冥王星への旅



「ジェニファー、お湯がとっても熱いよ。」カーゴルームに置かれたシャワー室でタカは大きな声を出した。

「アチチチ・・・ヤケドしそうだ。」

「贅沢言わないの、リアクター(反陽子炉)の熱で沸かしているんだから温度調整が難しいのよ!そのくらい我慢してよね。」

高速航行中のジェニファー本船は冥王星まで加速のためにかなり限界まで船内動力を使用していた。
船内の温度も一部上昇していたが宇宙空間中での放熱問題は解決されていて大きなダメージは無く、船内では反陽子反応の余熱で暖房やボイラーに応用ができたためタカはカーゴルームでシャワーを浴びることが出来た。


「うわ、アチチ。 もう体が真っ赤だって!」


「サファイアがタカのためにシャワー買ってくれただけでも感謝しなよ。 タライで済ませる予定だったんだから。」

「宇宙船で行水させるつもりかよ・・・お前達は風呂が無くても良いんだからうらやましいな。 半年も風呂無しじゃ俺、死んじゃう。」


「私だってたまには体を洗うよ。 もっとも年に一回程度だけど。」

「体洗うって・・・お前は防水か?」


「うん、海に300m以上は潜れるよ。 口さえ閉じてれば大丈夫だしシャワーくらいで水漏れなんかしないもん。」

「ああ、人間は不自由なの。 垢は溜まるし、においは出るし。 体は痒いし。」


「それでも水はタカのために積載限界重量まで目いっぱい載せたのよ・・・だから加速悪くって。 お酒とシャワーの追加でだけで1.2tもオーバーしてるんだから。」

「そのくらい載せたってお前は壊れないだろ。」


「あのね! 初期加速が出せなくてサファイアから補給出発するときカタパルト(射出機)使ったのよ。 月の重力が低いのに高速輸送船がカタパルト使うのって恥ずかしんだからね。」

「フン、誰も見てないさ!そのくらい我慢しろよな。 それに水は再生してるんだろ? ちゃんと節水してるんだ。」


「飲み水は完全に再生しないの。 だっておしっこ飲むの嫌でしょ! 私って長距離輸送船じゃないから水の完全再生装置は最初から積んでないのよ。」

「ふん、ションベンなんか飲めるか!」


「加速が間に合わない時にはサファイアが最悪、水を捨てるように言ってたのよ。 再生水が不足したら浄化槽の水で我慢してね。」


「しょーがねえなあ・・・で、今夜は何食べさせてくれるの?」


「とんこつラーメンとチャーハン。 もう出来てるからシャワー早く出てよ。 麺がのびちゃうから。」


出発7日目でまだ火星軌道までしか到達していなかった。 通常の1/20分以下のペースである。 過積載がたたって予定よりすでに18時間程度の遅れも出ていた。 

小惑星追跡時に燃焼エンジン系で加速させるため反陽子炉で生み出されるプラズマエンジンでしか行きの加速には使うことが出来ない。 タカの食料と水、帰りの燃料でジェニファーの総重量は設計限界を越えていた。


