前に反陽子炉の温度上昇を抑えるんだね・・・俺ってどのくらい寝てた?」

彼女は毛布をタカの首までかけ直すと優しくキスをする。
「4時間17分29秒。 今日が最終日だから。」

「細かく数えるなよ・・・最終日かあ、とうとうテラとお別れの日だね。」
「うん・・・あの子達の運命だよ。 でも一番幸せな日かもね。」


「もうあの笑い声は聞けないんだなあ。 テストモードになった日が最後になっちゃったな。」
「あの子達のことはもう忘れて・・・ね?」


ジェニファーは再び優しくタカにキスをする。 タカはジェニファーの首に手を回して彼女の顔を強く引いた。」

「縛れよ、 口にお前の髪が入る。」

「ごめん・・・さっき最後のリボン、切れちゃったの。」

「最終日に縁起悪いな。 もう予備持っていないのか?」

「大丈夫。 帰れたら私の部屋にあるよ・・・無事に帰れたら・・・だけどね。」

「もう起きなきゃサファイアに怒られる。」

彼が起きようとするとジェニファーは肩を持って再び寝かせた。

「まだオペレーションスタートまで23時間ちょっと有るよ。 あと30分ぐらい寝ようよ。 もう少し暖めるからね。・・・軌道上のサファイア本船まであと177万9000キロだからあと4時間位で排泄転送チップ使えるよ。 タカはもうトイレ行かなくていいのね。」


ジェニファーはタカの上に乗り彼の両肩を強く掴んでいた。「あったかい?」

「ああ、少し部屋が寒かったから・・・カーゴルームで装備の点検しなくちゃ。」

「ちょっと待って!・・・今、サファイアから入電。 タカの健康状態、最終報告しろって。」
 

「俺元気だよ。かなり太ったけど。」
「でも脈拍かなり早いね。128もあるし。」


「お前が上に乗ってるからだよ。 それに早く服着ろよな・・・ベッドでこんな事してるのサファイアにバレちゃうぞ。」
「上手にデータをごまかすもん。 5:36現在の最新情報だとミッション成功率47.33% タカが生きて帰れる確率24.61%だってさ。」

「テラのトラブルで半分以下に下がっちゃったな。 俺が地球に生きて帰れる確率は1/4以下かあ・・・最後にステーキ食べたかったけど・・・あと旨い赤ワイン。」


「きっと帰れるよ。 そう信じなきゃ・・・帰ったらすぐにセンターの厨房でステーキ焼いてあげる・・・400gのでっかいの。」

 

「ああ、楽しみにしてる・・・ワインも忘れるなよ。」
「うん。 戻れたらワインとお肉、すぐに買ってくるからね・・・あと今日で最後だよ・・・もう、こんな事。」

「俺達もう別れるのか?」
「うん。 タカが無事に生きて帰ったら舞に返すの。 だからこんなことはもう卒業だよ。」


「ちょっと残念かも・・・でも今日までありがとう・・・精神的にもずいぶん助かった。」
「最後の3ヶ月、私も幸せだったよ・・・お互いにいい思い出になるといいね。」

ジェニファーはタカを見下ろし続ける。 そして優しくタカの耳に顔を付けて囁いた。

「もし・・・もしだけど、無事に生きて帰れたらタカは何したいの?」

「舞と結婚かな・・・そしてお前と暮らすこと・・・お前は何がしたいんだ?」

「この浮気者・・・舞に私達の関係バラしちゃおうかな・・・それでもいいの?」

ジェニファーは彼の胸に顔を埋める。「それでも舞はヤキモチ焼いてくれるかな。」


「そうなれたらいいなあ・・・もし無事に帰れてさ。 お前は何を予定してるんだ?」

「そうだね・・・私、タカと舞の子供たち乗せて地球の名所めぐりするの・・・そして遠い未来にタカが年取ったら死ぬ瞬間まで傍に居てあげる。」

「それはダメだ。 俺が死ぬ時は舞に見送ってもらう。 だからお前は格納庫でじっとしてろ。」


「意地悪ね・・・船は船らしくしろって言いたいの?」
「そうじゃないよ。 爺になって死ぬ時、お前に見られたくない。」

「ずるいよ。 舞には見せられるのに?」

「戻ったらサードにお前のリアクターやエンジンのメンテナンス方法とか聞かなくちゃ。 ずっと俺が整備してやる。 スペアパーツも連邦軍から買っておかなきゃな。」


「うん・・・楽しみにしてる。」


二人は小一時間ベッドで会話を続けていた。