「タカ、 舞がカナルに襲われたけど無事だった話とか聞いてる?」 ジェニファーは洗濯をしながらタカを見る。

「あいつ卑怯だよね。 舞一人になった時を狙うなんてさ。」


「うん、昨日サファイアから聞いたよ。 でも舞が一人で倒したって・・・すごいな。 それも包丁使ったみたいだし。」

「でもビルが少し壊れたって。 タカの部屋も大変みたい。」


「二人が暴れたのかな。後片付けが大変だって言ってた・・・今度こそ奴をバラバラにしちゃえ!・・・メモリーが残ってて復活したってサファイアが言ってた。」

「でも、今度は舞がメモリー欲しがったって。 何するんだろうね。」


「舞の奴は何を考えてるんだろう。 うっかり復活なんかさせたらまた面倒になるのに。」

「でも、カナルってそんなに悪いユニットじゃないよ。 言葉なんかタカよりは紳士的じゃない? この前だって狙撃から守ってもらったでしょ。」


「マリアナの時だろ。 でも俺は殺し屋なんか嫌いだ!・・・何度もひどい目に会わせやがって。 今度見つけたらぶっ壊してやる。」


「舞から何か来た?」

「いや、運行記録文書送ったんだけど返事がまだ来ないんだ。」 タカはモニターを確認した。

「舞はちゃんと見てるのかな。」

「嫌われたんじゃないの? それともほかにいい人見つけられたとか。 タカは言葉が乱暴だからね・・・舞が浮気したら悲しい?」


「何言ってるんだよ・・・帰ったら結婚するんだ。」


ジェニファーは腰に手を当ててタカを見下ろす。

「へえ、7年でやっとそこまで来たの?・・・いつまでも結婚しないから振られたかと思った。」

「バカ言え、ミッション中は我慢してたんだ! 手だって握ったことないし。 俺って我慢強いんだからな。」


「ほー、何の我慢なの。 言ってみなさいよ!」 ジェニファーは笑いながらタカの頭をかき回す。

「ちゃんと頭拭けてないよ。 船内に水垂らさないでね。」

「ご主人様に向かってなんて事言うんだ。 口の利き方知らん宇宙船だな!・・・新婚旅行にはお前をこき使うからな。 世界一周だぞ!」

「ミッション以外じゃ出国や入国手続きが必要だし。ちゃんと空港使わないと捕まっちゃうよ・・・それに空港の駐機料って高いんだから!」


「だから、ミッションだってごまかすんだよバカだなー。 夜中に飛ぶなら目立たないし大体お前は滑走路は要らないだろ?」

「そうね。 ステルス使えばレーダーに見つからないしね。 こっそり飛んじゃおうか?」

「お前、意外に悪党だな。」



タカはコクピットから舞に報告文書を入力する。 定期連絡事項と最後に入力した個人的書簡は舞に向けられたものだった。


「舞にラブレター?」

ジェニファーは彼の後ろから覗き込む。 「読んでもいいかなあ?」

「見るなよ、あっち行ってろ!」タカはあわてて両手でモニターを隠した。


「タカ、今入力してる文書って私のコンピューターが管理してるんだからね! 画面を見なくたって全部お見通しだよ。」

笑いながらジェニファーはテラ達のほうに行った。

「愛してるとか、ちゃんと書かないんだもん。 いつ書くか楽しみなのよねー。」

「この!・・・覗き見するなよ。 性格の悪いやつ。」

タカはファイルを投げつけた。



「予定より20時間弱遅れが発生。 機体の状態は特に問題なし。 過積載が厳しいので廃棄物を予定より早めに投棄開始する。10日以内に227kg投棄予定。
テラもジェニファーも元気。 俺も健康そのもので心配は何も無い。 もうすぐテラのバッテリーが切れるけど静かになっていいかと思う。
ジェニファーのプラズマエンジンは温度が高すぎてぶっ壊れないか少し心配。 本人は大丈夫と言っているけど。

舞、 カナルとの戦いは大変だったね。 俺が居ないときで申し訳ない。 サファイアから細かいことは聞いていないけど有機体を置いて行ったらしいから必ず近くで行動することにしてほしい。 あと時間を作って自宅にたまには帰って欲しいな。 一日中ビルの中では病気になっちゃうぞ。 また2日後に定期通信する。 じゃあ元気で。 ヤン.タカ」



「昨日通信文け取りました。 遅れは早く取り戻してください。 テレビニュースでタカの位置とか出ています。 反対派のデモも、ここ数日静かです。

カナルは死にましたが、メモリーはサードから近日中に貰う予定です。 すぐに復活させるつもりは有りませんが、サファイアが地球を去った後で必要になるときが有るかもしれませんから非常用に取っておきます。

燃焼加速できないから遅くて大変ね。 荷物もいっぱいだしジェニファーがかわいそう。 わがまま言わないで頑張って。
また通信待ってます。」



センターの厨房で舞は有機体サファイアと食器を洗っている時、舞はシンクの前に下がっている包丁を見てカナルを思い出していた。 新しく買ったものだがカナルの胸から流れた液体が脳裏を過ぎった。
うっかりカップを皿の上に落とし二枚ほど割れる。


「舞、 大丈夫ですか?」

「うん。 ちょっと思い出して。」 舞は厨房の椅子に座った。

「少し休んでいい?」

「舞、あなたは少し疲れていますね。 広報をお休みして少し自宅に戻ったら良いと思うのです。 昨夜も遅くまで電話取材が有ったことですし。」


「ううん、大丈夫・・・ねえサファイア、 理由を聞かないで一つお願いを聞いてもらえる?」


「はい。 可能なことなら・・・なんでしょう?遠慮しないで言いなさい。」


「急いでカナルの復活をお願いしたいの・・・訳は聞かないで。」

サファイアの表情は急に厳しくなった。


「・・・どうしてです。 目的がわかりません・・・あなたを襲った殺し屋ですよ。」


「理由は・・・サファイアには理解してもらえないから・・・カナルが最後に言った言葉が忘れられないの。 このミッションに大きな欠陥が見つかったって。 タカも私も死ぬって。」


「多分あなたを混乱させる罠でしょう。 故意に自分を復活させるように仕向けて次のチャンスを狙っているのです。 私より悪の手先を信用するのですか?」

「違うと思うの・・・あの時カナルは自分が死んでゆくことを知っていて言ったのよ。 悪い目的で動かされていたロボットでも、あのときの言葉は本物だったと思う。」

「プログラムは機能停止する直前まで目的を達成するために動作します。 ですからカナルは罠をあなたにかけたのです。」

「テラのことも言ってた・・・本当の目的を私に話しかけたとき、カナルが死んじゃったけど。」


「・・・舞はその内容を聞いたのですか?」 サファイアは手を止めて舞を見つめた。

「正確に説明しなさい。」

「知る前にカナルは死んじゃったから。」

「・・・仕方が無いですね。 ではサードに解析させましょう。 嘘だと言うことが判ったらこの件は忘れなさい。 このままだとあなたのの士気に影響しますから安全な方法で検討しましょう。」


「すぐにカナルを再生してもらえる?」


「サードと相談して影響の無い方法が残されているか確認してからです。」

サファイアはエプロンを外すと厨房を出て行った。


<サード。 今、時間は大丈夫ですか?> 本船内で雑務をするサードに元端末のサファイアは近づいた。

<今、地球の私が舞からの申し出を受けました。 カナルのことであなたに確認したい内容が有ります。>

<はい、 時間は少しなら大丈夫ですが。>

<カナルのメモリー解析は進みましたか?>

<6年前までの追加指令まで解析できました。 自爆や我々への破壊工作用プログラムは全て消去完了済みです。>

<新しい記憶領域はまだ消去していませんね?>


<はい。 まだ解析も終わっていませんので。 EFAデラス・・・5年以前のデータは手付かずです。 データに何か?>

<カナルが作動停止直前に舞に何か言ったらしいのです。 これが影響して舞は仕事に熱が入りません。>


<カナルの撹乱目的の作戦では?>

<私もそう考えます。 しかしテラの件をカナルが少し言ったらしいのです。>


<シュビアコマンドの事とか?> サードは手を止めてサファイアを見つめる。

<まさか詳細な事を舞が知ったら。>

<判りません。 舞の言葉とカナルの態度から我々ミッションの不完全な部分を察知して自分の勝利を認識していた可能性があります。>


<本当でしょうか? ちょっと信じられません。 大体カナルが自分の勝利を知っていながら相手に自分の不利な話をするとは考えにくいのですが。>

<カナルは再生できますか?>

<代替の端末が有りません。 ただ、舞が包丁で刺したエネルギーモジュールは私の物と共通部品なので交換できます。 端末の外観上、少し傷は残りますが2日も有ればそのまま再起動が可能です。>

<武器を使えなくして再生出来ますね。>


<お望みなら・・・でも私は賛成しかねます。 カナルの芝居で嘘だったら?>

<もし万が一にもカナルの発言に真実が含まれていたなら大問題です。>


<サファイアには思い当たる事が?>


<確証は有りませんが・・・少し。 支給されたテラには納入に関して不審な点や事件がいくつかありました。>


<もうテラたちは冥王星軌道に向かっています。 今現在に問題が発覚しても手遅れなのでは?>

<サード、今はあなたにカナルの再生が可能かを確認しているのです。>

<はい、可能です。 すぐに出来ます。>

<初期化と解析を中断して再生を急ぎなさい。 舞の直感を信じます。 場合によっては隠された事実が発見できるかもしれません。>

<はい、 エネルギーモジュールは私の予備が有るので。 少しお待ち下さい、再起動前に報告します。>



サファイア本船ではカナルの修理が終わり再起動する時が来ていた。
ベッドに寝かされままサードの操作でカナルは再起動して目を開く。 天井を見たままカナルはじっとしていた。


<ブラル.カナル・・・サファイアです。 舞の希望によりあなたを再生しました。 再起動状態は大丈夫ですか?>

<・・・やあ、サファイア。 こんなに近くで話したのは久しぶりですね・・・でも全部思い出せないなあ。>

<あなたのメモリーを一部消去してしまいました。 でも最近の記憶は残っているでしょう。>


<どうせ解析したのなら私を再生する必要も無かったでしょうに。 ご苦労なことで。>


<舞に言った最後の言葉を思い出しなさい。 テラの事とか。>

カナルは背中を向けて薄笑いをする。

<フフ、サファイア。 あなたがミッションを失敗する話です。 このまま放っておけば私の勝ちですから。 それをどうして今、ここで話さなければならないのでしょうかねえ。>


<舞はあなたを刺したことで未だに罪悪感から抜け出せていません。>


<かわいい地球人ですね。 私と心中するつもりだったらしいのですよ。 人間とは理に合わない行動をしますねえ。>

<タカも命をかけてジェニファーを助けた事があります。 人間の行動は人工知能では予測できない部分があります。>


<舞様に会えますかね?>

<ここは日本列島の静止軌道上です。 必要なら会わせます。 どの道、私には話したくない内容でしょう。>


<サファイア!地球に移動させるのは反対です。 また妨害工作されたら困ります!>

サードはサファイアの前に立って会話を遮った。 <こいつは絶対何か企んでいます。>

サードの後ろでカナルは笑い始める。
<ウフフ・・・お二人にこれだけ申し上げておきます。 特務のために私は軍を引退して反対派に協力する様に派遣されてきました。 最初に私を買ってくれたのは連邦軍高官だということを忘れないで下さいよ。 どうせ調べれば判ることでしょう。>


<では連邦軍の誰なのか説明しなさい。 私達は連邦軍と生物保存評議会から地球を守るように派遣されているのですよ。>


カナルはゆっくりと上半身を起こして髪をかき上げる。 両目を見せたのは初めてで隠れていた片目は赤外線センサーの緑色だった。

<お二人とも頭がよろしくありませんねえ。 本当に連邦軍や生物保存評議会が地球を救うと考えています?・・・あなたたちは最初から茶番劇を演じさせられているのがどうして今になっても判らないのです?>

<サファイア! カナルは私達を混乱させる作戦です。 こいつの言う事は全て嘘です!>

<サード君、 君は連邦軍の元兵士だったでしょう。 上官が事業を始めるとき、関係した惑星の何に目をつけるか知っていますよね。 軍上層部から見ればあなた達の方が用済みで邪魔なんですよ。>

<地球に高価な資源は無いぞ! 自分で調べて分かったろう。>


<鉱物資源ばかりが価値とは限りませんよ。 頭を絞って考えなさい。>


<この悪党! また停止させられたいか! いつだって・・・>


<サード、やめなさい。 舞に会わせましょう・・・カナル。 あなたを明朝に舞のところへ送ります。 今日はここまでにしましょう。>

サファイアの指示でカナルは再び意識を停止させられた。



センターで朝食が終わる頃、舞は屋上に輸送機が到着するのを知った。

「元のサファイアが来たの?」


「いいえ、 サードが一旦戻ってきました。 カナルをつれて。」

「カナルが再生出来たの?」 舞は嬉しそうに叫ぶ。


「はい・・・サードは強く反対しましたが。」


屋上の階段からサードと、ロープで縛られたカナルが降りてくる。舞は6階の廊下から声をかけた。


「カナル! 良かった!」

「おはよう御座います、舞様。」 カナルはロープを一瞬で引きちぎると左手を首に当てながら中敬礼をした。


「私の部屋に通して。」

「舞、カナルの体内武器は使えなくしていますがペンでも定規でも武器にするかもしれません。  力も強いのでワイヤーで縛っても危険なのです。」

「彼はもうそんな事しないでしょう、 私はカナルを信じます。」

「舞、あなたを襲うようにプログラムされた部分が消去されていない可能性がありますから危険です。」
サードが彼の肩を押さえていたがカナルは振り払った。

「私が舞様に危害を与えるって?・・・そんな事もうしませんよ。」

カナルは微笑んだ。「私は勝利を掴んでいるのです。」

「サード、サファイア・・・私の部屋でカナルと二人っきりになりたいの。」

「危険です! 私が立ち会います!」

サードが前に出ようとしたときサファイアはサードの肩に手をかける。


<舞の好きにさせてあげなさい。>


<しかし・・・相手は殺し屋のカナルですよ。 もし舞に万一・・・>

<多分、もう大丈夫でしょう。>

「ありがとう。」 舞はカナルと自室に入った。


「この前はごめんなさい。 痛かった?」

自室に椅子がなかったためベッドに座らせたカナルの横に舞は座った。


「いいえ。 痛みという感覚は私達にはありませんが驚きました。 地球のか弱い女性にあんな強い力を出せるなんて思いませんでしたし。」


舞はカナルの襟を開き胸の傷を見る。 柔らかい合成樹脂製なので穴は目立たなかったが胸には液体のシミが残っていた。
カナルの胸に顔を埋め、彼の両手を持った。

「本当にごめんさない。 私を助けてくれたのに酷い事をしてしまって。 許して・・・。」


「舞様、私なんかのために泣かないで下さいよ。 それより舞様に飛び降りの危険を迫ったのは私ですから・・・もっとも当時は舞様を人質にする予定でしたが・・・最初から殺すつもりはありませんでした・・・それだけは信じて下さいね。」


「カナル、あなたはミッションの失敗計画を今でも請け負っているの?」

「実のところ私はもう仕事からは離れてしまいました。 サファイアが私の機能停止を週刊誌の記事に出したので私は失職しました。 依頼人の実名報道をされたからですよ。 サファイアって酷い女ですね。 今朝、サード君から新聞記事を見せられました。」

「宗教家の依頼主?」

「そうです。 本当はエネルギー供給も絶たれるところですが、サード君が自分の予備モジュールを与えてくれたので今はサファイアのリアクター動力で動けるようになりました。 おかげさまでサファイアの機嫌を損ねたらいつでも停止させられる運命ですが・・・。」

彼は笑って舞の髪を優しく撫でた。 「私の傷の件はもう忘れてください。」


「ねえ、カナル。 ミッションの欠陥ってなあに。・・・私に今、話せる?」

「そうですねえ・・・もう良いでしょう。 舞様には話します。 まあ、舞様はサファイアに話すでしょうが・・・テラって、二人いたでしょう。 b2b-アルファという機械端末機種です。」

「あの小さな女の子達の事?」


「あれ、反物質爆弾です。 小惑星に穴を開けさせてあの子たちを自爆させるのです。 だから搭載コンピューターは子供のままの仕様です。」

舞は一瞬自分の呼吸が止まるのを覚えた。


「ば・・・爆弾って・・・本当なの?」 舞はカナルの胸から彼の顔を見つめる。

「プラズマ砲なら持っているって聞いてたけど。」

「私は悪党ですが嘘を申したことは有りません・・・タカ様とジェニファーは爆弾を運んでいるのです。 それも猛烈に強力なやつ・・・コワレモノだとか言っていませんでしたか?」

「・・・うん。 転ばせないようにって。」
「あの子達を小惑星に押し込んで二人同時に自爆させます。 シュビアコマンドという遠隔通信で木っ端微塵です。

でも不発です。 初めからあの子達は不正に改造されています。」


「どうして?」


「地球に小惑星がぶつかってもらわないと私の雇い主は困るんです。 私はサファイアの計画が失敗するように連邦軍から雇われました。 当初の依頼人にあまり役には立ちませんでしたが。」 カナルは笑った。

「もう手遅れです。 下手にテラを今から改造するとジェニファーごと粉々です。 一応炸薬は内蔵していますからね。」


「・・・そうだったの・・・テラって・・・かわいそう。」 舞は涙を拭いた。

「最初から壊される運命だったのね・・・。」

「悪いのはサファイアですよ。 タカ様や舞様にも嘘でここまでごまかしたから罰が当たったんです。」

「あなたを信用していいのね?」


「・・・はい。 サファイアに問い詰めてください。 テラのプログラムはコードが書き換えられていてシュビアコマンドは使えないって。 もうサファイアに絶対に不利な状況なのです・・・サファイアがミッションに成功したら連邦軍上層部は困るんですから。」

「カナル・・・真実をありがとう。」


「いいえ・・・私はもう目的を終えました。 サファイアに頼んで始末してもらって下さい。」


「ねえ、カナルはこの前停止する時に私とタカがサファイアに殺される話してたよね。」


「ああ、その事ですか・・・推測に過ぎないため今は話せません。 でも私はお二人を守りたいのです。」

彼は舞の両手を持って力を込めた。「何があっても私がお二人を必ず守ります・・・だから安心してくださいね。」


「じゃあ私の友達になってもらえる?」


「今からですか? おかしな方ですね。 でもお役に立てるのなら。」 カナルは笑いながら敬礼をする。

「タカ様がお戻りになるまで私はあなたのナイトになりましょう。」
カナルは近くの花瓶にあるバラの花を折って咥えると笑って右手を胸に当てる。

「地球のお姫様物語ですね。 いざ、ご命令を!」


「ありがとう・・・カナル。」
舞は部屋にカナルを残し、司令室へ行く。


「サファイア・・・いろいろ判ったの・・・テラとか・・・シュビアコマンドのこととか。」


<サファイア!だから言ったじゃないですか。 舞とカナルを会話させないように警告しましたよね。>

<サード、落ち着きなさい。>

「舞。 あなたにいつかは話そうと思っていました。 いずれ判ることです。」


「ううん、いいの。 サファイアが考えた事なら・・・タカが帰れない事になるかもしれないし。」


「必ずタカは帰ることが出来ます・・・私を信じなさい。」


「テラは不発だって・・・連邦軍が最初から不発に設定してあるって。」


「舞! カナルは舞に嘘を言っています。 私達がテラの事を隠していたのは申し訳ありません。 でもカナルは舞とサファイアを裂くために作戦を立てています!」 サードは立ち上がった。


「いえ・・・多分カナルは嘘をいっていない・・・話のつじつまが合うし雇い主が居なくなって何のメリットもないから。」


<サード、舞は真実を聞かされた可能性があります。 テラ発注後と入荷の件は多数おかしなところがありました。>


<正規発注商品のb2bでは?あれは連邦軍のフルカスタムなアルファバージョンです。>

<納入後にしばらく行方不明になっていました。 それを軍関係者が隠蔽した事実があるのです。 ガウストが最初に気付きましたが関係した軍関係者12名は全員不自然な死に方をしています。>


<戦略第一級商品が行方不明に? あのb2bは評議会が特注した機種ですよ。 取り扱い情報も連邦軍の最上位機密クラスです。>

<今回の件では他にも謎が多すぎます。 最初は私の本船にコロニーがあるから私がミッションに選ばれたのかと考えました。 しかしコロニーを装備した船で優秀なものが沢山あるのに廃棄直前の私が選ばれたのは不自然です。

あなたも後から差し替えられた要員で当初226体のサポートユニットが用意されていたのにジェニファーを含めて3体まで直前に変更されました。>

<まさか連邦軍が直接テラの不正改造に関わっているとか?>


<カナルの言っている事は正しいのかもしれません。 私のミッションファイルのデータバンクにこの同じ失敗事例が2件も格納されているのです。>


「舞、 本日を持ってあなたとタカが交信することを禁止します・・・申し訳ありません。」

サファイアは下を向きながら静かに言った。

「テラが爆弾だって事がタカに知れたらいけないから?」

「理由は舞の想像に任せます。 管制室への入室も許可できません・・・私の許可が出るまでは。」


「ねえ・・・サファイア・・・私、家に帰っていい?」

「その方が良いかもしれません。 しばらく自宅でゆっくりしなさい。」

「うん・・・わかった。」

舞はサファイアを見ずに司令室から立ち去った。


<アハハハ! こりゃ傑作ですね。 サファイアって私よりはるかに悪党だったとは。 舞様もタカ様もおかわいそうに。>

カナルは司令室の入り口で大きく笑った。

<ロボットだから、おかしくても涙が出せなくて非常に残念です。 アハハハ・・・>


「舞・・・家まで送ります。」

サードは輸送機に向かおうとするが舞は手を振って拒絶する。


「いいの、 電車で帰るから・・・ありがとう。」

 

 

舞はバッグを肩にかけてエレベーターを呼んだ。


「舞様、 家までお送りします。」

カナルは背中を向けて舞を背負おうとしたが舞はエレベーターにそのまま乗る。

「あの・・・待ってくださいよお・・・。」 カナルは舞を追ってエレベーターに乗って下った。

「今日から私もご一緒します。」


6階の窓からサファイアとサードは舞とカナルがセンタービルから出てゆく所を見ていた。


<このまま放置して良いのでしょうか?>


<仕方ありません。 しばらく様子を見ましょう。>

<なぜカナルは自分の勝利に自信があったのに舞を最後に狙ったのでしょうか?>


<自分を立ち上げてくれた出資者にジェニファーを戻させれば有効なパフォーマンスになるとでも考えたのでしょう。>

<それにしても舞を狙った殺し屋と舞を一緒にさせておくのも問題があるのでは?>


<多分カナルはもう舞を狙わないでしょう。 それより事態をタカにどう説明するか考えなくては。>


<そうかもしれません。 当面は疲労で家に返したと言えますが、あと5ヶ月以上もこのままに出来ませんし。>


<多分、それまでに舞が戻れる様に対策しなくては。>



家に戻った舞は自分のベッドの上で膝を抱えていた。 目は壁を見たまま動かず、気が抜けた状態だったがカナルは舞の机にある地球儀をまわしている。


「舞様・・・ご気分は大丈夫ですか?」


「・・・カナル。 あなた帰るところは無いの?」

「はい、 ここに置いていただければ。」

「これから私の家で居候するつもり?」


「迷惑でしたらなら出てゆきます。」


「居ていいよ・・・好きなだけ。」 舞は顔を傾けて微笑みかける。

「しばらく寂しいの・・・タカもジェニファーも、テラも居ないし。 サファイアも怖いし・・・話し相手になってほしい・・・。」


「変な関係になっちゃいましたね・・・私が怖くないのですか?」

「もうどうでもいい・・・タカがかわいそう。 何も知らないで遠い宇宙で頑張ってる。」


「タカ様、きっと今頃は木星軌道から離れて行く位置に居るのでしょうね。 地上からの通信では私達の電波でも数分近くかかる場所です。 素粒子高速通信なら普通に会話が出来ますが。」


「ねえ、テラってなんで子供なの? かわいい爆弾だったら悪い趣味よね・・・今まで可愛がって来ちゃった。」

「子供の心のままなら扱いが簡単なのです。 最初から壊す目的ですから。 それも特に強力なタイプですから地球に置く時判らないようにする目的もあって便利だったのでしょう。」

「テラもかわいそう。」


「そうでしょうか? 元々ロボットは生命体のために作られました。 私もサファイアも道具の一つです。 生命体のために働き、生命体のために滅びます・・・人間にとっての家電品と同じですよ。」

「私は何も要らない。 普通に結婚して・・・子供が生まれて・・・それでいい。 そうして老いて死んでゆくの。 そうやって人間はリレーを続けてきたから。 生命体の使命としてならロボットと同じ部品の一つでしょ? 命をつなぐためだけの。」


「私はオーナーのために働きます。 それが生きがいでした。」

「へえ・・・おもしろいね。 ロボットって生きがいなんて有るの?」

舞は笑った。


「初めて笑っていただけましたね・・・はい! ちゃんと生きがいは有りますよ。」

カナルは自分の胸を叩いて張り切るポーズをする。


「タカを助けたいの・・・どうしたらいい? 頭かして。」


「しばらくたったらサファイアのところに戻りましょう。 テラが不発かどうかは別にしてシュビアコマンドについてはタカ様にも知らせる必要が有ります。」


「サファイアを裏切って通信するの?・・・あなたサファイアをまだ邪魔したいはずよね?」

「そうでは有りません。 テラが不発だとサファイアが知ったらテラを改造するかタカ様に起爆設定をさせるはずです。 恐らくタカ様は大きな危険に晒されます。」


「ミッションを成功に導けるならタカは死ぬ方を選ぶよ。」


「舞様、この件は私に任せてください。」 カナルは机から飛び降りて中敬礼をする。

「是非、私を信じてくださいよ。」

「ねえ、カナルは小惑星衝突回避を邪魔しに来たんでしょ。 あなたオーナーを裏切る気?それとも裏切るふりして私達を邪魔するの?」

「・・・あのですね! サファイアは連邦軍に騙されて・・・彼女も裏切られているのです。 今一番ショックを受けているのはサファイアなのですよ。 不発のテラを与えられて、ミッションが失敗するように仕向けられていたのです。」


「なぜサファイアは連邦軍から騙されるの?」

「軍高官が私腹を肥やすためです。 サファイア本船に乗っている支払い対価としての輸送用動物が、小惑星衝突で地球上の生命が死ねば値上がりします。 だからサファイアに成功させたくないのです。 老船であるサファイアは使い捨てです。 多分最初からそういうシナリオが出来上がっていました。 私は軍高官から極秘で任命されたユニットに過ぎませんがね。

サファイアは責任を問われて失脚させられ、老船として解体処分で証拠は残らずに手にした動物は値上がり。 対価を得た銀河連邦軍高官グループはぼろ儲けです。」


「あなたは勝ってうれしい?」

「・・・いいえ・・・もう役目を終えましたし。」


「じゃあ、私に付き合ってよ。 サファイアとタカを助けたいの。」

「現在私のオーナーは舞様です。」

カナルは手を差し出した。「忠誠を誓います。 命令をください。」

「力になってくれる?」 舞は握手をする。 そこに母親の博美が入ってきた。


「あら、また新しいロボットのお客さん? よろしくね。」

「はいっ! ブラル・カナルと申します。 たった今、舞様の手下になりました。」

カナルは首に手を当てて敬礼をする。 博美も頭を下げた。


「舞の母の博美です。 よろしくね・・・舞、夕食の支度、手伝ってよ。」

「うん。 今夜お父さんは?」


「また遅いって。」

「遅いのはいつもじゃない。 じゃあ、カナルも台所に来る? あとで弟の雷太を紹介するから。」

「はい、 舞様!」

カナルは舞について一階に下りて行った。


「カナル、じゃがいも剥ける?」


「はい! 仰せのままに。 私は料理得意ですが包丁は最近嫌いになりました。」


「私が刺したのを絶対にまだ根に持ってるのよね。」

舞は笑いながら野菜かごをカナルに手渡した。